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秘密の本は、わたしのお店で買いなさい!  作者: 日々一陽
番外編 繭香の、どきどきストーキングデー
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番外編 繭香の、どきどきストーキングデー 2

 メイシルフィードが入ったビルを出ると先輩の姿を探しました。


「先輩…… 先輩……」


 開店している店も増えて、人通りも多くなった街を見回しながら早足で進みます。

 すると大きな道の反対側、バス停に集まる人の中に先輩の姿がありました。しかしすぐにその前をバスが遮って! 横断歩道の信号は赤。車の往来も多くてわたしはバスに近づけません。


「このままだと!」


 先輩の横顔がバスの窓に見えた瞬間、咄嗟とっさに駆け出しました。次のバス停はそう遠くありません。今なら先回り出来るかも。


「はあはあはあ……」


 流石に全力疾走は疲れます。

 でも、信号と渋滞にも助けられて、わたしは先回りに成功しました。

 そしてもう一度帽子とサングラスと付け直すと、平然としてバスに乗り込みます。


「もしかして、これってわたし、ストーカー?」


 もしかしなくても、きっとそうだわ。今、わたしは先輩をストーキングしている。繭香ったらいけない子? でもこれは先輩の好みの服を確かめるため、明日、先輩に喜んで貰うため。

 そうよ、何ひとつやましいことはないわ。頑張れ、わたし!

 先輩は運転手のすぐ後ろに座って窓の外を眺めていました。わたしはそのふたつ後ろに腰を下ろすと先輩を見つめます。先輩はどんな女の人をチェックしているのかな? 先輩の顔の向きを追いかけます。だけど先輩ったらクルマばっかり見ているみたい。


 やがてバスは日の出町のバス停に止まり、先輩が立ち上がりました。わたしも一番最後にバスを降りるとサングラス越しに見える先輩の背中を追いかけます。

 少し歩くと見覚えがある雑居ビルに入る羽月先輩。ここの二階は喫茶シュデリンガーの猫があるはず。壊滅的に方向音痴のわたしでも文芸誌広告のお得意様はちゃんと覚えているのです。

 見つからないように、ちょっとだけ間を置いて。


 からんからんからん


 ドアチャイムの大きな音にドキリとしました。

 わたしは思わず下を向きます。先輩に見つかったら困ります。


「いらっしゃいませ」

「えっと……」


 顔を上げて店内を見ると、先輩は窓際の席で男の人と向き合っていました。

 わたしは先輩の背中が見えるふたり掛けの席に腰を下ろします。

 サングラスよし! 帽子よし! 髪型ポニーテールよし!

 変装は完璧です。祖父の家が本屋なので昔っからたくさん小説とか漫画とか読みましたが、この変装がバレるシーンは見たことがありません。欲を言えば付けひげをするともっと良いのですが、流石さすがに手持ちがありません。でもまあ、きっと大丈夫でしょう。


「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりでしょうか」

「えっと……」


 さて。

 もしこれがデートなら、わたしは何を注文すべきなのでしょう? 無難にコーヒー? それとも少し可愛くクリームソーダ? 名崎の味、がっつりトルコライス、はないわよね。


「後ほど伺いに参りますね」


 メニューを決めきれないわたしを見捨てて店員さんは去っていきました。そうだわ、こう言う時は先輩と一緒のものを注文しましょう。でも、それだと主体性のない女って思われちゃうかな?


 先輩の方を見ると。

 一緒にいる男の人は名崎新聞の宮脇さんでした。もう新聞連載の原稿受け渡しは全部終わったはずなのに何の話かしら。先輩はさっきから何度も何度も頭を下げています。宮脇さんは終始笑顔で、怒られている様子じゃないのに。 


 そんなふたりの席にさっきの店員さんが歩いてきました。トレーにはカラフルなデザートがふたつ。あれって、プリンアラモードじゃないの!

 先輩と宮脇さんは笑い合いながらプリンアラモードを美味しそうに頬張りました。


 可愛いっ!


 宮脇さんはもう四十歳くらい。そんな男性とふたり揃ってプリンアラモードって、すっごく可愛いです。そう言えば、初めてのキスも甘いプリンの味でした。先輩プリンが好きなんだわ。

 わたしも迷わずプリンアラモードを頼みました。そして、そのプリンを食べると、どうしてでしょう、わたしの顔が火照ほてっていきます。先輩との初めてのキスの感覚が頭の中でリピート再生を始めて止まらないんです。


 わたしは先輩を見つめました。

 先輩は綺麗なお客さんが横を通っても、全くそ知らぬ顔をしています。先輩の好みを調べるのはなかなか大変です。


 やがて。

 先輩と宮脇さんは席を立つとわたしの真横を通りレジへ向かいました。


「来年も松高文芸部をよろしくお願いしますっ!」

「勿論ですよ。次の部長さんが決まったら紹介して下さいね」


 そんな会話が聞こえてきました。

 来年の文芸部の部長、ですか。月野つきのさんか、あかねか。元ラノベ部の一年生もいますけど、まさかわたしってことはないでしょう。羽月先輩は誰を指名するのかな。ラノベ部とあんな事があった後だからみんなを上手に纏められる人でないとね。来年の部長さんも大変そうだわ。

 あっ、そんなこと考えてる場合じゃない。先輩を追いかけないと。

 わたしは慌てて席を立つとレジに立ちました。


「お会計お待たせしました、プリンアラモードおひとつですね」


 支払いをしながら少し驚いてしまいました。

 だって、意外と安かったんです。

 あの内容、あのボリュームで、すっごくお得なお値段。さすが先輩! 惚れ直すってこんな気持ちなのでしょうか?


 建物の外に出ると宮脇さんに頭を下げる先輩の姿が見えました。

 さあ、次はどこに行くのかな、先輩!


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