第4章 9話目
立花さんは振り返り、もう一度同じ事を繰り返す。
「九年間売れずに残っている商品なんですけど……」
彼女はコミックス関連書籍が納められた棚から一冊の本を抜き出す。それはアイドル写真集のようだったが、決定的に違うのは表紙を飾るのはイラスト画だと言うことだ。長い黒髪の乙女と長い栗毛の乙女がカトリック修道院を思わせる制服を着て楚々(そそ)と立っている。
「それって、『おとオレ』のビジュアルブック?」
「そうです。『おとオレ』の公式ビジュアルブックです。買い取りの書籍だったので返却できずに残っているんです」
『おとオレ』。
今日カラオケでゲーム版とアニメ版のテーマ曲を間違えて歌ってしまった『淑女はお嬢さまを愛してる』のパソコンゲームはもう十年前のものだから、この本もその頃の本のはずだ。
「うちみたいな本屋には時々こんな古い本が残ってたりするんですけど、もしかして先輩興味があるかなって……」
彼女が手渡してくれた本はどっしりとしていて、ページを開くと女の子の前ではとても見られない、あんなカットこんなシーン、そして、あんな体勢やこんなご奉仕が所狭しと描かれている。人気を博して続編やゲーム機などへの移植が繰り返されてきたこのゲームを僕が中古屋で買ったのは去年のこと。発売当時の公式ガイドブックは初めて目にする。
「凄いなこれ、いや凄いよ! 興味ありまくりだよ!」
「そこまで無邪気に喜んで戴けると、嬉しさを通り越して微妙に引きます……」
本には設定資料も入っていて、新人ラノベ作家の末席を汚す僕には勉強にもなる。これは欲しい。
「ところで立花さんは『おとオレ』の話って知ってるの?」
「ええ、知ってますよ。主人公の稲穂は親戚の遺言に従い、男なのに女装して名門女学院に編入するんですよね」
「そうそう。女装男子なのに綺麗でスタイルがよくって、勉強もスポーツも出来て、出しゃばらず気品があって、それでいて誰にも優しくて。本当は男なのに学校中の生徒に「お嬢さま」と呼ばれて尊敬を集めるんだよね」
「わたしも頑張ってそんな女になりたいです!」
「いや、稲穂ちゃん男だから……」
「そうでした。男でした。男だからこそ女学院中の美少女を攻略してあんな事やこんな事がやり放題だったんですよね……」
「うん。そうだね。所詮は美少女ゲームだからね……」
現実に引き戻された。
やっぱりこんな本を買うヤツは軽蔑されるんだろうな。
「でも、わたしはこのお話って素敵だと思いますよ」
「えっ?」
「だって、主人公の稲穂さんは男の人なのに頑張って女学院を代表する生徒である『お嬢さま』に選出されるんですよ。彼はわたしに教えてくれたんです、女に生まれたから女なんじゃない、女になるから女なんだって!」
「……いや立花さん、きっと過大評価していると思うよ、この話を」
「そうかもです。でも稲穂さんみたいに完璧な『男の娘』が目の前に現れたらクラッっとしちゃう気がします」
「そ、そうなんだ……」
「あっ、でも一番は、……ぱい、ですけど」
「えっ?」
「いえ、ごめんなさい。何でもありません」
何だか立花さんの頬が赤いのは気のせいだろうか。
「ねえ、もしうちの学校で理想の女生徒を選ぶとしたら、誰になると思う?」
僕はふと頭に浮かんだことをそのまま口に出した。
「そうですね、わたしなら絶対、弥生先輩に投票します」
「ああ、仲がいいもんね、立花さんと小金井って」
彼女の視線は斜め上の宙を見据える。
「弥生先輩は素敵な人です。わたし尊敬しています。もし……」
彼女は視線を真っ直ぐ僕に向けると大きく息を吸った。
「もし羽月先輩が弥生先輩を好きなのなら、わたしは全力で応援します」
「えっ!」
「先輩は、弥生先輩のこと、どうお思い、ですか?」
僕がどう思おうと、小金井が僕を好きなんてことあるわけがない。
いや、でも最近腕を組んできたり、好意を持ってくれてるのかなって思うことが時々あるけど。
ダメだダメだ、自惚れるな自分!
「立花さん、小金井って学校でも一、二を争うくらいモテるんだよ。僕がどう思ったところで関係ないよ。だからそんなこと考えたこともない。それに……」
「それに?」
「いまこうして立花さんと楽しく話が出来て、今日みたいにみんな楽しく遊んでくれて。今の僕にはそれで充分だよ」
部員に軽蔑されたっぽい変態部長の偽らざる心境だった。
「先輩? と言うことは意中の方はまだいないと言う……」
「へっ?」
「わたし、想いを大切にしますね。チャンスを信じますね!」
「えっ?」
「ごめんなさい、へんな事言って。でも……」
「……」
「でも、弥生先輩も、素敵な方ですよ」
そう言うと彼女は上を向いてレジに戻っていく。
どう言う意味なんだろう?
まさか、女学園ものにありがちな、百合のお話?
小金井と立花さんだったら、超美少女同士、凄く絵になりそう!
「立花さん、小金井が素敵って、まさかそんな世界に……」
「先輩、何となく分かります。先輩の脳内が激しく脱線していることが!」
「えっ、違うの?」
「違います! もう、弥生先輩と佳奈先輩の苦労も分かります」
そう言うと彼女は大きく嘆息した。
本当に女心と秋の空はよく分からない。
「はあっ」
僕もつられて溜息をつくと、手に本を持っていることを思い出した。




