第2章 3話目
「短編小説、か……」
ベットに寝転がりぼんやり考える。
思いっきりギャグ連発のコメディなんてどうかな?
舞台設定は近未来? あ、原始時代とかも面白そうだし。
やっぱり最後はどんでん返しが欲しいよな。
予想を裏切るどんでん返し、でも期待通りのハッピーエンド。
童話や寓話のパロディと言う線も捨てがたいかな。
ああ、全然考えがまとまらないや。
あの後。
ラノベ部の連中が去った後、僕らは緊急会議を実施した。
* * *
「じゃあ、今日決まったことはこれだけな」
僕は白板を指差す。
■A4二枚を二つ折りにしてホチキスで留め、8ページの小冊子にする。
■表紙には簡単なイラスト、裏表紙には本文を入れない。
■だから中身はたったの6ページ。
■明日、みんなの短編小説のアイディアを持ち寄る。(ここ重要)
■宿題忘れても絶対忘れるな! 部費と〆切
「じゃあ、時間もないから明日また話をしよう」
そう言って僕は席に着き、まだ大量に余っているポテチに手を伸ばす。
「翔平くん、ごめんね。あたしつい頭に血が上って……」
珍しく小金井が意気消沈し断ポテチを敢行中。
「小金井のせいじゃないよ、どのみちこの勝負は避けられなかったんだ」
その先は言おうかどうか迷ったけど、小さな声で。
「それにさ、嬉しかったし」
少し顔を上げた小金井は、しかしまた心配そうに。
「でも翔平くんはこんなこと嫌いなんでしょう」
「……」
「昔、あたしの書いた短編が夢野に酷評されたとき、翔平くん言ってくれたよね。話が強引で、読む人を置き去りに激走するところ。登場する超悪役が全く憎めないところ。そこに小金井が見えて面白いって。僕らの小説は書いた人が見えるから面白いんだって」
「そんなこと言ったっけ、僕」
「言ったわよ」
「でもそれって、小金井を全然庇ってないよ」
小金井は首を横に振る。
「そうじゃないの。だから翔平くんはこんな勝負はきっと嫌いだろうなって」
「小金井、ありがとう。でももう決まったことだから。頑張ろう」
* * *
「今頃みんな必死で考えてるんだろうな」
ベットから身を起こし、まとまらない考えに首をぶんぶん振り回す。
「考え詰めてもいいアイディアは出ない、かな」
青年には息抜きも手抜きも、抜きも必要だ。
僕はベットの下に手を突っ込むと、二冊の本を取り出した。
黒パンストのズキュンお姉さま
ラブラブきゅん! 美味しいメイド服の妹たち
実は重大な問題が発生していた。
せっかく大切な小遣いをはたいて買った本なのに、一回も使っていないのだ。
訂正。
使えないのだ。
表紙倒れだった訳じゃない。
寧ろどちらの本のモデルもポーズもアングルも大変素晴らしい。良質な悪書、とでも言いましょうか、僕の想像以上だった。本は何にも悪くない。
変わったのは僕だ。
「立花さん……」
思わず口をついて出てしまう彼女の名前。
凛としても妖艶な彼女の、ちょっと大人な黒パンストの美脚。
可愛いメイド服に身を纏う彼女の圧倒的な美しさ。
どちらの本を見ても思い出されるのは彼女のことばかり。
「はあっ……」
本をもう一度ベットの下に仕舞い込む。
「やっぱり残酷だよ、立花さんは……」
暫くぼんやりと部屋を見回して。
やおら本棚からサキの短編集を取り出した僕はぺらぺらとページをめくった。
* * *
次の日の放課後。
僕はラノベ部との短編小説勝負のルールをみんなに説明している。
「昼休みにラノベ部の左岸副部長と話して決めた内容だ」
僕は白板に決定事項を書いていく。
■A4二枚の白黒コピー。
■紙の使い方、フォント、文字サイズ、イラストなど自由。
■校内数カ所に冊子をおいて自由に取って読んで貰う。
■アンケート用紙と投票箱を来週一週間設置。
■アンケートは記名投票。
■文芸部、ラノベ部の部員による身内への投票は無効。
■お菓子はひとり五百円まで。
「とまあこんな感じ。想像の範囲内だと思うけど、何かある?」
僕が説明を終えると大河内が不満そうな顔をする。
「お菓子がひとり五百円までは少なすぎます~。消費税もアップしたのでせめて五百四十円までにしてください~」
と、それを聞いた立花さんが恐る恐る声を出す。
「あの、つっこむところはそこでしょうか?」
ポテチをトマトジュースに浸しながら小金井。
「最後の一行は結語だから無視していいのよ。それより、どうして夢野じゃなくって左岸先輩と話をしたの?」
「ああ、そこね。何でだろうね。そう言う役割分担にしたんだって」
僕はちょっとだけ嘘をつきながら、今日の昼休みのことを思い出しだ。
* * *
今日の昼休みのこと。
弁当をかき込むと僕はラノベ部へ向かった。
部屋には大きなテーブルがひとつ、十脚以上の椅子が取り囲んでいる。
真新しい本棚は、まだ空きだらけ。
その代わり、イラストを描くための道具がいっぱい並んでいた。
僕を出迎えてくれたのは左岸玲奈先輩。
ショートカットの緑の髪に茶縁の眼鏡がよく似合うラノベ部の副部長。
「うちの部長がごめんなさいね」
開口一番に謝られた。
「彼は羽月くん相手だとすぐ暴走するから教室のロッカーに閉じ込めて来たの」
「はあ、それはどうも……」
「それにあのバカ、可愛い子と見たらすぐに「副部長のポストをご用意いたしましょ~」とか言って。うちには既に副部長が五人もいるのにね」
複数いるとは聞いてたけど、五人とはまた無節操。
「あははっ、そうなんですか。左岸先輩よく我慢してますね」
「ええ、一応わたしは、筆頭主席副部長ってことになってますから」
「へっ、副部長に序列があるんですか? 他にはどんなタイトルが?」
つい興味本位で聞いてしまう。
「えっと、宴会副部長にお茶菓子担当副部長でしょ、あと、コミケ荷物持ち副部長につっこみ副部長!」
「よくみんな耐えてますね」
「でも、今回の勝負でうちが勝ったら、きっと副部長が八人に増えると思うわ」
「うわっ。きっと耳掃除担当副部長とかが誕生するんでしょうね」
「ええ、恐らくは……」
言いながら左岸先輩は僕を真っ直ぐに見て。
「こんなことになって迷惑でしょうね。でも、こう言うイベントもひとつの楽しみ方ではあると思うの。部の併合なんかを賭けなければ、だけどね」
「そう、ですね」
「それと……」
彼女は少し言い淀んでから。
「いつかは文芸部とラノベ部は元の鞘に収まるべきだと、わたしも思うのよ」
「それ自体は、実は僕も同感です」
僕は迷わず答える。
「きっと左岸先輩がラノベ部の部長になってたら、小金井の態度も違ったんじゃないでしょうか?」
「そうかしら? 基本的には同じだったと思うわよ。だってわたしは指名されなかったし……」
指名って、分裂の時の、生徒会長による文芸部に残る説得のこと?
「あれって当時の部長の希望でしょ。じゃあ小金井には関係ないんじゃ」
「えっ、羽月くんは知らないの?」
「知らないって? 何を、です」
左岸先輩は僕を見つめてやがて嘆息する。
「はあっ。その鈍感さだけがネックよね、羽月くん」
「はい、一日三回言われるのが目標です」
「鈍感、鈍感!」
「ありがとうございます。これで今日の目標はクリアしました」
こう言うノリ、好きだな左岸先輩。
「じゃあこの話はこの辺にして、短編小説勝負のルールを決めましょうか」
「えっ、さっきの話の続き教えてくださいよ!」
「それはわたしの口からは言えません。先、進めましょ」
僕は渋々頷いた。