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秘密の本は、わたしのお店で買いなさい!  作者: 日々一陽
第五章 秘密の美女(ボク)に恋しなさい
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第5章 10話目

 レジに立っていた美少年は立花さんだった。


「えええ~~っ!」

「へへっ。驚いて貰って嬉しいです」


 彼は、いや彼女は少し悪戯いたずらっぽく笑う。


「どうしたの? どうして今日は男装なの? まさか僕が女装してるから?」

「残念でした。そうではありません。これは先週この店にあった長期在庫の本が売れたことを記念して、主人公の格好を再現してみたんです。


「えっと、その本って『淑女おとめはおオレさまを愛してる・公式ビジュアルブック』の事?」

「ご名答です!」

「じゃあ、主人公は稲穂ちゃんで、と言うことは……」


 思い出した。

 女装して女学院に通う『おとオレ』の主人公・稲穂は話の中で『女装した男が、男装して男役を演じる』と言う、ややこしいことをする。それは文化祭でロミオとジュリエットのロミオ役をやるときだ。と言うことは、立花さんのこの格好は。


「ロミオの格好なんだね!」

「さすが先輩、大正解ですっ! 稲穂ちゃんのつもりなんですけど、いかがですか?」

「うん、完敗だよ、立花さんだって分からなかったよ」

「先輩、その、ドキドキとか、しますか?」

「えっ? ドキドキ?」


 どう言うこと? そりゃ、破れたとはいえ立花さんは僕の初恋の人だし。


「そりゃ、ドキドキするよ。立花さんはその、綺麗だし」

「えっ、ありがとうございます…… あの……でも、そうじゃなくって」

「……?」

「わたしの男装、どうですか? 先輩、男性、好きなんですよね!」

「へっ?」


 意味が分からなかった。僕が男性を好き? 何それ? ボーイズラブは苦手というか興味もないんだけど。それとも僕が女装しているから?


「どう言う意味かな? 女装はしてるけどさ、男なんて興味ないよ。これっぽっちも」

「えっ、えええっ~! だって先輩この前『稲穂ちゃんラブ』って言ったじゃないですか! 『世界一美少年』買ったじゃないですか!」


「何言ってるの。稲穂ちゃんは完全に女のように描かれているじゃないか。それに世界一美少年は妹の頼まれものだよ」

「じゃあ、先輩は、薔薇の人じゃないんですか!」

「勿論! 酷いなあ、そんなの疑ってたんだ」

「はうっ」


 立花さんは気が抜けたような声を出しその場にうずくまる。


「よかったです。先輩がノーマルで! よかったです!」

「うん、僕は至って普通だよ。ちょっと二次元の人だけど」


 彼女はゆっくり立ち上がるとぺこりと頭を下げる。


「先輩ごめんなさい、疑っちゃって。じゃあ、次からは間違えないように頑張りますね!」


 何を間違えないんだ? 何を頑張るんだ? よく分からないけど。


「うん、頑張ろうね。でも」

「でも?」

「その格好って、どこかの歌劇団の人気女優みたいで女性には凄くウケるんじゃないかな? あっ、そうだ桜子、桜子が見たら感激で失神すると思うよ」

「そうですかっ? 少し嬉しいです」


「ねえ、今から桜子を呼んでもいいかな? 見たがると思うんだ」

「ダメです先輩!」


 急に慌てる立花さん。


「ダメです。このサービスは先輩だけ限定なんです。他の人には、例え桜子ちゃんでもお見せできないんです!」


 慌ててレジから飛び出してくる彼女。


「だから先輩、わたしだけ見つめてください……」

「えっ?」


 これって、もしかして…… 

 僕の思考が一瞬止まる。


 が、やがて自分の異様な姿に気が付いた。

 そうだ、僕は今、翔子ちゃんなんだ。彼女の希望でこの姿なんだ。


「先輩っ!」


 立花さんが両手を組んで上目遣いに見つめてくる。

 僕は翔子ちゃんモードに切り替えると、ウィッグをかき上げる。


「勿論、いくらでも見つめてあげるわ。しかし、わたくしは誰のものでもなくってよ」

「あっ、いや、先輩。そうではなくて……」

「そうではなくて?」


「……っ!」


 彼女は自分の衣装を見て小さく息を飲む。


「……いえ、いいです。今日は男女あべこべですもんね」

「そうだよね、今、立花さんは稲穂くんで、僕は翔子ちゃん」

「そうでした…… じゃあ!」


 少し考えた彼女は突然僕に抱きついた。


「今日は翔子先輩に思いっきり甘えちゃいます。先輩っ!」

「ちょっ……」


 男装をしていても甘い彼女の香りが僕を優しく包み込んで。


「先輩、大好きです!」


 ズキュン!


 瞬殺だった。

 心臓が炸裂する。思考が止まる。


 いや。

 落ち着け。

 今の僕は翔子ちゃんだ。翔平じゃない、翔子なんだ。


 僕は翔子ちゃんスイッチを入れ直した。


「ふふっ。繭香ちゃんったら、可愛い子猫みたい」

「へ、へにゃ~ん」


 僕の胸元でへんな声がする。立花さんの力が抜けていくような……


「へにゃ~ん 先輩が、名前で呼んでくれた……」

「……?」


「へにゃ~ん 可愛い子猫って言ってくれた……」


 やがて、ゆっくり僕を見上げる彼女の顔は、甘えるようにはにかんで。


 「あの、た、立花さん?」

 「へにゃ~ん」

 

 胸元でアイスクリームが溶けていくような声がする。

 僕もあと少しだけ、この幸せに浸ることにした。


「へへへっ、へにゃ~ん」

「…………」


 やがて。

 彼女は小さく息を飲むと、ゆっくりと、とてもゆっくりと僕から離れた。


「先輩ごめんなさい」

「いや、僕こそ、ごめん」

「ねえ先輩、もう、男女あべこべはやめましょうね」

「あっ、うん。そうだね。僕も女装は今日限りにしたいしね」

「はいっ、わたしも男装は今日限りです!」


 キッパリと言い切る立花さんに僕も笑顔で返す。


「……」

「……」


 やがて、彼女は僕の手に視線を落とすと、あっ、と声を出す。


「そうだっ、これ……」


 忘れていた。

 僕は手に持っている本を彼女に差し出した。


「今日はこの『別冊・情熱純愛ラバーズ』を買おうかな」

「はっ、はいっ?」


 彼女は小首を傾げて、手に持った本を見ながらレジへと戻った。


「……こちらでお間違いありませんね」

「うん」

「では、『別冊・情熱純愛ラバーズ』コミック誌一冊のお買い上げで七百円頂戴します」

 僕は小銭できっかり七百円を手渡す。


「では七百円丁度お預かりします。こちらレシートです…… あの、先輩……」

「何?」

「あの、この雑誌に何かお好きな連載とか、あるのですか?」

「えっと、あっ!」


 しまった。僕、色んな意味で凄い本を買ってる気がする。


「まさか、このまま男性をおやめになるつもり、とか?」

「違う違う! ははっ、それはその……」


 僕は目の前に置かれている本に視線を落とす。


「そう、この『キャバ嬢は囚われ子猫』ってマンガが面白いって聞いてさ、ははっ」

「キャバ嬢は囚われ子猫、ですか…… 子猫って、そう言えばさっき……」


 何やら考えていた彼女は急に納得したように。


「そうですよね。先輩はノーマルですから、普通の趣向がいいんですよねっ!」

 ホント、時々分からないことを言うんだよな、彼女。


「ああ、普通だと思うよ。僕は至って」

「はい、お待たせしました。ところで先輩」


 彼女は本が入った紙袋を僕に手渡しながら。


「今日は無理を言って女装のまま来て貰いましたから、よければここで着替えませんか? 今、祖父は出かけているので、先輩さえよければ……」

「あ、気にしてくれてありがとう。でも、近くのショッピングビルに共用の化粧室があるからさ」


 立花さんと二人っきりで着替えなんて。僕の理性が吹っ飛ぶよ。


「そう、ですか。先輩、ごめんなさい」


 申し訳なさそうに頭を下げる彼女。

 僕は鷹揚に手を上げる。


「じゃあ、また来週だね」

「はいっ。先輩! お買い上げありがとうございました。またお待ちしていますっ」



 第5章 完


 いつもご愛読本当に感謝です。

 これで第五章は完結です。

 女装した翔平くんの活躍はいかがでしたか。


 強引な話ですが、まあ元々強引なコメディなので笑って見逃してください。


 ラストの男女あべこべ状態でのふたりのシーン。

 今回は『翔子に』と言う設定ですけど、


「大好きです」


 この一言を書くときの快感はたまりません。はあはあものです。

 この一言を吐かせるためにあれやこれやと何万字も書いているんだと実感しきり。

 すいません、どうでもいい話でした。


 さあて、次回の第六章は!


 文芸同人誌にリレー小説。

 やっと本来の活動を開始する文芸部。

 しかし、

 翔平も繭香も忘れていた、大昔のあの出来事が、ふたりに暗い影を落とします。

 そして、

 第五章で明らかになった図書委員長、桜子ちゃんの恋も急展開の予感。


 次号、「魔法少女がついた嘘(仮)」お楽しみに。


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