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秘密の本は、わたしのお店で買いなさい!  作者: 日々一陽
第三章 わたしの秘密は言わないで
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第3章 1話目

 第三章 わたしの秘密は言わないで



 若草の緑が眩しい五月の初め。


 TVをつけると連休を海外で過ごす家族のインタビューとか、行楽地の混雑ぶりとかが目に飛び込んでくる。

 今日はそんな大型連休の狭間、四日ぶりの登校日。

 あくびを噛み殺しながら校門をくぐると、クラスメイトの市山いちやまに声を掛けられた。


「どうした、連休疲れか? どこか旅行にでも行ったか?」

「貧乏な我が家にそんなイベントはないよ。昨日の夜ついテレビを見ちゃってさ」

「もしかして、アレか?」

「そうそう、多分そのアレ!」

 そして二人でハモる。


「お兄ちゃんなんて、いますぐ逮捕しちゃうからねっ!」

 深夜アニメのタイトルだった。


「やっぱりな! 最高だよね妃織ひおりちゃん!」

「いや、俺はどっちかと言うと茶和さわちゃんの方が!」

「あんな格好で逮捕されたら本望だよな!」

「『今晩はわたしのお部屋に拘留ですっ!』ってたまんなくね!」


 どんなアニメか、賢明な読者諸賢は既にご想像と思うけど。

 兄のことがたまらなく大好きな妹、妃織。しかし兄は幼なじみやクラスメイトに何故かモテモテ。妃織は今日も兄を尾行し、浮気の現行犯逮捕に踏み切るのだった……

 ってなストーリーだ。


「それはそうと、羽月って最近、小金井さんに逮捕されてない?」

「へっ?」

「結構噂だぞ。小金井さんとお前」

「違うよ。それは勘違いだよ!」

 このところ頻繁に小金井が腕を組んできてたの、みんな見てたんだな。恥ずかしい。


「ま、羽月って結構モテるからな。羨ましいわ!」

 笑いながら市山は自分の席に座った。


       * * *


 真面目に授業を受けると時間が経つのが早い気がする。

 放課後、当番の掃除を終わらせると部室棟二階にある文芸部へ向かった。


「ちーっす!」


 軽めの挨拶とともに部室のドアを開けると、いつもと違う妙な空気が流れていた。

「ど……どうしたの、って、深山さん!」

「あっ、こんにちは羽月部長。今日からお世話になります、深山みやまあかねです」

「ええっ!」


「見ての通りなんだけど……」

 小金井が少し困った風に僕を見る。


「くまのハチ公を愛でに来たんじゃ、ないよね」

「勿論です!」


 美少女キャラの抱き枕、通称ラノベサンドバックにボディーブローを浴びせながら深山さんが平坦な胸を張る。くまのぬいぐるみは大事にするのに人間のキャラなら殴ってもいいのか? 論理がわからない。


「入部届もお持ちになっていて~」

 大河内が和紙に筆で書かれた『入部届』を僕に差し出す。

「和紙に筆で書かれた入部届ってリアルではじめてみたよ」

「はいっ、退部届もちゃんと筆で和紙に書いて出してきました!」

 またもや平坦な胸を張る深山さん。マニアにはたまらない平坦さだ。


「ちょっと待ってて!」

 軽いステップで僕は部室を飛び出した。

 そしてすぐ隣の部屋、ラノベ部のドアをノックする。


「入っていいですか、羽月です!」

 先の短編小説人気投票での出来事が思い出される。深山さんは敵である我々文芸部に一票を入れてくれたが、その票は無効扱いにした。ことの説明は左岸先輩がしているはずだ。もしかして左岸先輩が困ったことになっているとか。


「はいどうぞ、開いてるわ」


 ドアを開けるとラノベ部の面々が一斉に僕を見る。

 総勢二十人は伊達ではない。一瞬ぎょっとする。

 夢野先輩の顔をもある。知らない顔も多い。気のせいかも知れないけど、みんな僕に敵愾心てきがいしんむき出しの眼だ。視線が痛い。


「どうしたの羽月くん、驚いた顔をして」

 そんな中、微笑みながら左岸先輩が立ち上がり僕の前に立った。

「あの、ですね……」

「わかったわ。ちょっと外に出ましょうか」

 そう言うと彼女は僕に目配せをして部室の外へ出た。

 僕も彼女の後をついていく。


「深山さんのことね」

「はい」

「宜しく頼むわ」

「えっ!」

 フライング判定されそうなくらいの即答だった。


「実はあの後深山さんと話をしたんだけど、あの子文芸部に替わりたいって言ってね。わたしもラノベ部の人間だし相当に引き留めしたんだけど、決意は固くてね」

「やっぱりうちの部のくまのぬいぐるみが気に入ったとか?」

「違うわよ。残念ながら……」

 左岸先輩は寂しそうに笑う。


「大河内さんと小金井さんと、あなたと一緒がいいんだって」

「……」

 左岸先輩の胸中を思うと言葉を紡ぐことが出来ない。

「こればっかりは本人の意志が全てですからね。仕方ないわね。夢野も他のみんなも退部のことは知っているから安心して。ただ、辞めた理由とか、文芸部に行く事とかは知らないから、もう一騒動あったらごめんね」

 ぺろりと舌を出す左岸先輩。


「ご迷惑かけました…… ごめんなさい」

「あら、羽月くんが謝ることはないわ。わたしなら心配無用よ」

「すいません。深山さん、大切にしますね」

「よろしくね。彼女一見引っ込み思案に見えるけど、少し打ち解けると、とっても人なつっこくて明るい子よ」


 左岸先輩に深く頭を下げると僕は自分の部室に戻った。


 ドアを開けると深山さんは大河内と一緒にくまのぬいぐるみ『ハチ公』の頭を撫でている最中だった。

 小金井と立花さんは心配そうに僕を見ている。僕は出来るだけ優しい顔を作ると深山さんの前に立った。


「深山さん、これからよろしくね」

「えっ、は、はい! よろしくお願いしますですっ」

 僕は小さく頷くとみんなを見渡す。

「深山さんは今日から文芸部の一員だ。仲良くやっていこう!」

 僕の言葉にみんなは笑顔で頷いた。


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