第1章 4話目
翌朝も とっても快晴 ルンルン日和
文芸部らしく朝の気分を五七五風にまとめてみた。
気分良く朝食のトーストにかぶりついていると、ふたつ年下の妹が頬杖をついてジロジロと僕を見る。
「お兄ちゃんって文芸部の部長さんなんだ」
「桜子、どうしてそれを知ってるんだ?」
「だってさ、昨日からそこにプリントを放置してるじゃない」
妹の桜子が机の上にあるプリントを指差す。
「そこに、『文芸部 部長殿へ』って書いてあるもん」
それは今日の全校集会で行われる『三十秒間クラブ紹介』の案内状だった。
「あっ、忘れてた。文芸部の紹介文考えてなかった。しまったな……」
「そんなスピーチなんてさ、大きな声で明るく元気に喋ったら、内容なんてどうでもいいんじゃないの。お兄ちゃんってさ、何でも悪い方に考えちゃうから、ちょっとくらいの失敗なんかどうでもいいやって、開き直ったら?」
「相変わらず、桜子はしっかりしてるな。そうだな、頑張るよ」
「だからあ、お兄ちゃんの場合、頑張らないで開き直ったらいいんだよ! アジだってサンマだって開いたら美味しいじゃない!」
いや、新鮮なら刺身も美味いと思うけど、関係ないので黙っていた。
ともかく、全校集会は今日の7時限目。
それまでに三十秒スピーチの内容を考えないと。
「ありがと、桜子」
「お兄ちゃん、例の件も忘れないでよろしくね。今日発売日なんだから」
「ああ、分かってるよ」
そう言うと、僕はまたトーストにかぶりついた。
* * *
放課後。
雲はぷかぷか浮いてても、日差しは充分晴れレベル。
僕たち文芸部三人衆は校門でビラをまいている。
「文芸部です。小説が好きな人、是非来てください!」
「純文学最高な人、文字に萌える人、待ってます!」
「文芸誌も発行してます~、楽しい文芸部です~」
僕、小金井、大河内の三人が声を張り上げる。
立花さんは来ていない。
「ねえ翔平くん。やっぱり繭香ちゃんには逃げられたんじゃないの?」
小声で小金井が呟く。
「そうですね~、昨日、不気味な色の溶液と変な物体を食べさせちゃいましたからね~」
大河内もそれに続く。
「そんなことないよ!」
ふたりの言葉に思わず大きな声が出る。
「きっと、何か事情があるんだよ……」
でも、もしかして。
やっぱり僕が変態でスケベでゴミでクズだから?
その上、廃部になるかも知れないし。
考えてみれば、そんな部になんて、入らなくても当然だよな。
立花さんは悪くない。彼女に悪いところなんてあるはずがない。
と、
その時だった。
「ごめんなさい、遅くなりました~!」
長い黒髪を振り乱し、こっちに駆けてくる、ひとりの女生徒。
「立花さん!」
何度も頭を下げながら駆け寄る彼女の手には大きなプラカード。
「繭香ちゃん、遅かったじゃないの!」
小金井が怒ったような、でも笑顔で彼女を迎える。
「ごめんなさい、わたし物凄い方向音痴で。部室に行くつもりが、気がついたら隣町のコンビニにいて。で、気がついたらアイスを食べてて……」
「繭香さんの方向音痴って凄いですね~、アイスまで買っちゃうなんて~」
彼女たちの会話を聞きながら、僕はその場にへたり込んだ。
「良かった、立花さんが来てくれた…… 見捨てないで来てくれた……」
「ところでさ、どうしたのそのプラカード」
小金井は彼女が手にする大きなプラカードを見上げる。
「ああ、これは、目立つかなって思って、作ってみました」
「凄いですね~、確かに目立ちますね~」
大河内も目を丸くする。
一メートル四方はあろうかというそのプラカードには文芸部のキャッチフレーズ『いつもニコニコ文芸部』の文字が躍る。そしてその背景に薔薇のお花畑で白馬に乗った王子様と黒パンストを穿いたお姫様が抱き合うキラキラな萌え絵が描かれている。
「このイラスト、繭香ちゃんが描いたの? 凄く上手いね!」
「いえ、それほどでも……」
「ホントです~、うちの部も薄い本が出せそうなくらい濃厚な絵です~」
「佳奈ダメよ、ラノベ部の二番煎じなんか!」
そんなやりとりを聞きながら僕も立花さんに礼を言う。
「立花さん、ありがとう。こんな苦労させちゃって……」
「そんな…… わたし少しでもお役に立ちたくて……」
なんか、泣けるな。
でも、泣いてる場合じゃない、あとひとり新入生を確保しないと。
「じゃあみんな、勧誘頑張ろう!」
「オッケー!」
僕の一言で、校門を背にみんなが前を向く。
「文芸部です! まだ部活を決めていない人、一緒にやりましょう!」
と、
その時。
三人の女生徒がつかつかと歩いてきて僕たちの前に立った。
いや、正確には僕たちの前、ではなく、立花さんの前だ。
「立花さん、よね」
「はい、そうですけど……」
「早く女子テニス部へいらっしゃいよ」
「そうよ、うちへ来てくれるのを、みんなお口をポカンと開けて待ってるのよ」
「あなたまさか、文芸部なんかに入るつもりじゃないわよね」
女生徒達は立花さんに少しずつ迫る。
「何でしょうか……」
立花さんは少し狼狽している。
「ちょっ、ちょっと待ってください」
思わず彼女の前に立った。
「先輩……」
女子テニス部の三人と対峙する格好になった僕はカラ勇気を振り絞る。
「彼女はうちの部の新入部員です。引き抜きはやめてください」
「冗談でしょう? 立花さんには私達『花の女子テニス部』の方が相応しいのよ」
「彼女はテニスの全国大会常連なの。こんな弱小文芸部ごときには勿体ないわ」
「えっ」
思わず後ろを振り返る。
見ると困惑気味だった立花さんの表情にみるみる強い意志が浮かんで。
そして彼女は半歩進んで僕の横に並んだ。
「申し訳ありませんがわたしは文芸部に入部しました。高校でテニスをするつもりはありません。それに、今のお言葉は文芸部の先輩に大変失礼です!」
彼女の言葉はだんだん力強くなって。
その堂々とした立ち居はテニス部の女生徒達を圧倒した。
「うっ……」
怯んで半歩下がる花の女子テニス部の皆さん。
「がるる……」
「じと~」
気がつくと立花さんの横に小金井と大河内も並んで、襲いかかる気満々だ。
「こ、こんな部、早くやめてうちへいらっしゃい」
「ま、待ってるから」
「泣きたいときはコートで泣くのよ!」
花の女子テニス部の皆さま方はきびすを返すと走って去っていく。
その姿が見えなくなると、立花さんは胸に手を当て大きく嘆息した。
そして深々と頭を下げた。
「先輩方、助けてくださってありがとうございます」
「いや、自分で窮地を乗り切ってたじゃないか……」
「いえ、そんなことないです。先輩方が助けてくださらなかったら……」
さっきまでの堂々とした彼女は、もうそこにはいない。
目の前で安堵の表情を浮かべる姿は無性にいじらしくて。
僕はドギマギしてしまう。
「立花さんって中学の時はテニス部だったんだ……」
「はい」
「熱烈に勧誘されるほど強いんだね」
「そんなことはないです。それに今わたしは文芸部員で。先輩達と一緒が良くって……」
「……立花さん」
そうだった、彼女はもう僕たちの仲間だ。
ちゃんと僕が守らないと。
「そ、それよりも、新入部員の勧誘を続けましょう、先輩!」
彼女は急に笑顔を作って話題を変えた。
「そうだね……」
僕たちはまた下校途中の新入生に大きな声で呼びかける。
「文芸部です。本が好きな人、書くのが好きな人、是非来てくださ~い!」