第5章 1話目
第五章 秘密の美女に恋しなさい
五月の連休が終わった。
色んな事があったけど今日からはまた平常運転。
洗面を済ませ食卓に着くと桜子が上機嫌だ。
「お兄ちゃん、ほら!」
ゆるキャラでデコされた自分の携帯を突き出す。
「ねっ、繭香先輩からのメールだよ! また来てね、だって!」
昨日桜子は立花書店に行ったらしい。勿論メールで店番の予定は予め確認した。
桜子は立花さんに会えたことがよほど嬉しかったらしく、昨日の夜もさんざんその時の話を聞かされた。
曰く、
「コミックの「世界一美少年」は面白いってお勧めしたら、先輩は「ご主人様のお気に入り」も面白いって! でね、先輩に貸して貰っちゃった! きゃはっ!」
とか、
「図書委員長になった話をしたら、がんばれって! あっ、でもお兄ちゃんも図書委員長だったんだね! ってことは、お兄ちゃんモテたんだ! やるね、きゃはっ!」
とか、
「志望校どこって聞かれたから松高って言ったらとっても喜んでくれて。それでメルアドも交換して、いつでもメール頂戴ねって言ってくれて、だからこの後メールするんだ。きゃはっ!」
とか…………
鼻歌を口ずさみトーストにジャムを塗る桜子に声を掛ける
「ところでさ、昨日僕の話は出なかった?」
「えっと、兄妹揃って図書委員長ですね、って言われたけど」
「ああ、昨日言ってたよね。それ以外では?」
ジャムを塗る手を止めていた桜子が急に目を逸らせる。
「あとは、そうそう、お兄ちゃんにはお世話になってます、だって」
「それだけ?」
「うん」
「そうか……」
何かを期待していた訳じゃないけれど。
ちょっとだけ溜息が出てしまう。
暫くして。
「お兄ちゃんって彼女いないよね?」
「いないよ。分かってるだろ。どうしてそんなこと聞くんだ?」
「ううん、何でもない。じゃ、今日も元気に学校に行ってくるね!」
桜子は手を上げ笑顔で食堂から出て行った。
* * *
今日はいつもより授業が長く感じられた。
やっと放課後。
僕は少し急ぎ足で文芸部へと向かう。
空は快晴。心地よい春風に校庭の緑も生き生きとなびいている。
僕の気持ちがうきうきするのも、そんな春のせいだろう。
文芸部に辿り着くと先に大河内が来ていた。
「お久しぶりですね~、羽月さん~」
「うえっ! 僕も急いできたのに、めちゃめちゃ早いね大河内!」
「私の瞬間最大風速は秒速五十五メートルですから~」
突風に飛ばされて来たらしかった。
「で、どうしたの、部室の前に突っ立って。中に入ろうよ」
「それが、ほらこれ!」
大河内が部室のドアを指差す。
反攻予告
五月九日金曜日 午後五時に、深山あかねを頂戴する。
俳人六十九面相より
「なんだ、この貼り紙?」
「どうしたの? 翔平くん、佳奈?」
「どうしたんですか先輩方?」
背後から小金井と立花さんも覗き込んできた。
僕はその貼り紙を剥がし取ると後ろを振り返る。
「ともかく部室に入ろう」
僕らが部室に入ると同時に深山さんもやってきた。
* * *
「こんなの、脳みそも身長も足りない夢野のバカがやったに違いないわ!」
「そうですね~、私もおとなりのちびっ子部長が犯人に三千点です~」
僕たちはテーブルに置かれた『反攻予告』なる貼り紙を取り囲むように座っている。
「ま、誰が見てもそうだね。しかし、『頂戴する』ってどう言うことだろう?」
「あかねちゃんをラノベ部へ連れ戻すって意味じゃないかしら?」
「わたし戻らないですよっ! わたし佳奈先輩とハチ公をなでなでするんですっ!」
文芸部のマスコット・くまのハチ公を抱きしめながら深山さんが叫ぶ。
「本人の意志を無視して、どうやって連れ戻すのでしょうね?」
「そこよ繭香ちゃん。この声明文の謎はそこなのよ!」
「嫌がるあかねさんを無理矢理ガラスの容器に詰め込んで~、ラノベ部の生きたマスコットにしてしまうとか~」
「佳奈先輩、怖いこと言わないでくださいですっ!」
「ホルマリンはイチゴ味で初めての人にも飲みやすく~」
「ホルマリンは味付けないよ、バリウムだよ!」
「じゃあバリウム漬けにして~」
「漬けねえよ!」
「じゃあ、マンモスと一緒に永久凍土に閉じ込めて~」
「どこに保管するんだよ! もう、深山さん怯えてるだろ、その辺にしてやれよ!」
「怯えるあかねさんも~ 可愛いですし~」
「ともかく!」
僕は少し語気を強める。
「今から作戦会議だ!」




