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秘密の本は、わたしのお店で買いなさい!  作者: 日々一陽
第三章 わたしの秘密は言わないで
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第3章 6話目

 帰りのバスも大変だった。


「お鞄をお持ちします、繭香様!」

 バスに乗ろうとすると僕らの後ろから声がした。

 がっしりした長身に浅黒い肌、さっきまで対戦していた緑山さんだ。


「えっ? 何ですか?」

 頭の上に?マークを付けて立花さんが目を丸くすると緑山さんが彼女の鞄に手をかける。

「今日の試合に負けたらメイドになるという約束でしたよね。約束は果たしますから」

「えっ、ええっ~!」


「あっ、そうだったわ。今日の試合は松校が負ければ看板を差し出す。勝ったら香雅高は私達のメイドになると言う約束だったのよ」

 澄ました顔で柳崎さんがのたまう。


「と言うわけで、お鞄をお持ちしますわ、繭香様」

「いえ、そんな、あのわたしはそんな賭けしてませんから。賭けをしたのは柳崎先輩ですから!」

「何言ってるの、試合に勝ったのは立花さんでしょ。ご褒美は受け取っておきなさい!」

「何なりとお申し付けください、お嬢様!」

「えええ~っ」


 緑山さんを暫く見ていた立花さんは、やがて何か思いついたように少し頬を緩めて。

「では命令です、緑山さん。今からあなたは柳崎さんに仕えてください。あなたのご主人様は柳崎さんです」

「えっ? それじゃあ立花さんはどうして試合を引き受けたのですか? 何の目的で? 何のメリットがあって?」


 不思議そうに問うてくる緑山さんに立花さんは笑いながら答える。

「わたしが試合をしたのは、そうですね、テニスが楽しいから、です」

「楽しいから…………ですか。そうですか」


 いいながら緑山さんは柳崎さんの前に立った。

「では、お鞄をお持ちします、柳崎麗奈様!」


「きゃはっ、あかね決~めたっですっ!」

 そのやりとりを聞いていた深山さんが楽しそうに立花さんの手を取った。

「今度の小説は繭香をモデルにするですっ!」

「え?」

「いいでしょ、繭香の活躍をドロドロと描くですっ」

「やめて深山さん! わたしを題材なんて」

「もう繭香ったら。一年生同士なんだからわたしのことは『あかね』って呼んでです!」

「そうね。じゃあ、やめてよ、あかね!」

「やめないです。タイトルは、そうですね、

 『最近、文芸部の活動がちょっとおかしいんだが。』

 で、どうですかっ!」

「思いっきり先輩達にもご迷惑が降り注ぎそうなタイトルね」

「そうね、事前検閲の対象ねっ!」

 小金井が深山さんを睨みつける。しかし目は笑ってた。


「あっ、弥生先輩、大丈夫ですっ。弥生先輩は隣の部のイケメン部長を誘惑する役で……」

「死にたいのかしら? あかねちゃん!」

 目が笑っていなかった。


「あっ、間違えましたです。隣の部長を誘惑するのは佳奈先輩の役にして……」

「あかねさん~、内蔵が破壊されるのと関節が破壊されるの、どちらがお好みですか~?」

「えっ、佳奈先輩もお嫌なんですかっ!」

「当たり前田はスラッガーです~」


「困りましたね、あっ、そうだ。じゃあ隣のイケメン部長は羽月部長と出来ちゃうってどうですか? 男同士ってのも面白い展開かもですっ!」

「羽月先輩に汚れ役をさせるとは、いい度胸ね、あかね!」

 立花さんから恐ろしい殺気が立ち上った。

「そうね、やっぱりその小説は執筆禁止ね!」

 小金井からも恐ろしい殺気が。


「何だかわかりませんけど、ごめんなさいです。やっぱり隣の部は隣の部の中で収拾つけるです。左岸先輩が誘惑する役で……」

「あのさ、深山さん。尊敬する左岸先輩にそんな役をさせるかなあ?」

「ひっ! 羽月部長まであかねの小説に口出しするんですか!」

「ノンフィクションと勘違いされそうな機密情報流出系小説っぽいからな」


「仕方がないですね。隣の部のイケメンちびっ子部長には花の女子テニス部とくっついて貰いましょうです!」

 一連の話の意味がわからない柳崎さんは首をかしげた。

「と言うわけで決定しましたですっ! さあて、今日から執筆開始ですよっ!」

 そんな決め方でいいのだろうか。ま、楽しんでるから、いっか。


「ところでさ、立花さん」

「えっ? はい」

 深山さんを笑顔で見ていた立花さんが驚いて僕に振り向く。


「明日からの連休だけど、空いている日ってあるかな? 明後日とか予定あるかな?」

「えっ、明後日ですか? はい、空いてますけど……」

「よかった。実はね、立花さんの試合中にみんなで話してたんだ。休みの日に文芸部で遊びに行かないかって」

「はいっ? 遊びに、ですか?」

「そうだよ、朝から公園に行って、午後はカラオケに行こうって」


 僕と彼女のやりとりを他のみんなも笑顔で見ていた。

 試合が終わる直前、小金井が提案してきたのだ。


「ねえ翔平くん、たまには文芸部で休日に遊びに出かけるってどうかしら?」

「えっ?」

「ほら、繭香ちゃん、復活してるように見えても絶対凄く傷ついてるから。フォローするのも先輩の役目でしょ」

「あっ、そうだね。いいアイディアだね」

「そうよ。あたしが悪いアイディアなんて出すはずないんだからねっ。じゃあ、そうと決まったら翔平くんが誘ってあげてね。わたしはいつでもOKだから」

「えっ、女同士、小金井から誘ってくれよ」

「何言ってるの、部長の仕事よ!」

「そうです~ 弥生ちゃんの気持ちを無にしないでください~」

 大河内に睨まれた。でも何だろう弥生ちゃんの気持ちって。


 ……と言う経緯があったのだけど。


「はい、勿論喜んで行きます!」

 立花さんは弾けるように答えてくれた。


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