第4章 1話目
第四章 甘く修羅場な歓迎会
休日の朝は携帯電話の着メロで始まった。
ちゃっちゃ ちゃっ ちゃっちゃ
ちゃ~ちゃっ ちゃっ ちゃちゃっちゃ~
みんなが一斉にジャンプしそうな洋楽の名曲が鳴る。
「はい、もしもし羽月ですけど、ああ、小金井、どうしたんだ?」
「あっ、翔平くん、おはよう。ちゃんと起きてたのね! 今日は待ち合わせ9時半だから、遅れないでね! えっと、それだけ」
何だか一方的に喋って切られた。そんなに信用ないのか、僕。
と言うわけで、今日は文芸部新入生歓迎お遊び会の日だ。
女子テニス部の看板を掛けたテニスの試合で心ない誹謗中傷に晒された立花さんを元気づけようと小金井が発案した企画。でも『ヤジられたラブドール立花さんを慰める会』なんて言えるはずもないから、新入生歓迎お遊び会と銘打った。
朝から公園に行ってのんびりして、午後はカラオケで歌い狂う予定だ。
洗面を済ませて食堂に行くと妹の桜子がトーストを囓っていた。
「おはよう、お兄ちゃん」
前髪を切りそろえたショートボブが似合う、ボーイッシュな桜子が思い出したように手を叩く。
「そうそう、昨日ね、立花書店に行ったんだけどさ、繭香先輩いなかったよ」
「そうか。そりゃ残念だな」
「だから欲しい本買わないで帰ってきた。今日はいるかな?」
「いないよ。だって今日は立花さんも一緒に出かけるから」
僕が今日のお遊び会の話をすると桜子は残念そう。
「じゃあ、いつならいるか、繭香先輩の予定を聞いて来てよ」
「うん、分かった。で、買いたい本って、なんだい?」
「それは秘密だよ。だって女の子だもん!」
変なアピールをする桜子に愛想笑いを投げると僕はパンにジャムを塗る。
「そうだ、その火遊び会、わたしも参加しようかなっ!」
「ダメだよ、部員の親睦目的だから。それに火遊びじゃなくて、お遊び!」
「似てるじゃない、火遊びも、お遊びも、女遊びも!」
言われてみると確かに似ている。目から鱗。
「でも、ダメったらダメだ。桜子は僕の秘密を喋っちゃうかも知れないしさ」
「何、秘密って? ベットの下に隠してある本のこと?」
ぎくっ!
「それとも、机の上のカエルのぬいぐるみに時々話しかけていること?」
ぎくぎくっ!
「大丈夫だよ、言わないから」
脅迫だよな、これって。
「いや、どちらもたいした秘密じゃないからね。ダメなものはダメ!」
「ちぇっ、つまんないの」
舌打ちをした桜子はにやりと笑って。
「本当はあのことでしょ、秘密って言うの。ねえ、覇月れろれろりん先生!」
「そんな卑猥な名前じゃない! 覇月ぺろぺろりん、だっ!」
と言いつつ顔が真っ赤になる。
「お兄ちゃん、顔真っ赤だよ。自覚してるね、卑猥な響きだって」
「卑猥じゃないもん! 猥褻じゃないもん!」
僕は部屋を転げ回りながら再び自覚する。
ダメだ。これだけは絶対隠し通さないと。
人前で呼ばれたら二度と立ち直れない。
「大丈夫だよ、お兄ちゃん。桜子は優しいから秘密にしてあげるよ。じゃあ、お土産待ってるね」
「……分かったよ」
結局、脅迫に屈する僕だった。
* * *
「うわあ~ いい眺めです~~」
大河内の声に僕たちは麓に広がる街の風景を見下ろした。
ここは山の中腹にある緑豊かな公園。
遊具がたくさんある訳じゃないけど結構広くて、何より眺めが最高。
僕たちの街が一望できる。
天気も快晴、絶好の行楽日和だ。
しかも休日だから結構多くの人が来ている。
僕は青い大きなレジャーマットを芝生の上に広げる。
「さあ適当に荷物を置いたら、遊ぶわよっ!」
レジャーマットに荷物を置くが早いかビーチボールを膨らまし始めた小金井。
「何しよっか? 鬼ごっこ? かくれんぼ? しりとり? それともビーチボールバレー?」
「って、もうビーチボール膨らましてるだろ!」
つっこみながら僕も荷物を置いて立ち上がる。
「じゃあ、やろうか」
苦笑しながら小金井を見ると彼女の背中から黒いオーラが立ち上っていた。
「じゃあ行くわよ、翔平くん。受けてみなさい、あたしの必殺弾丸サーブ!」
バシッ!
「おい、ちょっ!」
強烈なサーブが飛んでくる。僕はそれを反射的に足で受けていた。
「ふっ、さすが翔平くん。あたしの弾丸サーブを足で受けるとは。でもここまでよ」
ふわりと上がったボールに向かって飛び上がる小金井。
「必殺ハリケーンボンバーアタック!」
「先輩あぶないっ!」
バシッ!
バシッ!
「うっ、やるわね、繭香ちゃん。あたしのアタックをブロックするなんて」
「弥生先輩こそ凄いジャンプ力。ただ者ではありませんね」
ふたりの間に激しく火花が散る。
「あのさあ、ビーチボールのバレーなんだからさあ。もっとまったりやろうよ、まったり」
「いいじゃありませんか~ 羽月さん~。あれであのふたりは楽しんでいるようだし~。私達は観戦と洒落込みましょう~」
「そうです。この熱い戦い、絵になります、文章になります!」
見ると深山さんはノートパソコンに向かって何やら打ち込んでいるし大河内はふたりの勝負を写真に納めていた。
「そうだな、観戦が一番面白そうだな」
「ふっふっふっ!」
「…………」
見るとふたりの火花は激しさを増し、背後に暗黒のオーラがゆらりと見える。
「やるわね、繭香ちゃん」
「弥生先輩こそ」
「覚悟よ、繭香ちゃん!」
「…………」
「必殺打った瞬間にバシッと音がするビックリドッキリサーブ!」
バシッ!
「回転する必要がなくてもかっこいいから回ってみた的な回転レシーブ!」
ビシッ!
「空気を蹴ってジャンプする物理法則を打ち破ったこれでトドメだ的なアタック!」
バシッ!
「ネットはないけど取りあえず鉄壁のブロックのようなもの!」
ビシッ!
ふたりのレベルが高い熱戦と舌戦はやがてたくさんのギャラリーを集めていく。
「小金井も立花さんも運動神経凄いよな」
「弥生ちゃんは二年で一番足が速いし~、運動神経も一番だと思います~ 立花さんも凄いですし~」
「なあ大河内、小金井って本当に文芸部でよかったのかな?」
「まだ気にしてるんですか~? いいと思いますよ~ 本人が決めたんですから~」
ほんわか笑う大河内を見ながら、僕は一年前の出来事を思い出した。




