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秘密の本は、わたしのお店で買いなさい!  作者: 日々一陽
第一章 新入部員は秘密の本屋さん
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第1章 2話目

 その日の夜。


 僕は夕食を済ませて自分の部屋のパソコンに向かい合う。

「高校生だからって担当さんを困らせちゃいけないよな。〆切は守らないと」


 実は、僕は駆け出しのラノベ作家だ。

 昨年投稿したライトノベルが偶然入賞し、先月第一巻が出版された。

 現在は第二巻の執筆が大詰め。


 しかし、キーボードを打つ手は進まない。

 明日の茶話会が成功するかどうか気になって仕方がないから、


「はあ……」


 と言うのは多分言い訳。

 本当は未だに立花さんのことが忘れられない。


「もしかして明日、来てくれる、とか……」


 ダメだダメだ、僕は嫌われてしまったんだ。

 スケベで変態でゴミでクズで最低な男だと思われてしまったんだ。

 考えれば考えるほど自己嫌悪に陥るけど、ともかく今は原稿。

 立花さんのことは、もう取り返せない過去。

 そして明日の茶話会の勧誘も、やれるだけのことはやった。


 カタカタカタカタ……


 僕は自分のラノベ『魔王がエロ本屋で大赤字を出しまして』に向き直る。


 しっかし、よりによって、なんでこんなラノベを……。

 書けば書くほど僕の心の傷が広がっていくよ。


          * * *


 次の日もいい天気。

 真面目に聞いても寝ていても、松院高校の授業は終わり、今は放課後。


 爽やかな春風が校舎の窓から吹き抜ける中、

 僕は食パンを咥えて廊下を全力疾走していた。


「遅刻だ遅刻! 茶話会が始まる!」


 僕が遅れたのは生徒会室に呼び出されたからだ。

「羽月くん、あなたね、部員を集めたい気持ちは分かるけど、掲示板だけじゃなく、トイレの壁や音楽室の肖像画、女子更衣室の鏡に科学室の人体模型、バスケットのゴールに卓球台にまで文芸部の勧誘ポスターを貼りまくるとは何事よ! しかも無許可で!」


 生徒会長、青木奈々世あおきななよ女史の叱責が飛ぶ。

 三年生の彼女はサッパリした性格でとても人気がある。

 肩で揃えた碧い髪がよく似合う、切れ長の眼をした美人だ。


「聞いてるの羽月くん、どうして申請しなかったの!」

「はあ、申請したら却下されると思って……」

「あったり前でしょう!」

「すいません!」


 さんざん怒られることを覚悟していた僕に、彼女は急にふっと笑って。


「……まあ、いいわ。あなたが苦労している原因は私にもありますから、今回は大目に見ましょう。でも次は許しませんよ!」


 そう言うと彼女は僕に食パンを差し出した。

「今から茶話会なんでしょう。はいこれで腹ごしらえして」


 なぜ食パンなのか理解不能だが、僕は礼を言うと食パンを咥え生徒会室を飛び出した。


「遅刻だ遅刻! 茶話会が始まる!」


 プレハブ部室棟二階の文芸部室へ全力で走る。

「何人来てるかな! 大盛況でお菓子足りなかったらどうしようか」

 そんな期待を持って勢いよくドアを開ける。


「はあはあはあ……」


「翔平くん遅いわよ! で、その食パンは何?」

 小金井がジト目で睨む。


「いや、生徒会長の青木女史に何故か食パン貰ったんで、咥えて走ってきた……」

「で、出会い頭で誰かにぶつからなかったの?」

「そうみたいだね……」


 よく分からないけど、何だか無性に落ち込んだ。


「で、新入生は……」

「見ての通りよ!」


 テーブルの上にはジュースやお菓子、それに紙コップがたくさん並んでいて。

 その周り、十脚ほど用意したパイプ椅子に座っているのは小金井と大河内、それに文芸部マスコットの巨大なくまのぬいぐるみだけ。


「まさか、誰も来てないの?」

「うん……」


 時計を見る。

 四時二十八分。


 茶話会は四時半からで案内していた。

「ま、まだ時間になってないよね。もうすぐ誰か来るよ……」


「……」

「……」


 時間だけが過ぎていく。


「チクタクチクタク……」

「いちいち口で時計の音マネするなよ、小金井!」

「だってヒマなんだもん。もう四時三十五分。開始時刻を過ぎたわよ」

「……」


「ねえ、こうなったら幽霊部員でもいいんじゃないの、名前だけの部員でもさ」

 セーラー服のリボンをもてあそびながら小金井がつまらなさそうに僕を見る。

「いやダメだ。先輩や生徒会長との約束だから」


「羽月さんは真面目ですね~。だからこそ部長に指名されたのでしょうけど~」

 大河内はほんわりと微笑んで、緊張感の欠片も感じさせない。

 一方の小金井は苛立ちを隠さない。

「翔平くんも知ってるでしょ、ラノベ部には既に七人も入ったそうよ」

「七人! やっぱり人気あるな、ラノベ部の方は……」

「何を呑気に言ってるのよ! 悔しくないの! ラノベ部に負けていいの!」

 小金井は歯ぎしりをしながらマスコットのくまにボディーブローを浴びせる。

「そうですね~、ラノベ部にはイラスト部門があって、薄い本も作ってますしね~」


 ラノベ部との競合で我々文芸部の部員獲得が難しいことは予想していた。

 それでも、ひとりも来てくれないなんて。

 あんなに頑張ったのに。

 このままでは廃部だ。

 先輩達の、小金井の、大河内の、みんなの期待を裏切ってしまう。


「僕、ちょっと外を見てくる。躊躇している人がいるかも知れないし!」

「さっきからドア開けっ放しだから、誰か来てたら分かるわよ……」


 小金井の言葉を背中に聞きながら僕は部室を飛び出した。

 二階の端まで走ると急いで階段を下りる……


「誰か、誰か躊躇ためらってる人がいるはずだ!」

 部室棟の周りを確認し校舎の方へ走り出す。


「誰も来てくれないなんて…… こんな、こんな……」


 と、


 どんっ!

「ひゃっ!」


 誰かにぶつかった。


「ご、ごめん、大丈夫? 怪我はなかった?」

「こちらこそごめんなさい、わたしが前を見ていなかったので……」


 目の前に長い黒髪の女生徒が尻餅をついていた。


「た、立花さん!」

「先輩!」


「ごめん、大丈夫? 服汚れてない?」

 僕が彼女の手を取ると彼女は慌てて立ち上がった。

「大丈夫です。わたし前を見ていなくて。先輩もお怪我はありませんか?」

 僕の鼓動が一気に百億光年を駆け抜ける。

「平気平気、全然大丈夫!」

 精一杯の笑顔で応える。


「あの、先輩。わ、わたしって凄く方向音痴で部室の場所が分からなくて……」

「……」

「それで時間に遅れてしまいましたが、文芸部の茶話会はまだ間に合いますか?」

「え…… あ、も、勿論。勿論だよ!」


 思わず最敬礼をした僕は彼女と一緒に部室に戻った。


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