第3章 2話目
深山さんの前にポテチの山が築かれる。
「はいどうぞ、歓迎の証よ!」
小金井が笑顔で勧める。
毎日死ぬほど喰ってるのに、どんだけバカ買いしてんだ、ポテチ。
「はい~ これはコーラのオレンジジュース割りです~。飲み物が減ったので混合種類が少なくてごめんなさい~~」
いや、謝るところ間違えてるだろ、大河内。
「ありがとうですっ」
深山さんは元気に返事をしてコーラのオレンジジュース割りを一気にあおる。
「んぐんぐ、んぐぐぐ…… んぷはあ~ 意外といけますですっ」
立花さんもそうだったが、今年の新入生は胃袋が大変に丈夫なようだ。
「ポテチを浸して食べるのも美味しいわよ」
「ホントですか、やってみますです~!」
「やらんでいい、やらんでいい」
そんな平和なやりとりを、のんべんだらりと交わしているとドアがノックされた。
もしかしたら深山さんが文芸部に来ると知って夢野先輩が殴り込みに来たとか?
思わず緊張する僕。
見ると深山さんも身構えている。
「はい……」
立花さんがドアを開けると、そこには意外な人たちの姿があった。
「あなたたちはもしかして、花のテニス部の皆さん!」
そこにはテニスウェアを着た四人の女生徒の姿。新入生勧誘の時、立花さんを引き抜きに来た三人のテニス部員の顔もそこに含まれている。
「はい、立花さんにお話があって」
はじめて見る女生徒がひとり前に進み出る。
僕は彼女の前に立った。
「あの、立花さんの引き抜きなら全力でお断りします」
「いえ、そうではなくて……」
女生徒は深々と頭を下げる。
「私、女子テニス部部長の柳崎麗奈です。先日はうちの部員が失礼なことをして大変申し訳ありません」
「い、いえ、まあ頭を上げてください、柳崎さん」
「実は今日は恥を忍んでお願いに参りました」
「い、いや、だから頭を上げて……」
「立花さん、力を貸してください!」
「えっ……」
柳崎さんの態度に神妙な表情の立花さん。
「あの、入り口じゃ話しにくいのでどうぞ中に入ってください」
僕は彼女達を部室の中に案内する。
「ありがとうございます……」
と言うわけで。
僕と立花さんの前にはテニス部部長の柳崎さんと三人のテニス部員が座っている。
彼女達の前には山盛りのポテチ。しかし誰も食べようとはしない。
柳崎さんがぽつりぽつりと語り出す。
「ご存じの通り私達女子テニス部は市内でも屈指の弱さを誇っています。中学時代テニスで活躍した子は隣の西高に行きますよね、あそこのテニス部は有名ですから。だからうちには経験者は来ません。しかも学校にはテニスコートすらない。普段の活動もポテチの食べ比べをやっている有様です。『花の温泉テニス部』の異名も伊達ではありません」
凄い体育会系もあったものだと感心しきり。
「でも、こんな私達にもライバル校がありました。私立香雅高校です。市の大会でも二回戦に進んだことがない私達松院高校と香雅高校はお互い傷をなめ合うために交流戦を開いたり、ハイキングに行ったり、バーベキューをしたり、カラオケ大会を開いたり、コスプレイベントに参加したりコミケに共同出店したり……」
「柳崎さん、もう一度確認させてください。これ、テニス部の話ですよね?」
「はい、ごめんなさい活動内容が広くて」
いや、そんなレベルじゃないでしょう。
「ともかく私達は仲睦ましく楽しく暮らしておりました。しかし今年になって香雅高校は方針を転換したのです。校内に立派なテニスコートを作り、県外から有力な選手をスカウトしてテニスに力を入れてきたのです」
「やってることが極端ですね、香雅高校」
「ええ。だから今年は私達も必死で練習を始めたんです。毎日ランニング校庭十周、腕立て伏せ五十回、腹筋百回、スクワット百回……」
「コートがないから大変ですね。素振りの練習とかは?」
「あっ、そうか。忘れてました」
いっそ基礎体力部を立ち上げたらどうだろうか。
「ともかく、それで先日香雅高校と恒例の交流戦をやったのですが……」
「……負けた、と?」
「はい。負けました。でも負けるくらいはどうでもいいんです。屈辱的に一ゲームすら取れずに完敗したって悔しくありません」
いや、悔しがろうよ、さすがに。
「でも困ったことにあの人達は、香雅高校の傘下に入れと言ってきたんです……」
「傘下って?」
「文字通り配下になれと」
「配下って、そんなことをして何かメリットがあるんですか? 学校違うのに」
「パシリですよ。ハイキングやバーベキューの準備をしたりカラオケの予約をしたりコスプレイベントのチェックをしたり……」
「それ、今年もやるんですか?」
「はい勿論。しかし、パシリ程度のことはどうでもいいんです!」
すごいプライドの低さだった。
「許せないのは、絶対に我慢できないのは、うちの高校の伝統の、とても大切な女子テニス部の看板を渡せと言うんです!」
「女子テニス部の看板?」
「はい。看板です。『松院高等学校女子テニス部』って書かれた看板です。私達の先輩の、有名な漫画家さんが落書きしてくれた私達の宝です!」
柳崎部長の話に合わせて横に座る部員が写真を差し出す。それは女子テニス部の看板を部員達が囲んで写った記念写真だった。
「ご覧の通りかの有名な漫画『テニスの王女様を狙え』の作者さんが直々に描いた萌え萌えのイラスト入りなんです。お宝鑑定で時価百万円はくだらないと言われるいい仕事です!」
「その看板を渡せと。道場破りみたいですね」
「その通りです。まさしく道場破りならぬ、女子テニス部破りなんです。それで明日試合をして負けたら看板を渡すと約束してしまって」
「どうしてそんな約束を!」
「だって、私達には才能がない、気力も体力も握力も魅力も女子力もないって。どうせ一ゲームどころか一ポイントも取れないから怖じ気づいたのだろうって。胸もないのに意地もないのかって。逃げることとポテチ食べることしか知らないのかって。お前の母さんデベソだって。つい頭に血が上ってカッとなってしまって……」
「そこまで言われたら誰でも怒りますね」
僕の横に座る立花さんも拳を握りしめ震えている。
「ひどいです……」
「交流戦で負けてからと言うもの、私達は毎日練習したんです。休みなく練習したんです。テニスコートも借りて練習したんです。雪が降っても武器が降っても、門限破って晩御飯抜きにされても練習したんです。でも、昨日その成果を試そうと隣町の中学校と練習試合をしたんですけど…… ボコボコに……」
「辛いことは言わなくていいですから」
柳崎さんは椅子から腰を浮かすといきなり土下座した。
「お願いです立花さん。一緒に看板を守ってください。あなたなら、立花さんなら彼女達に絶対勝てます!」
「ちょっ、ちょっとお顔を上げてください!」
立花さんが慌てて立ち上がる。しかし柳崎さんは土下座のまま。
「お人形さんのように可愛くて、それでいて試合になったら圧倒的な強さで、市の大会では決勝までセットどころか一ゲームすら与えず、全てをラブゲームで勝った、人呼んで『ラブドールの繭香』さん、あなたなら絶対に勝てます!」
えっ?
ラブドール?
凄いニックネームというかあだ名というか二つ名と言うか。
「っ……」
立花さんが固まりつつ何とか声を出そうとする。
「って、いえ、あの、その…………」
それでも土下座している柳崎さんは気が付かずに独白を続ける。
「私、二年前にジュニア大会で立花さんと対戦したことがあるんです。一ゲームどころか一ポイントも取れませんでしたけど。でもあの時、試合後に泣いていた私のところへ来て、お弁当のサンドウィッチを渡してくれましたよね。あの卵サンド、凄く美味しかったです。聞けば立花さんはよく対戦した相手にサンドウィッチを配っていたそうですね。『サンドウィッチガール』ともお呼ばれだとか」
本人は褒めてるつもりらしかった。
時に善意は悪意よりも遙かにタチが悪い。
「そんな立花さんならきっと助けてくれると。お願いです、一緒に女子テニス部の看板を守ってください!」
「わ、わかりました。わかりましたから頭を上げてください」
「じゃあ!」
柳崎さんはやっと頭を上げた。
「わたしなんかでよければお手伝いしますから。ただ、ひとつお願いがあるのですが」
「協力して戴けるんなら何でも! 何なら私を専属のメイドにして貰っても!」
「いえ、そんなことではなく」
「ではどんな事で?」
「わたしの過去の二つ名は、全部忘れてもらえませんか!」
「ラブドール繭香さん一号、とか?」
立花さんの顔が真っ赤になった。
「サンドウィッチガール、とか?」
「柳崎さん、ちょっと……」
僕は柳崎部長をドアの外に連れ出してきっちり説明をした。彼女が持つ二つ名がどんな別の意味を持っているかについて。部室に戻った柳崎部長はまた深く頭を下げる。
「立花さんごめんなさい。私、意味を知らなくって。もう二度と言わないから勘弁して」
「柳崎先輩、別に怒っていませんから。ともかく忘れてください!」
「……はい、忘れたわ」
「では、明日のこと詳しく教えてください。わたし全力を尽くしますから」
「ありがとう、立花さん!」
落ち着きを取り戻した部室の中で深山さんが嬉しそうに言葉を紡ぐ。
「やっぱり文芸部は退屈しなくて面白いですっ。こっちに来てよかったですっ」
みんなの顔から苦笑が漏れた。




