第5章 8話目
「お待ちなさいっ!」
「えっ? あ、あなた様は?」
うわずった星野の声。
夢野と月野君も驚きを隠せない。
セーラー服を着た僕の中で翔平から翔子へとスイッチが切り替わる。
「ふっ、名乗るような名前はないわ。強いて言えば、あかねのお姉さま、かしら」
「あかねちゃんの……」
「お姉さま?」
星野と月野君が言葉を繋げる。その目は女装した僕をじっと見つめたまま。
「そうよ。ねえ君、かわいい顔してるわね」
長身に長い髪。仄かに香水の香りを漂わせ、僕は星野の顎に手をあてる。
「あ、は、はい。お姉さまもお美しくて……」
星野のヤツ、動揺してやがる。
「ふふふっ、ねえ、あかねとわたくし、どちらが綺麗かしら?」
「そ、それは、勿論お姉さまです!」
「っ!」
その瞬間、深山さんがハッと口に手を当てる。
彼女には可哀想だけど、ヤツらの化けの皮を剥がせてもらう。
「あら、あかねのこと愛してるんじゃなかったのかしら?」
「その、あ、あかねちゃんよりお姉さまの方が、お美しく……」
「うふっ。ありがとう。そちらのイケメン君はどうかしら?」
星野は落ちた。
僕は呆然としている月野君を流し見る。
「あっ、お、俺はお姉さまも、あかねちゃんも魅力的、だと……」
「あ~ら、博愛主義者なのね」
ここは勝負所。僕は月野君の耳元にゆっくりと顔を近づける。
「じゃあ、わたくしの妹をちゃんと幸せにしてくれるのかしら?」
「えっと、それは……」
「できないの? できないのにわたくしの大切な妹に手を出したの?」
「俺は、俺は……」
彼は動揺を隠さないまま深山さんをちらりと見る。
「ねえ、どうなの?」
「ごっ、ごめんなさい!」
月野君が思いっきり頭を下げた。
「俺、あかねちゃんに悪いことした。こんな事しちゃいけなかったのに、ごめん。本当にごめん」
深山さんの見開い瞳からポロポロと涙が零れ始める。そんな彼女の肩を抱く大河内。
「わかってたのに…… わかってたのに……」
深山さんの頬にそっとハンカチを当てる立花さん。
「お姉さま、お名前を。僕と一緒に映画とかカラオケとか……」
こんな状況でも口説くことしか頭にない星野。
「そんなにわたくしがお気に召したのかしら? でもわたくし、大切な妹を泣かせるような男に興味はなくってよ」
一瞬僕の顔を覗き見た深山さんが何度も大きくかぶりを振る。
「先輩ごめんなさい。わたし目が覚めました。あかねは、文芸部から、離れません…… 先輩、本当に……」
その後は声にならなかった。
「あかねさん、もういいです~ もういいです~」
抱き寄せる大河内。
「聞いて戴けましたか、ラノベ部の部長さん。あかねは文芸部に残るそうです」
背筋を伸ばし、そして優雅に、僕は夢野に向かって言い放つ。
「あの、お姉さま。僕をしもべに、どうか僕のお姉さまになってくださ……」
「お黙りなさいっ!」
声を荒げて睨みつけると夢野は大きくたじろいだ。
「お、お姉さま……」
「いくら部員確保のためとはいえ、無垢な乙女の心を弄んで、彼女の心を傷つけて! そんなことが許されるのですか! それが自由と自律を旨とする松高生のすることですか!」
星野と月野君も大きく後ずさる。
「あなたがたは…… 恥を知りなさいっ!」
気持ちが高ぶった僕の声は青空に突き抜けた。
「「「ひいいっ!」」」
「はいはい、イケメンシスターズの皆さ~ん。お帰りはこちらですよ~。もう二度と来なくていいですからね~」
小金井が三人をドアの外へ案内する。
「あっ、お姉さま、是非ラノベ部へ。副部長の椅子をご用意し……」
ガラガラバシッ!
立花さんが思いっきりよくドアを閉めた。
「深山さん!」
「あかねちゃん!」
「あかねさん!」
「あかね!」
一斉に深山さんを見つめるみんな。
「ごめんなさい。わたし、わたし、ご迷惑を、わかってたのに……」
「何も言わなくてもいいです~ みんなあかねさんが大好きなんです~ だから、何も言わなくてもいいです~」
大河内のほんわかとした声が場を和ませる。
「はうっ!」
緊張の糸が切れた僕はそのまま椅子に座り込んで天井を見上げた。
急に疲れが押し寄せてくる。
深山さんを取り囲むみんなの嬉しそうな声。
スイッチが切れるとさっきまでの事がやけに恥ずかしい。
「ふうっ…… よしっ」
僕は黙って男子の制服を手に持つと部室の隅にシートを垂らして着替えを始める……と!」
「翔子先輩、かっこよかったです。しびれましたっ」
「翔子ちゃん、やるわねっ。惚れたわっ!」
立花さんと小金井が僕に飛びかかってきた。
その後ろから大河内と深山さんも僕の方へ駆けてきて。
「な、何だよ。一応、昨晩アニメとか見てセリフ勉強したからな」
「ねえ先輩、もう暫くこの格好でいて下さい!」
「そうよ、あたしまだ胸のドキドキが止まらないんだからっ」
着替えを中断させられた僕に深山さんまで抱きついて。
「あかね、イケメンよりお姉さまの方が好きです。あかねのお姉さまなんですよね!」
「いや、あれはヤツらの正体を暴くためのお芝居で……」
「部長、嘘はいけないですっ。翔子お姉さまはあかねのお姉さまですっ! そうに決まりですっ!」
「ちょっ、深山さん! 作り物の胸に顔を埋めないでよ!」
「これは~ 佳奈とは遊んで貰えないみたいですね~ 残念です~」
こうして文芸部にいつもの笑い声が戻った。




