第2章 8話目
そして金曜日の放課後。
投票箱を回収した僕と左岸先輩は生徒会室のドアをノックする。
トントン
「合い言葉は?」
「お帰りなさいませ、お嬢様!」
合い言葉は週替わりだった。色んな意味でめんどくさい。
「入っていいわよ」
ドアを開けると青木奈々世先輩が機嫌良さそうな笑顔を見せた。
「そこの机を使っていいわよ」
「ありがとうございます」
「助かるわ、奈々世!」
左岸先輩が青木先輩に頼んで生徒会室を使わせてもらうことになっていた。
「じゃあ、私が立ち会いするから、公正に集計してね」
そう言うと青木先輩は会長の席に着き貯まっている書類に目を通し始める。
立ち会いすると言いつつ、完全に放置プレーだ。
「じゃあ、始めましょう」
僕は左岸先輩と投票箱の鍵を開け集計を始めた。
…………
…………
一時間後。
「……」
「……」
大接戦だった。
「……」
「……」
結果はたったの二票差。
「左岸先輩、これって……」
「二百十二票 対 二百十四票。おめでとう羽月くん、文芸部の勝ちだわ」
僕を見て微笑んでくれる左岸先輩。
しかし僕はそんな彼女に一枚の投票用紙を突き出していた。
「いや、そうじゃなくって、これはいったい!」
「ああ、それは文芸部の方が面白かったからよ。一読者として」
文芸部に投じられたその紙に書かれた名前は、左岸玲奈。いま目の前で開票をしているラノベ部の筆頭主席副部長の名前だ。
「嬉しいですけど、でも、こんなことをしたら左岸先輩困るんじゃ……」
「大丈夫よ。それに身内への投票は禁止だけど、相手への投票はOKよね」
「いや大丈夫じゃないですよ。それにほら、この子も確か……」
僕はもう一枚、別の投票用紙を彼女に提示する。
投票者の名前は、深山あかね。
「彼女、ラノベ部の新入生ですよね!」
「えっ、深山さん!」
左岸先輩は驚いてその紙を手に取った。
「さすがに新入生が敵に塩キャラメルを送っちゃ、立場なくしますよね」
「ええ、そうね。さすがに新入生はね、それに……」
「それに?」
彼女は少し言い淀んでから。
「うちの小説、『死神よ、こんにちは』を書いたのは彼女なのよ」
「えっ。あれって深山さんが書いたんですか!」
「そう、彼女はとても才能があるわ。今回の小説は彼女の原文に夢野が付きっきりで推敲を重ねたの。夢野ってアピールする文章上手でしょ。だからかなり一般ウケする作品になったと思うわ。ただ、夢野は結末まで変えるように指示したのよね。あの話、元々はハッピーエンドじゃないのよ。元々は、死神を騙して好きな彼を助けた少女は、彼の前から姿を消して永遠に生き続けるの。少女を捜し続ける彼も、彼に二度と会えない少女も、永遠に幸せにはなれないの。死を逃れた彼らに待っていたのは永遠の苦痛」
「……」
「でも、それじゃあ何だか救われないでしょ、後味悪いって夢野が変えさせたのね」
「なるほどね、だからあの話は最後だけ違和感があったんだ」
「文芸部の作品、ダイヤの女王って、言葉は悪いけど、結局誰も救われない話よね。老婆を殺した主人公も、死んだ老婆も救われないのは仕方がないわ。でもラストで優しいお姫様だけは救えたはずなのに、その方が後味がよくてウケるのに。羽月くんならわかってたはずよ。でもそのままぶつけた、そうでしょ」
左岸先輩には全てお見通しのようだ。
「でも、そこに彼女は魅力を感じた。だから文芸部に投票したのでしょうね」
「ねえ、左岸先輩。深山さんのこの投票用紙、なかったことにしませんか? このままでは彼女、部内で裏切り者扱いされますよ」
「そうね、悪いけどそうさせて。深山さんにはわたしから説明しておくわ」
「はい、お願いします。それとこの左岸先輩の票も」
「えっ?」
「撤回してください。お願いします」
「でも、そんなことをしたら」
「二百十二票同士、引き分けです。左岸先輩だって敵に塩ラーメンを送ったとなると、やりにくくなるはずですし、それに夢野先輩の気持ちも少しだけわかるんです。僕はふたりに喧嘩して欲しくない」
「でもそんなことをしたらあなたたちの勝ちがなくなるし、それにこの小説の作者も可哀想じゃ……」
「そんなことありません。ダイヤの女王を書いたのもうちの新入生です。深山さんと彼女、どちらも新入生同士甲乙付けがたかった。いい結末じゃないですか」
「羽月くん……」
「あらっ、談合してるのね!」
気が付くと僕らの横に青木先輩がニタニタと笑いながら立っていた。
「うわあっ! びっくりさせないでください!」
「だって談合発見したんだもん」
「これは談合じゃありません、調整です」
「わかったわ」
青木先輩はあっさりと引き下がって。
「でも羽月くん。あなたこの勝負どうして受けたの? 聞けば勝ってもそのまま、負けたら傘下入りという話じゃない」
「ああ、それはですね。夢野先輩が文化部会議で文芸部のことを議題に出すと……」
ことの顛末を説明すると青木先輩はあきれ顔で。
「夢野が私を吊し上げるですって? そんなこと出来るわけないじゃないの。夢野の弱みなんか星の数ほどあるわ。踏まれて喜んだり、蹴られて喜んだり、罵られて喜んだり! あんなのギッタギタに返り討ちにしてやるわよ」
「そうなんですか!」
「当たり前でしょ。先に私に相談しなら、こんなことしなくてよかったのに」
そう言うと青木線先輩は、ぱあっ、と笑った。
「ともかく、この勝負は引き分けと言うこと、ね」
言い終わるが早いか、彼女は生徒会室のドアを勢いよく開ける。
うわああっ!
ドサッ!
バサッ!
開いたドアと一緒に三人の生徒が倒れながら転がり込んできた。
「何を盗み聞きしてるのよ!」
「あっ、奈々世先輩……」
「奈々世会長……」
「……」
小金井と大河内、それに立花さんが絡まったまま顔を上げた。
「何してるんだよ、お前ら!」
思わず叫ぶ僕。
「は、ははははっ。現代情報化社会では、壁に耳あり障子にメアリーは当然かと。
「誰だよ、メアリーって! って、もう」
嘆息しながら僕は倒れている彼女達に手を貸した。
「で、聞いてたんだろ。結果は引き分けになった。一生懸命頑張って貰ったけど、その、ごめん」
「まったく、問題ありません~」
「そうよ、さすが翔平くんだわ。あっ、でも繭香ちゃんは?」
「わたしもこの結果が一番嬉しいです。先輩はやっぱり優しいです!」
そして最後に何故か声が揃う。
「羽月さん、かっこいいです~」
「翔平くん、かっこいい!」
「羽月先輩、かっこいいです!」
その様子をジト目で見ていた青木先輩と左岸先輩も声を揃える。
「のろけの続きは部室に戻ってやって頂戴」
「はは、は……」
僕は晴れやかな気持ちで生徒会室を後にした。




