第4章 3話目
「運動部に入ってたら絶対凄く活躍してたよね、小金井って」
一年前の出来事を思い浮かべて、つい言葉が漏れる。
「それを言ったら、立花さんも一緒です~ ふたりとも自分の意志で決めたので羽月さんは気にすることないです~」
「そうかなあ……」
気が付くと僕は大河内と並んで街並みを見下ろしていた。
「小金井って志賀部長に気を遣って入部したんだよね?」
「はあっ? …………ふうっ」
大河内は何故か深く嘆息して。
「鈍感もここまで来たら国宝に指定すべきですね~」
「違うのか?」
「さあ、どうでしょうね~ しかしここの眺めは素晴らしいですね~」
話をはぐらかされた。
「そうだね……」
僕も自分たちが住む街並みを眺める。
僕らが通う松院高校が見える。
僕が住む家は見えないけど、よく遊びに行く駅前のビル群も見えるし、子供の頃遊んだ児童公園もはっきり見えた。
「私達の学校も見えますし~ ほら、あの公園、子供の頃良く遊んだんですよ~」
「あっ、大河内もなの! 僕もよく遊んだな、あそこで」
「じゃあ、小さい頃にも羽月さんと遭っていたのかも知れませんね~」
「そうだね」
世の中広いようで狭いものだ。
そう言えばつい先月も痛感したっけ。エロ本買って、世の中狭いなって。
最初は後悔しきりの出来事だったけど、今ではあんまり嫌な想い出ではなくなっている。
むしろ、思い出すと胸が高鳴ってしまう。不思議なものだ。
そんなことを考えながら目を凝らして遠くに見える公園を見る。
「そう言えば!」
ふと忘れていた昔のことを思い出し、声が漏れた。
「そう言えば?」
「……いや、何でもないよ」
「そこまで言って黙ってるなんて~ 面白くありませんよ、羽月さん~」
大河内が拗ねるので僕は昔の想い出を語ることにした。
もう十年以上前の話だ。聞かれて困る話でもない。
「昔ね、あの公園へ遊びに行く途中に迷子の女の子がいてね。面白い格好をしてたんだ。確か魔法使いの黒い三角帽子を被って女の子アニメの魔法のスティックを持って、でもマントが映画のスパイダー仮面のマントでさ」
「凄く目立ちそうな格好ですね」
「そうなんだ。遠い昔のことだから顔は全く覚えてないんだけどね」
可愛い子だったと思う。幼稚園の頃の話だし、細かいところは記憶にないけど、思えば僕の初恋は彼女だったのかも知れない。その頃はずっともう一度会いたいって思っていたから。
「で、その子は自分の家が分からないって今にも泣きそうだったんだ。それで一緒に彼女の家を探したんだけど」
「で、見つかったんですか~ その子のお家~」
「うん、ふたりで歩き回っていると遠くに銭湯の煙突が見えたんだ。ほらあそこに見える煙突」
僕は煙突の方向を指差しながら。
「あそこがわたしのお家だって言うから、連れて行ったんだ」
「ふうん、銭湯の娘さんだったのですね~」
「それがね、実は僕、その子にもう一度遭いたくて後日銭湯に行ったんだけど、その銭湯には小さな女の子はいなかったんだ。大きいお姉さんならいたけどね」
「で、遭えずじまいって訳ですか~?」
「そう、とっても可愛い子だったけど。騙されたのかな」
「可愛かったんですか~? 羽月さん、さっき顔は覚えてないって言ったのに~」
「うん、顔は覚えてないけどね。 その一件があってから、公園に行くときはいつも彼女を捜しながら歩いていたから、きっと可愛かったんだと思う」
「おーおー、先輩方、使えそうなエピソードありがとうですっ! 今度アレンジして使わせて貰うですっ!」
見ると深山さんが聞き耳を立てて僕らの会話をパソコンに打ち込んでいた。
「ちょっ! 何だよ急に! その執筆意欲は買うけどさ!」
「この話は使えるですっ! その女の子は自分の格好が恥ずかしくて咄嗟に嘘を言ったです。本当は銭湯の裏に住む女の子だったのに嘘を言ったです。女の子も羽月部長に好意を寄せていたけど嘘を言ってしまって、もう二度と顔を会わせられなくなってしまったって、どうです、このエピソード使えるでしょ!」
自慢げにぺったんこの胸を張る深山さん。
「確かに使えそうだけど、登場人物の名前は変えてくれよな」
「勿論ですっ! その辺の機密情報管理は任せて欲しいですっ!」
更に胸を張る深山さん。何度見ても絶対マニア受けすると思える平坦さだ。
「期待してるね、深山さん」
「はいですっ」
三人は街並みを見下ろしながらとめもない話を続けた。
暫くして。
「ねえ翔平くん、お腹空かない?」
背後からの声に振り返ると小金井と立花さんが晴れ晴れとした表情で並んでいる。
「爽やかな汗をかくとお腹が減るでしょ?」
「そりゃ、ビーチボールであれだけ盛り上がれればお腹も減るよね」
「ごめんなさい、わたしたちだけで盛り上がって。羽月先輩もやりますか?」
「題して『ビーチボール公園決戦! 命を賭けてもっと熱くなれ』ってどう?」
「やらないよ、小金井や立花さん相手じゃホントに命を賭けなきゃ戦えそうにないし」
何か不満そうなふたりを全力でスルーして腕時計に目をやると十二時近かった。




