第2章 9話目
と言うわけで、結局勝負は引き分けに終わった。
青木先輩の話から今後も文芸部は何の心配もなく活動できる。
これで充分だ。
僕は学校を後にしてゆっくりと歩いている。
この二週間も色々と大変だったけど、ハッピーエンドと言えるだろう。
勝負はいわく付きの結果となったけど文芸部のみんなは納得してくれた。
肩の荷が下りてすごくすっきりした気分。
だから今日は学校帰りに本を買おうと思った。
「うん。自分へのご褒美だ。いいよね、許されるよね」
帰る間際、立花さんに今から本を買いに行くことを告げると、何故か彼女は全力疾走で去っていった。めちゃくちゃ俊足だけど、何を急いでいたのだろう。
そんなことを考えながらゆっくり歩いて行く。
あの角を曲がるともう少しだ。
街外れの小さな本屋さん。
入り口にあるお勧め本のコーナーには、まだ僕の本があった。
「あれっ、最後の一冊だ。結構売ってくれたんだ」
心の中で感謝しながら店に入る。
「いらっしゃいませ!」
鈴のように可憐な声が出迎えてくれた。
「あっ、立花さん」
少しはにかみ遠慮がちに微笑む彼女はゆったりとしたガウンを纏っている。
そして、頭の上には、つの?
角が生えている?
なんだろう?
あの日になると角が生えるとか?
「女の子って色々難しいんだな」
そんなことを思いながら本棚に目をやる。
「どれも結構いいよな。目移りしちゃう」
自分へのご褒美だ。ちょっとくらい高くても気に入ったものを。
「おっ! これいいじゃん。モデルも好みだし……」
棚から一冊の本を手に取る僕。
瞬間、視線を感じた。
レジの方へ目を向ける。
「…………」
目を逸らされた。
何だか気を遣わせているみたいだな、早く買わなきゃ。
もう迷わない。
もう怖くない。
僕はスケベで変態でバカでマヌケな先輩だ。
手に持った本を堂々とレジに持って行く。
と、その時。
立花さんがガウンを脱いだ。
「ひっ!」
息を飲んだ。
「あ、あう、あう、あう、あう、あう……」
口が動かない。
目の前で頬を紅潮させ恥じらう立花さんが、シンプルな碧いスクール水着をお召しになっている。そして彼女の煌めく黒髪には角…… って、この格好は僕の本の表紙!
「に、似合い、ますか?」
「んん…… んんん……」
声が出ない。
僕は何度も何度もコクコクと首肯する。
「ま、魔王の娘に見え、ますか?」
「うんうんうんうんうんうんうんうんうんうんうんうん!」
幾度も幾度も激しく首肯する。
「嬉しいですっ!」
その瞬間、彼女の顔が花開くように笑顔になった。
「ぼ、ぼ、僕も嬉しいですっ!」
心臓が炸裂した。
魔王の娘のスク水姿が天使過ぎて僕の心臓を炸裂させた。
「……」
「……」
それから互いに俯いてしまう。
暫しの沈黙。
「……」
「……」
やがて沈黙を破ったのは立花さんだった。
「あ、あの……」
「あ、ああ。きょ、今日はこれを!」
そう言いながら僕は手に持った本を彼女に手渡す。
「今日はこれをください。『完璧ボディ! 限界ビキニで生殺し』ください!」
また言わなくてもいい一言が口から飛び出した。
「はっ、はいっ。『完璧ボディ! 限界ビキニで生殺し』一点で千四百円です」
僕は財布から千円札を二枚抜き出しながら少し落ち着く。
「し、しかし、どうして今日は魔王の娘の水着姿なの?」
「そ、それは……、そうそう。お勧めのコーナーの『魔王がエロ本屋で大赤字を出しまして』のお買い上げサービス企画、なん、ですけど……」
た、立花さん、そこまでして僕の本を売ってくれてるんだ!
「あっ、ありがとう。本当にありがとうっ!」
土下座せんばかりの勢いで頭を下げる。
「せ、先輩がどうして? ありがとうって?」
またやってしまった。ついつい作者としてお礼が出てしまう。
「あっ、いや、さ、サービス企画って、その、サービスしてもらったんだしっ」
「くふっ。もう、変な先輩!」
彼女は笑いながら。
「あ、でも、このサービス企画も、ここだけの秘密、でお願いしますねっ」
「えっ、ここだけの、秘密?」
「はい、そうなんです。絶対に秘密、なんです」
「ど、どうして?」
「だ、だってほら、普段は祖父がレジにいるので、その、時間限定なので……」
「……うん、わかった」
いや、全くわからないよ、立花さん。
「では、お先に六百円のお釣りですね」
彼女はお釣りを差し出すと手元の本をチラリと見る。
表紙にはスタイル抜群の美人モデルが、申し訳程度の布きれを身に纏った姿が。
「やっぱりスク水なんかより、ビキニの方がいい、ですか?」
「えっ?」
「あっ、いえ何でもないです。やっぱりビキニはいいです、よね?」
「う、うん。でも、そうとも言えなかったりも……」
目のやり場に困りながらも、僕の頭の中はスク水に覆われた彼女の少し青い禁断のボディで溢れていた。綺麗にくびれた妖艶な腰のライン。控えめでも世界で一番高貴な胸の膨らみ。そこからすらりと伸びるしなやかな手脚。どこに目をやっても気が狂いそうだ。
「せ、先輩はどんな水着がお好み、ですか?」
本を袋に入れながら彼女が尋ねる。
「どんなって、た、立花さんだったら何だって!」
「えっ? せ、先輩そんな!」
彼女は慌てたように視線を動かすと赤面して蒸気を噴出した。
やっぱり仕事とはいえ、恥ずかしいんだな、この格好は。
僕はそんな彼女のプロ根性に、お店の為に尽くすその姿に敬意を表す。
「ありがとう楽しませてくれて。その、最高だよ……」
「先輩、嬉しいです! わたし頑張りますね。ええ、どんなに布地が少なくても、例え少しくらいはみ出しても、わたし頑張りますね! また来てくださいね!」
時々何を言っているのかわからなくなるのが玉に瑕だけど。
もう彼女以外から本を買うことなんか考えられないよ。
「勿論。じゃあ、また来るね!」
僕は紙袋を受け取ると後ろ髪を引っこ抜かれながら店を後にする。
「あ、ありがとうございましたっ!」
彼女の可愛い声が優しく僕を送り出す。
本当にサービス最高だよ、立花書店。
でも、さ。
歩きながら手に持つ紙袋を凝視する。
「買ったばかりのこの本も、既に使えない気がする……」
それでも僕はしっかりと前を見て家に向かって歩いた。
自然と頬が緩むのを感じながら。
第二章 完
これにて第二章完結となります。
第三章は第一章で登場した『花の女子テニス部』の皆さんが活躍する予定です。
題して
コートでは誰でもひとり! 繭香、エースをねらえ!
ごめんなさい。うそです。
もっとささやかなお話です。




