第3章 4話目
「これより香雅高校・緑山選手と松院高校・立花選手の試合を始めます」
水色のテニスウェアに褐色の肌が似合う長身の緑山選手と、純白のテニスウェアを着た立花さんがコートに立って互いに挨拶を交わす。
ルールは二セット先取した方が勝利。
最初のゲーム、サービスは相手、緑山選手だった。
「泣いて土下座すればいいものを、仕方がないわね。じゃあ、行くわよ」
…………
「はっ!」
ばしっ!
逞しい長身から力強い弾丸サーブが繰り出される。
ギュウイイイイ~ン!
ボールが轟音を上げながら立花さんに襲いかかる!
「っ、立花さん、あぶな……」
スコ~ン
「…………」
立花さんがラケットを振ったようだった。
相手の緑山選手はサーブを打ったままの姿勢で固まっている。
ボールが相手選手の背後で跳ねる。
「0―15(ラブフィフティーン)」
「うわああああっ」
よく見えなかったがリターンエースが決まったようだ。
緑山選手はまだ動かない。
「偶然よ、ええ偶然に決まってるわ。どんな宝くじにも当選者はいるわ」
何やらブツブツ呟きながら次のサーブの動きに入る。
「はっ!」
ぶびしっ!
またも強烈な弾丸サーブを繰り出した。
ギュウイイイイイイイイイイイイイ~ン!
ボールが炎を引きながら立花さんに襲いかかる!
「っ、立花さ……」
パコ~ン
「…………」
またも相手選手は立ち尽くしたまま。
立花さんのリターンは鋭くライン際に打ち込まれていた。
「0―30(ラブサーティ)」
「凄い!繭香ちゃん!」
「かっこいいです~」
小金井と大河内が甲高い声援を送る。
ばすばすばすばす
その横でラノベサンドバックにボディブローを浴びせる深山さんの姿が。
「深山さん、こんなところに美少女萌え抱き枕を持ってきたの!」
「はい、小金井先輩が持って行こうって」
思わず他人のふりをした。
ぶばしっ
スコ~ン
「0―40(ラブフォーティ)」
油断している間にも立花さんのリターンが決まっていた。
緑山選手が呆然と立っている。
「そんな、偶然が三回も続くなんて!」
「はっ!」
ばしっ!
ギュイイイイイイイ~ン
びしっ
…………
今度は立花さんが一歩も動かなかった。
「フォルト!」
緑山選手が歯噛みする。
「くっ! わたしとしたことが…… 落ち着かないと……」
「はっ!」
ばしっ!
キュイイイイ~ン
びしっ
…………
「フォルト! ゲームウォンバイ立花選手」
強かった。
立花さんはとんでもなく強かった。
「はいっ!」
ばしっ!
しなやかな立花さんの体からサーブが繰り出される。
ひゅ~~~ん ビシッ!
予想したコースと違ったのか、緑山選手はラケットを振ることも出来ない。
「15―0(フィフティーンラブ)」
サービスエースだ。
「繭香ちゃんやるうっ!」
「宗方コーチも見ているわよ~」
誰だ大河内、その宗方コーチって?
ばすばすばすばすっ!
「深山さん、そんなに殴ったらラノベサンドバックが死んじゃうよ!」
松院高校、略して松高のふざけきった応援をよそに、立花さんは一ゲームも与えない。
華麗なフォームから繰り出される彼女の驚くほど正確なショット、全くスキがない動きは緑山選手をあるときは振り回し、あるときは一歩も動かさず、一方的に翻弄した。
彼女はそのまま第1セットを奪う。
「楽勝ね、繭香ちゃん!」
小金井がベンチに戻った立花さんに声を掛ける。
「いえ、弥生先輩。試合は最後まで何があるかわかりません」
厳しい顔を崩さない立花さん。
「それに……」
立花さんは相手陣営に目をやる。
「ひそひそひそひそひそひそひそひそ」
相手陣営が何やらひそひそ話をしていた。
「これで終わるとは思えません。先輩、応援していてくださいね」
やがて第二セットが始まった。
* * *
コートに戻る立花さんと緑山選手。
一方的な試合となって顔色を失っていた緑山選手が余裕の表情でニヤリと笑った。
「立花さん、お遊びはここまでよ。あなたには悪いけど、このセットであなたの身も心もズタズタにしてあげるわ。覚悟なさい!」
「……」
「ふっ、じゃあ行くわよっ」
「はっ!」
びつしっ!
緑山さんの弾丸サーブが襲いかかる。
「ラブドール繭香っ!」
声援が飛んだ。
「っ!」
一瞬、応援席からの声に気を取られたのか立花さんがフリーズした。
「15―0(フィフティーンラブ)」
だ、誰だ今の声は!
僕が周りを見回すと、みんなは相手応援席の方を睨みつけていた。
「まさか!」
相手応援席を見る。
機械式メガホン、別名拡声器を持った女生徒がニヤリと笑いながらコートを見下ろしていた。
「こんなの反則だろ! おい審判! ヤジは違反……」
「えっと、今回のルールブックには『ヤジは反則』とは書かれていませんね」
ちゅうか、ルールじゃなくってマナーでしょ、そこは!
「はっ!」
ぶばしっ!
試合は続行された。
ギュウイイイイイイイ~ン
「サンドウィッチはいかがですか~! サンドウィッチガールです!」
また拡声器からヤジが飛んだ。
「っ!」
「30―0(サーティラブ)」
「審判! こんなの変だよ!」
「うるさいですね、審判への暴言は退場ですよ!」
審判に睨まれた。
試合は続く。
「はっ!」
ぶばしっ!
ギュウイイイイイイイ~ン
「全然イカない姫~!」
「っ!」
「40―0(フォーティラブ)」
こんなの、こんなのって!
「みんな、こっちも応援よ、あいつらの声をかき消すのよ!」
小金井が現実対応策を提案する。
「うぎゃっぎゃぎゃぎゃぎゃ~!」
横で騒がれると堪らないけど仕方がない。
「はっ!」
ぶばしっ!
ギュウイイイイイイイ~ン
「全然イカない姫リターンズ~!」
しかしヤツらは平然と拡声器のボリュームを上げてきた。
「っ!」
「ゲームウォンバイ緑山選手!」
一ゲーム奪われた。
「大丈夫繭香ちゃん?」
「立花さん!」
コートに声を掛ける僕たちを見て彼女は一度深呼吸をするとにっこり微笑む。
「先輩、大丈夫です。この程度のヤジなんかには負けません!」
第二ゲームが始まる。
立花さんのサービスゲームだ。
「はっ!」
「全然イカない姫おかわりちょうだい~」
ぱしっ!
ヒュ~~~~ン
びしっ!
立花さんのサービスエースが決まった。
「15―0(フィフティーンラブ)」
「まぐれよ! 次、これでヤジるわよ!」
拡声器から相手応援団の内輪話まで聞こえる。
「はっ!」
「ラブドール繭香二号~」
ぱしっ!
ひゅ~~~ン
ばしっ!
「ラブドール繭香三号~」
びしっ!
ばしいっ!
ラリーになった。
「ラブドール繭香四号~」
ばしっ!
立花さんのボレーが決まる。
「30―0(サーティラブ)」
立花さんは悪意に満ちたヤジに屈せず敵を打ち負かしはじめた。
相手の応援団に動揺が走る。
「ざまあみろ! 卑怯な悪は滅びるのよっ!」
小金井が大きな声で僕の気持ちを代弁する。
「40―0(フォーティラブ)」
試合の主導権はまた立花さんが握った。
と、その時、
相手応援団が動いた。円陣を組んだ。
「ひそひそひそひそひそひそひそひそ……」
ひそひそ話をしているようだ。
ヤジ戦法が通じなくなって困っているのだろう。
ざまあみろだ。
「ゲームウォンバイ立花選手! ワンオール」
立花さんがゲームを取って追いつく。
「その調子よ、繭香ちゃん!」
「佳奈特製の謎ドリンクが待ってるわよ~」
味方の謎な声援に小さく手を上げて応える立花さん。
彼女の表情に余裕が戻った。
彼女がヤジに動じなくなった今、こちらが絶対的に有利だ。
何せ実力では圧倒しているのだから。
やがて相手応援団の円陣が解かれる。
「クックックック……」
拡声器からドラマの殺人犯のような笑い声が聞こえる。
見るとみんなニヤニヤと薄ら笑いを浮かべていた。
これ以上卑怯な手があるのだろうか。
何だか嫌な予感がした。




