第5章 9話目
学校からの帰り道、暮れなずむ空を見上げて溜息を漏らす。
「はうっ」
とんでもない一週間だった。
いや、正しくはまだ終わっていない。
何故なら僕は、いやわたくしは今、翔子なのだから。
僕たち文芸部は深山さんを繋ぎ止めることに成功した。
残念ながら全てがハッピーエンドというわけではない。
深山さんはずっと笑っていたけれど、心の中はそうじゃない。
傷ついて、悲しんでいるに違いないい。
でも、彼女には文芸部の方がよかったんだ。イケメンシスターズと言う、男か女かも分からないようなヤツらに渡せるもんか。
って、男か女か分からないのは僕も同じなんだけどね。
ともかくこれからが大事だ。
残ってよかったって思って貰えるよう頑張ろう。
「っ!」
そんなことを考えながら駅前を歩く僕に、すれ違う人の視線が突き刺さる。
いつもこんなに見られることはないのに、今日はみんなが僕を振り返る。
一件落着した後も、部員のみんなは僕が着替えることを許さなかった。
「翔子ちゃん、今日はこの格好でいましょうよ」
「あの、羽月先輩。もうこの格好で学生生活を通したらどうですか!」
みんな無茶を言う。
挙げ句に、
「ねえ翔子ちゃん、あたしと腕組んで帰ろっ、ねえ」
「弥生先輩ずるいです。わたしも一緒です!」
女装のまま帰宅を強要された。
「どこかのビルの化粧室で着替えればいいじゃない」
「そうです先輩、安心して下さい。先輩を犯罪者にはしませんから!」
やっぱり犯罪寸前なんだな、僕。
帰り道、右腕に小金井、左腕に立花さん。
こんな女装姿でなければ本当に嬉しいのに。
最初に小金井と分かれて。
そして立花さんとの別れ際、彼女は僕に深く頭を下げた。
「先輩、お願いです。今日この格好で本屋に来てくれませんか! お願いです。先輩!」
「いや、いくら立花さんの頼みといってもそればかりは……」
「先輩!」
「でも……」
「先輩っ!」
負けた。
彼女のキラキラとした瞳に負けた。
あんなに真剣に見つめられたら、どうしようもないじゃないか。
「では、わたし急いで準備しますからゆっくり来てくださいね。一時間かけてきてくださいね。ここ重要ですからね。暗唱できるよう繰り返し練習してくださいね!」
いつもは古本屋やレンタルショップで時間を潰す僕だけど、今日はコーヒーショップに寄ってきた。そしてずっと俯いて本を読んでいた。それでも感じるいつもと違う視線。
時計を見る。もうすぐ約束の一時間が経つ。
幹線道路を曲がると見慣れた本屋さんが見えてくる。
「今日は何を買おうかな」
取りあえず一件落着し、何か買ってもいいかなと思う僕。
入り口のお勧め本コーナーは前と変わらず『おにたい』の文庫本。残り僅かになっている。
僕は店に入る。レジいるのは若い男性。
歳は僕と同じくらいか。たっぷりとドレープが入った濃紺の上着には勲章がついて、黒ズボンを決め込んだ物凄い美少年。中世ヨーロッパが舞台の歌劇俳優みたいだ。
「今日は立花さんじゃないんだ」
僕は心の中でそう呟くと雑誌を眺める。
「?」
何となく、見られている気がする。
そうだ、僕は今、翔子ちゃんなんだ。女装しているんだ。
何となく女性誌を眺める僕。
凄く種類が多いんだな、女性ファッション誌。そう言えばラノベを書くのに女性ファッション誌を参考にしたい時って多いよな。女性の服装の描写とか。いつもは桜子に借りるんだけど、読んでる雑誌は決まっているし、せっかくだからどんなのがあるか勉強しよう。女装している今がチャンスだ。
これは僕の個人的な感じ方かも知れないけど、男にとって一番買いにくい本はエロ本ではない。女性誌だ。それも女性ファッション誌。だから女装している今こそ堂々とチェックできるチャンス。
「…………」
レジの人の視線が気になる。さっきからずっと見ているような。
チラリとレジを見る。中世ヨーロッパ貴族のような服装の美少年が驚いたような顔をして僕を見ている。立花さんの兄弟とか親戚だろうか。似ている気もする。
一通り女性誌を確認すると、その横にあるコミック雑誌に目がとまった。
『別冊・情熱純愛ラバーズ』。
これって所謂レディースコミック?
見ると他にも似た感じのコミック雑誌が並んでいる。
「こう言うのって面白いのかな?」
純粋に興味が湧いてきた。興味湧くよね、ワクワクだよね。健全な青少年としては仕方がないよね。
「いま、僕は女、僕は女!」
勇気を振り絞って手にとってみる。
背徳乙女? 薔薇執事? 倒錯兄弟? 100回目の初恋?
僕など考えもつかない魅惑的な文字が踊る。
キラキラ女子のピュアラブコミック誌。
読みきり・真珠姫の甘い調教、欲情ソムリエと蜜の恋。
巻頭カラー・キャバ嬢は囚われ子猫!
これは買うしかないだろう!
レジを見る。
少年は困惑した表情で僕を見ている。
いつもなら立花さんがいるのに、今日はこの不思議な格好をした、まるでシェークスピアの劇にでも出てきそうな格好をした美少年が立っている。困ったな。立花さん今日は手伝いしないのかな?
「先輩、いらっしゃいませ!」
立花さんの声だ。安堵の気持ちが溢れ出す。僕は声の方を見る。
「先輩、こんばんは……」
しかしそこには、さっきの少年が遠慮がちに僕を見て。
「たっ、立花さん?」
「やっと気が付きましたか? 羽月先輩!」




