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秘密の本は、わたしのお店で買いなさい!  作者: 日々一陽
第二章 小説勝負は八百長の香り
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第2章 1話目

 第二章 小説勝負は八百長の香り



 春の風が心地よい、四月も半ばを少し過ぎて。

 今日は週初めの月曜日。


 一日の授業も終え文芸部には部員全員が勢揃いしている。

 部の存続も決定し今日から本格的に活動スタート。


「と言うわけで、年間計画はざっとこんな感じだけど、質問は?」

 僕は白板に年間の大雑把なスケジュールを書いてみんなの顔を見回す。


「あの、ひとついいですか?」

 申し訳なさそうに小さく手を上げる立花さん。

「文芸誌や読書会の小説って、ジャンルは何でもいいんですか」

「ああ、何でもいいよ。推理小説でもエッセイでも耽美小説でも暴露小説でも」


 ばふっ ばふっ


 文芸部の本棚に立て掛けてある、某ライトノベル美少女キャラの抱き枕、通称『ラノベサンドバック』にパンチを浴びせながら小金井弥生が口を挟む。


「でも、ラノベ部の連中が喜びそうな挿絵付きラブコメファンタジーはダメよ」


 ばしばしっ ばふばふっ


 小金井のパンチがサンドバックの美少女キャラを連打する。


「なあ小金井、そんなに意地にならなくてもいいんじゃないか。ジャンルの制約は解除しようよ」

「ええ~っ、そんなの癪に障るじゃない! ラノベ部は敵なのよ、敵!」

「いやさあ、でもさ……」


 ジャーンジャーンジャーン ジャジャジャーン ジャジャジャーン


 と、その時。

 宇宙戦争映画の暗黒サイドテーマ曲が鳴り響くと、小金井が携帯を取り出した。


「はい、小金井ですが…… あっ、奈々世先輩、はい、翔平くんはここにいますけど、はい、分かりました」


 通話を終えた小金井は嘆息して。

「翔平くん、奈々世先輩がすっごくご立腹よ。今すぐ生徒会室へ来いって」

「げっ、まさか……」


 なぜ怒られるのか、一瞬で想像できた僕は大河内に向かって手を合わせた。

「ごめん、大河内、僕がいない間に月例読書会の割り当てを決めておいてよ」

「はい~、分かりました~。安心して叱られてきてください~」

「うううっ 他人事だと思って……」


 そう言い残して僕はひとり重い足取りで生徒会室へ向かった。

 

 トントン


「合い言葉は?」

「会長とってもステキ、きゃっ!」

「入っていいわよ」

 合い言葉がグレードアップしていた。勘弁して欲しい。


 やおらドアを開けると、生徒会長・青木奈々世女史の呆れ返った顔が待っていた。


「羽月くん、あなたねえ」

「はい……」


 僕は努めて神妙な表情を作る。


「一年A組の教室から文芸部まで1メートル間隔で『文芸部こっち → 』の案内表示が貼られてるんだけど、犯人はあなたよね」

「はい、その通りです」

「また無許可よね」

「はい、その通りです」

「今度は何のおまじない?」

「新入部員が道に迷わないようにと……」


 ドン!


 青木女史は机に手をつき立ち上がった。

「そんな壮絶な方向音痴がいるわけないでしょう!」


 あうう、猛烈に怒ってる。


「そ、それは……」

「うそは文芸部同人誌の発行部数だけで充分だわ!」

「うっ、水増しがバレてる……」

「案内表示がないと部室にも行けない生徒なんて、いたら人間失格だわ!」

「ううっ」

「そんな生徒が絶滅せずに生きているのなら、今すぐ連れてきてごらんなさい!」

「はあ……」


 と、その時。

 背後に人の気配がすると同時に声が聞こえた。


「その、わたしが人間失格です。生きていてごめんなさい……」


「えっ?」

 振り返ると、そこに立花さんが立っていた。


「わたしが壮絶に方向音痴で、それで羽月先輩が助けてくれました」

「えっ? じょ、冗談でしょ?」

 突然のことに青木女史が鳩に豆鉄砲。


「本当です。ごめんなさい。わたしが悪いばかりにご迷惑をおかけして……」

 貼り紙の件で呼び出されたって気づいて、付いてきたんだ、立花さん。


「……ところで、あなたは、誰?」

 青木女史は唖然としながら尋ねた。


「あっ、自己紹介が遅れました。わたしは文芸部員で一年A組の立花繭香です」

「立花繭香……って、あなたがあの繭香さん?」

「はい? わたしのことをご存じでしょうか?」

「ええ、噂に聞いてるわ。男心を上履きで踏みにじる冷酷無残な伝説の悪女、『全然イカない姫』の立花繭香さんよね」


「え、えええええええええっ!」


 虚を突かれたように声を上げた立花さんは、急に青ざめ視線を彷徨わせた。

「だ、だ、誰のことでしょうか、全然イカないって意味分からないですけど、伝説の悪女って、いったい誰のことでしょうか、あの、青木先輩、う~ら~み~ま~す~」

「あ、ああ、ごめん。そうね、違ったわ、人違いだったわ!」


 青木女史は青い顔をして震えている立花さんを見て失言に気が付いたようだ。

「そ、そうですよね、ひ、人違いですよね」

 立花さんはチラリと僕を見て、そのまま俯く。


 立ち上がっていた青木女史は予想外の展開にいったん椅子に座って。

「と、ともかく。1メートル間隔の貼り紙はありえないわ。今日のところは繭香さんに免じて大目に見るから、今すぐ貼り紙を剥がしてきなさい、羽月くん」

「はい、わかりました」

「じゃあ、もういいわよ」


 彼女は嘆息してそう言うと、立花さんに向かって申し訳なさげに手を合わせた。


          * * *


 僕は立花さんと一年A組に向かい、そこから案内表示を外していった。


「あの、羽月先輩、さっきの話しですけど……」

 立花さんが絞り出すような小さな声で語りかける。


「ああ、知らないよ。僕は何にも知らないよ」

 妹の桜子から聞いて知っている話だったが、僕は知らないことにする。

「妹からも何も聞いてないし、全然知らないよ」


「!」


 一瞬僕を見上げた彼女は俯いて小さく震え始めた。

 何かいけないことでも言ったかな。


「……先輩は、やっぱり優しいんですね」

 彼女は大きく息を吸う。


「あの先輩、聞いて戴けますか?」

「うん、僕でよければ、何でも」

 彼女は少し間を置き呟くように語り始めた。


「わたしは中学の時、たくさん酷いことをしました。わ、わたしにも言い分はあるんですよ、でも、言い訳ですよね。わたしは酷いことをしたんです」


 酷いこととは、ラブレターを貰っても、待ち合わせ場所に行かなかったことを言っているのだろう。でも、僕には分かる。彼女は行なかったんじゃない。行なかったんだ。

 立花さんは、やがて自嘲気味に。


「神様はちゃんと見ているんですね。わたしが酷いことをしたから、わたしが想う人からは、振り向いて貰えませんでした。きっとばちが当たったんですね……」

「……」

「酷いことをしたから、気が付いたらわたしには、とてもとても悪い噂が立っていて、それは学校中のみんなが知っていて。挙げ句には根も葉もない尾ひれまで付いてきて。だから、きっと嫌われたんです。嫌われて当然なんです……」


「ちなみに、その根も葉もない尾ひれって?」

「……わたしは手紙を貰っても読むことすらせず、そのままもしゃもしゃと美味しそうに食べている、とか」

 山羊やぎさんか!

「結構、酷いね」

 ふと見ると、彼女の足元にぽつりと光る滴が落ちる。


「でも、先日気が付いたんです。時が過ぎても、今でもわたしの心は、その人にしかときめかないんだって。酷いことをして、罰が当たって、嫌われたのに。鬼よりも冷酷無残で性格悪くてドSで最低な悪女だって思われてるのに、身勝手ですよね……」


「そんなことはないんじゃないかな」

 僕は自分でも驚くほどすんなりと言葉が出た。


「想いを大切にしていたら、希望は最後まで、あるんじゃないかな。だってそんな噂と立花さんの本当の姿は、全然違うんだろう? だったらそれを、本当の立花さんの姿を、見せつけてやればいいじゃないか」


「!」


 彼女は少し顔を上げ僕を見つめる。

「それにさ、立花さんは直接『嫌い』なんて言われてないよね。だったらそもそも嫌われてないかも知れないよ。きっと心配しすぎだよ」

「そ、そう、ですね。先輩の言う通りですね。どっちにしてもわたしには、精一杯頑張って、今度こそ振り向いて貰うしか、術はないですものね……」

「……」

「先輩。本当にありがとうございます。見ていて、くださいね……」

「……」


 そうか、やっぱり彼女には好きな人がいたんだ。

 まあ、スケベで変態でゴミでクズだと思われてる僕はとっくに番外地だから、今更悲しむことでもないんだけどね。


 それにしても彼女にこれほど想われても振り向かない男って、誰なんだ?

 あの噂だって、ホントは彼女は何も悪くないのに。

 そんな、小さな噂を気にするような、人の気持ちも分からない超絶に鈍感なゴミ野郎はぶん殴ってやりたいよ。


 まあ、でも、ともかく。

 湿っぽい話はこれでおしまいにしよう。

「そうそう、この前、妹がね、立花さんにはとてもお世話になったって言ってたよ。妹によくしてくれて、ありがとう」

「妹さんって、桜子ちゃんですよね」

「知ってるの? 桜子のこと」

 立花さんの顔が少し明るくなった。


「勿論ですよ。わたしこそ桜子ちゃんにはとってもお世話になったんです。わたしもお礼を言ってたって、伝えてくださいね」

「わかったよ」


 と、そんな会話をしているうちに僕たちは部室へ辿り着いた。


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