第3章 3話目
家に帰ると妹の桜子が嬉しそうに話しかけてきた。
「おにいちゃん、わたしね、中学校の図書委員長になったんだ!」
「そうか、信頼されてるんだね、桜子は」
「えっとね、信頼、というかね……」
桜子は指に指を絡めながら。
「去年の図書委員長はね、繭香先輩だったの」
「ああ、立花さんだね、前にも言っていたよね」
「そう、すっごく美人で優しくてモテモテだった繭香先輩!」
「で、それがどうかしたの?」
桜子は僕を真っ直ぐに見上げてくる。
「図書委員長ってね、代々すっごく人気があってモテるんだって!」
「代々?」
「そうよ、繭香先輩でしょ、それにその前の委員長さんもかっこいい人だったんだって」
「へっ?」
その前って、僕?
「繭香先輩が言ってた。かっこよくって、ファンの女の子もいたんだって」
ファンの女の子?
もしそれが事実なら、僕は何と勿体ないことを!
「なあ桜子、その話って本当か?」
「うん、繭香先輩が嘘なんて言うはずないもん」
僕のモテ期は、僕の知らない間にやってきて勝手に去っていたのだろうか。
あまり喜べない。
「だからわたしもこれからモテまくりなわけよっ! きゃはっ!」
心底喜んでいるので、一昨年の委員長の名は伏せておくことにした。
「まあ、がんばれよ!」
縁起なんて担がなくても、桜子は結構モテるんだけどな。
* * *
次の日の放課後、僕たち文芸部一同は近くにあるテニスコートへ向かった。
勿論、松院高校花の女子テニス部と香雅高校女子テニス部の試合を観戦するためだ。
バスに乗ると後方の一角に陣を取る。
「立花さんってそんなにテニスが上手いのなら、どうして西高に行かなかったの?」
「いえ、わたしなんかまだまだ。上には上がいますし。それに高校は松院と決めてましたから」
「ふうん。まさか文芸部に入るため?」
何故かにたりと笑いながら小金井が尋ねる。
「ええっと、あの、やっぱり進学校で校風も自由で……」
「そりゃそうだよ。誰が廃部寸前だったうちの部目当てに進路を決めるんだよ!」
「そうだけどね、そこでうんと言ったらかっこよかったのに!」
全然悪びれない小金井。
「で、勝算は?」
「こればかりはわかりません。昨日は素振りだけしてきましたけど」
「大丈夫です~。私たちがこの機械式メガホンで応援しますから~」
「大河内、それ拡声器だろ! そんなんでヤジ飛ばす気か!」
「ヤジではありません~。繭香さん応援ソングです~。歌詞カードをどうぞ~」
曲名は『君は愛しのラブドール』だった。
「やめんか、こら! 拡声器も没収だ!」
そうこうしているうちにバスは目的地に到着した。
* * *
コートには既に香雅高校女子テニス部の選手が入っていた。健康そうに焼けた浅黒い肌が日頃の練習量を物語る。僚友と軽くラリーをしていた。軽く振っているようだが結構凄い玉を打つ選手がひとり。多分彼女が県外からスカウトされたという選手なのだろう。
そんなところへ立花さんが入っていく。真っ白なテニスウェアを着てコートに向かって一礼する。さっきの選手に比べると背も小さくとても華奢に見えるが、彼女だって平均的女子に比べると背は高い方だ。肌も相手選手に比べると不健康に思えるくらい真っ白に見えた。
どっちが可愛いと言われると考えるまでもなく立花さんだが、どっちが強いと言われると百人中百人が相手選手と答えるだろう。
立花さんはテニス部長の柳崎さんと練習を始める。流れるようなフォームで確実に同じ場所へリターンしていく。動きが美しい。
「翔平くん、鼻の下が長い!」
小金井に小突かれる。
「そ~よ、母さんも、長いのよ~」
歌ったら睨まれた。意味が違うらしかった。
「それにしても相手選手メチャクチャ強そうだな。立花さん大丈夫かな」
「大丈夫だと思うわよ。繭香ちゃんって鬼強いらしいし」
「あなたが今日の対戦相手かしら?」
コートの中から声が聞こえた。
「柳崎さんも往生際が悪いわね。おとなしく看板を渡せばいいものを。わざわざボッコボコのギッタギタのメッタメタになりに来るんだから」
「……」
「今泣いて謝ればパシリだけは勘弁してあげてもいいわよ、知力も魅力も女子力もない弱小貧弱な松院高校女子テニス部の皆さん」
「許せません!」
「はっ? 貧弱最弱の分際で何か癪に障ったかしら?」
「テニスをこんな賭け事の道具にするなんて、敗者をそんなにひどく言うなんて! 松院高校の、わたしたち松校の力を見せてあげますっ!」
立花さんが相手選手を睨みつけている。
「あなたが今日のお相手かしら。強がりだけは一人前ね。へっぽこテニス部のお嬢ちゃん!」
「っ!」
やがて審判が現れた。




