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秘密の本は、わたしのお店で買いなさい!  作者: 日々一陽
第六章 魔法少女がついた嘘
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第6章 1話目

 第六章 魔法少女がついた嘘



 雨が降ってきた。

 小雨だし、傘を忘れた僕は気にせず学校へと歩く。


「濡れるわよ」


 聞き覚えがある声。


「ああ、僕、雨は気にしないので大丈夫です」

「濡れたら禿げるわよ!」

「それは困ります」


 松高生がまばらに見える通学路。

 ラノベ部の左岸先輩が横に並んで、僕を傘に入れてくれた。


「この前は夢野がまた馬鹿げたことをしたようね。ごめんなさい」

「ああ、イケメンシスターズのことですね。左岸先輩は何も悪くないじゃないですか。でも、面白かったですよ、あの三人! 特に夢野先輩が毎回踏み台に乗る姿とか」


 あれはどう見ても狙ってやっていた。


「あれっ? へんね、その場に羽月くんはいなかったって夢野は言ってたけど?」


 ぎくっ!

 そうだった。あの場にいたのは女装した僕であって、僕ではなかったんだ。


「それは、そう、部員達から何度も聞いてますから……」

「分かったわ。ところで羽月くん、『埠頭ふとう』はどうするの?」

 左岸先輩はあっさり流して話題を変えた。

「勿論出す予定ですよ。例年通り秋の文化祭前に」


 『埠頭』と言うのは文芸部が年一回発行している文芸同人誌の名前だ。

 僕たち部員という個性豊かな舟を寄せてくれる存在。

 昔の先輩がそんな想いで付けた名前らしい。もう、二十七号まで出ている。


 ちなみに文芸部の同人誌には二種類あって、もうひとつは年四回発行している『無鉄砲むてっぽう』。こちらの名前の由来は、『失敗を恐れず無茶をしろ』だと言う説と『剣ではなくペンを持て』と言う説があり定かではない。まあ、僕はどっちでもいいと思っている。


 両者の違いは発行回数だけではない。

『埠頭』は印刷屋さんに発注し、きちんと製本された本であるのに対し、『無鉄砲』はコピーした紙を僕らが手作業で製本したものだ。だから『埠頭』には金が掛かるし自然と部数も多くなる。


「ラノベ部では意見が対立しているのよ。製本版の本を発行するかしないかで」

 左岸先輩は前を向いたままそう語る。

「そうですね、製本はお金が掛かるし、部員の負担も大きいですしね」

「実は『文芸部と共同出版』、と言う案も出ているの。一度相談させてくれないかしら」

「分かりました。文芸部でも意見を聞いておきますから」

「ありがとう。しかし文芸部はいいわね、部員の結束が固くて。うちなんか色々大変よ」

「何となく察します」


 そんな会話を交わしながら。

 気が付くと校舎に着いていた。


          * * *


「一大事、ポテチが切れたわ! ちょっと生徒会室へ行ってくる!」


 放課後の文芸部室。

 打ち合わせが終わるやいなや、ポテチの袋をゴミ箱に放り込み小金井が言い放つ。


「何故に生徒会室?」

「決まってるでしょ、ポテチ自販機を校内設置する直訴よ!」

「いや、そこまでしなくても、普通に購買部で買えばいいじゃん」

「昼休み以外買えないし」


 そう言い残すと風のように去っていく。

 まったく。彼女はポテチを愛しすぎている。


「と言うわけで、前から言ってたように『無鉄砲』の〆切は一週間後だからね」

 僕は、残ったみんなに念を押す。


「羽月部長、わたし今日原稿持って来てるですっ! 部のパソコンに入れておきますっ」

 嬉しそうに深山さん。

 USBメモリーをパソコンに差し込むとデータを移動させる。


「読んでもいいですか、あかねさん~」

「はいっ。間違いとか、ご指導くださいですっ!」

「わたしにも見せてね!」


 大河内と立花さんがモニターを覗き込み原稿を読み始めた。

 僕は別のパソコンに向かって今年のリレー小説のオープニングを打ち込み始める。


 やがて。


「はい、お待ちどうさまっ! ポテチ追加よ!」

 両手いっぱいにポテチの袋を持って小金井が帰還した。


「どうしたんだそれ、購買部はとっくに終ってるはずだし」

「そんなの、奈々世先輩に貰ったに決まってるでしょ!」

「どんだけ買い占めてるんだよっ 生徒会!」


 早速、檄辛ポテチの袋を開ける彼女。


「しかし小金井ってホント青木先輩と仲がいいよな」

「そうよ。中学の部活の先輩だもん」

「確か、小金井は中学の時ってバレー部だったよな」

「そうよ、格闘バレー部よっ!」

「何その、格闘バレー部って?」


 檄辛ポテチを食べながら、小金井は嬉しそうに。


「体育館って、他の部も一緒に使うじゃない! だから、バトミントンのシャトルがバレー部のコートに入ってきたら、仕返しにバトミントンのコートにアタックを打ち込むの。ラケットへし折ったこともあるしっ!」

「鬼だな」


「演劇部のお芝居が面白くなかったら大道具にアタックを打ち込むの。シナリオが変わったこともあるしっ!」

「犯罪の領域に入ったな」


「ピンポン球が転がってきたら、仕返しに卓球台にアタックを打ち込むの! 台へし折ったこともあるしっ!」

「おい、卓球部だけはいじめるなよ! 可哀想だろ! それでなくても地味なのに」

「翔平くん、やけに卓球部の肩を持つのね」

「うん、僕、中学の時は卓球部だったからね。地味で悪かったね!」


 突然手に持つポテチをテーブルに落とす小金井。


「ごめん。そんなつもりじゃなくって。それに、あたしは地味なんて言ってないよ、かっこいいじゃない卓球部!」

「もう遅い。小金井は今、全国一千万の卓球愛好家を敵に回した!」

「だってうちの部の伝統だったんだもん。奈々世先輩が悪いんだもん! あたしはセッターだからやったことないよ! 翔平くん怒らないでよっ!」


 冗談で言ったのに小金井が必死に言い訳を始めた。奈々世女史に罪を着せて。


「冗談だよ。怒ってないよ。それよりその檄辛ポテチ、僕にもくれよ」

「あ、はい、どうぞ。お好きなだけどうぞ!」


 そんな心底どうでもいい話をしていると、モニターで小説を読んでいた立花さんの声が聞こえた。


「ねえ、あかね、この話ってあかねが考えたの?」

「一応アレンジしてるけど、元ネタはあるよ」

「元ネタって?」

「うん、この前、山の公園に行ったときに羽月部長に聞いた話だよ」


「えっ!」


「昔の部長の体験談。黒い三角帽子を被って女の子アニメの魔法のスティックを持って、スパイダー仮面のマントをした女の子の話。迷子になって困っていたその子は煙突が見える銭湯が自分の家だって言って。それで先輩は連れて行ってあげるの。でも、後日先輩がそこを尋ねると、そんな女の子はいなかったって言う、先輩が騙された話」

「えっ、後日尋ねたって……」

「そう、幼い部長の、悲惨な失恋のお話かな?」

「ほ、本当は銭湯の裏に住むパン屋の娘だったって書いてるけど?」

「ああ、そこはわたしがアレンジしたよっ。パン屋と言う設定はね」


「あのう、羽月先輩、あの、あの、あの、その……」

 どうしたんだろう、立花さんの目が泳いでいる。


「先輩、いまの深山さんの話って、あの、覚えておいでだったんですか……」

「ああ、僕が幼稚園の頃の話ね。だいぶん探したからね、その女の子を。あの時は必死だったからなあ」


「あっ、せ、先輩、ポテチ飲みますか?」

 立花さんが紙コップにポテチを注いでいる、って?


「何してるの立花さん」

「いえ、あの、ポテチを、あっ。ごめんなさい。飲むのはポップコーンでした。ポップコーンは確かこっちに、あっ、はにべろばっ!」


 椅子の脚につまずいてよろめく。


「あははっ、ごめんなさい。ちゃんとポップコーンを ずでっ!」


 立ち直ってすぐ、転んだ。


「立花さん、大丈夫?」

「あっ、平気です。わたしちょっとへんですね、アブノーマルですね、でも腐ってませんよ、って、ばこっ!」


 今度は壁に激突した。


「はは、あははっ」

「繭香ちゃん、ちょっとどうしたの。体調悪いの?」

「あっ、そんな事は、あるかもです」

「もう帰ったら。さっきから顔色も真っ青よ」


 その日彼女は小金井に付き添われて早めに帰宅した。


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