番外編 小金井弥生のロコドル誕生 4
あのステージから約一ヶ月。
明日はいよいよ弥生のデビューステージだ。
「大丈夫かな、あたし……」
明るく元気でいつもポジティブが売りの小金井弥生は、しかし未だに弱気だった。
デパートの屋上でのライブ、弥生の顔見せライブはハッキリ言って失敗に終わった。
勿論その事にショックを受けたのは弥生だけではない。
「ごめんね、弥生ちゃん」
いつもは弥生を呼び捨てで呼ぶ、みかりんこと青木奈々世女史が『ちゃん付け』で弥生に頭を下げる。ステージの失敗は自分のせいであると何度も何度も弥生に詫びる。勿論、弥生は奈々世を一切非難なんかしていない。感謝こそすれ非難する気は全くない。あれは仕方のないことだったのだ。
「奈々世先輩も、ルカさんも、奈緒さんも、皆さん頑張ってくださったんだ。あたしも頑張らなきゃ!」
そう心の中で呟く弥生。
あの日のステージ以降、メンバーのみんなはステージやイベントの度に上手にメンバー交代の話をしてくれて、上手に弥生のちょっといい話をしてくれて、上手にみかりん引退の話をしてくれた。ファンのみんなも少しずつそれを理解してくれて、明日の、弥生のデビューライブにこぎ着けてくれた。
「そうそう、明日のトークの参考に見ておかなきゃ!」
そうひとり呟き、ノートパソコンを開いた弥生は、ネットにあるNZK49ersに関する掲示板へアクセスした。
と、そこで彼女が見たのは、彼女の淡い期待を無残に打ち砕く文字列の数々だった。
「みかりん引退なんだ。やっぱかぶりものしてるから、新人に追い出された?」
「絶対みかりんがいいよね。新人なんて来なきゃいいのに」
「新メンバーの弥生って、何様のつもり」
「あんなのいらない。みかりん大好き!」
「新人のくせに生意気だお!」
そこに並んだ文字列に弥生は思わず目を覆った。
メンバーもスタッフさんも、みんな力を合わせてデビュー準備を進めてくれたのに。
落ち込むあたしを励ましてくれたのに。
やっぱりあたしがダメだから?
考える間にも次々に書き込まれる自分への中傷。
彼女は耐えきれずノートパソコンを閉じた。
「どうして……」
ひとり呟き、誰もいない自分の部屋で、打ち震える。
デビューライブでみんなに喜んで貰おう。楽しんで貰おう。そう思って、そう信じて頑張ってきた全てが彼女の中でグチャグチャに潰れて、崩れ去っていく。
「もう、どうしたらいいの。誰か、誰か、助けてよ……」
ひとりぽっちの自分の部屋で。
力なく呟く弥生に声を掛けるものなどいるはずもない。
と。
せいいっぱい 煌めく
煌めく 星になあれ
明日への扉開けよう
いま 未来だけ目指して(おんぷ)
新調したスマホが元気なアニソンを奏でて、メールの着信を知らせる。
弥生は机の上に置かれたスマホを取り上げると、ピカピカの画面を覗き込む。
弥生先輩
いよいよ明日ですね。絶対行きますね。
わたし、先輩のファン宣言をします。
一番目だったら嬉しいな。
先輩の元気がひとりでも多くの人に届きますように。
繭香
立花さんからだった。
「繭香ちゃん…… そうよ、ね」
弥生は思った。そうだ、あたしが笑顔でなくてどうするんだ。笑顔を、元気を伝えるのがあたしの仕事。最初からみんなが自分のファンのはずはないんだ。ひとりひとり、少しずつ懸命にファンを増やしていかなくっちゃ!
「ありがとう、繭香ちゃん」
弥生はその切れ長の瞼から零れる何かを手で拭う。
と。
また携帯が振動を始める。
今度は大河内からだ。
明日見に行くよ、頑張ってね~
声援一杯投げてあげるからね~
ブーケを投げるときは、わたしに投げてね~
佳奈
何かを勘違いしているようだが、それでも弥生は携帯に頭を下げていた。
「佳奈ったら!」
と。
また着信だ。
弥生先輩、明日頑張ってくださいです。
絶対ビッグになって欲しいです。
先輩が有名人になったら取材させてです。
私、それをネタにロコドル小説を書きますから。
あかねでしたっ
「深山さんも、みんなほんとに……」
独りごちる弥生。
しかし、着信は止まらない。
弥生先輩
俺、明日は最前列から応援するっす。
先輩専属カメコするから許して欲しいっす。
最高の笑顔、よろしくっす。
月野くんだ。
不思議な縁で文芸部に入った彼も、今では同人誌に毎号寄稿する立派な部員になっていた。弥生の脳裏に何故か夢野のキザっぽい顔が浮かぶ。あれだけ嫌がらせをされた彼だけど、過ぎてしまえばきっと、面白かった想い出になるのだろう。
やがて。
その日最後のメールが入る。
その、差出人の名は、覇月ぺろぺろりん、だった。
* * *
いよいよステージが始まる。
みんなで勢いよく飛び出すと、上を向いて、思いっきりの笑顔で、精一杯の声を上げる。
「みなさ~ん、こんにちは~ NZK49ersで~す!」
うわあああっ!
大きな歓声、感じる視線。
弥生は深呼吸をすると目の前の光景を確かめる。
観客席のど真ん中に『あいらぶ弥生ちゃん』なる、ピンク色のド恥ずかしい横断幕が見える。誰の仕業かと見ると、それを持っているのは夢野と星野だ。
「今日は新メンバーで迎える初めてのライブ、楽しんで下さいねっ!」
奈緒がマイクに向かってそう叫ぶと、オープニングナンバーが流れる。
弥生は歌いながら、踊りながら、そして手を振りながら、精一杯の元気を振りまく。
「やよいさ~ん!」
弥生に向かって一生懸命声援を送る一団。誰だろうか? 中学生のようだが。しかしその中に彼女は見覚えがある顔を見つける。
「あれは、翔平くんの妹さんと、その彼氏さん!」
それは小倉くんと羽月桜子がクラスメイトを巻き込んだ大応援団だった。
ふたりの笑顔が嬉しくて、弥生は思わず彼らに手を振る。
と、そんな彼女にフラッシュの雨が襲いかかる。
「そう言えば!」
弥生はすぐ足元の最前列を見る。
そこには予告通りに月野くんが一眼のカメラを構えていた。
そしてその横に手を振って声援を送ってくれる、あかねちゃんの姿もあった。
「これってメチャメチャローアングルじゃん!」
そう思ったが、スカートの下はちゃんと体操着を付けているので、撮れるもんなら撮ってみろ、と彼女は開き直る。
足元からのフラッシュを堂々と浴びながら弥生は広いステージを探す。
ここ、科学館の特設ステージには熱烈なファンだけじゃなく、通りかかりの親子連れ、物見遊山のおばさん達、引率の先生に連れられた子供達。たくさんの瞳がステージに、弥生達に向けられている。
緊張と喜びがごちゃ混ぜで込み上げる。
「イエ~イ!」
一番のサビを歌い終えると全員で大きく手を突き上げる。
そして間奏が始まる。
と。
「頑張れ~」
その声の方から、同時にみっつの赤い風船が空に舞った。
勿論そこには見慣れた笑顔が。
「佳奈! 繭香ちゃん! それに翔平くん!」
心の中で大きな声を上げ、手を振る弥生。
「こんなにたくさんの人が応援してくれて、こんなに頼れる仲間がいて、あたしはなんて幸せなんだ! 前を向いて、胸を張って、力の限り歌おう!」
彼女のその想いをのせるように、みっつの赤い風船はどこまでも空高く舞い上がっていった。
番外編 小金井弥生のロコドル誕生 完
あとがき
日々一陽です。
番外編にお付き合い戴き本当にありがとうございます。
この話は本編最終章、即ち、翔平と繭香がくっつく少し前からのことを小金井弥生の視線から書かせて貰ったものです。
実は、『秘密の本は、わたしのお店で買いなさい!』には、作者自身が書いているうちに登場人物に惹かれてしまい、当初の設定からかなり違う役になったキャラがふたりいます。
ひとりは主人公の妹である羽月桜子。当初は完全にちょい役だったのに、いつの間にかちゃっかり彼氏まで作ってしまいました。僕って本当にいい加減な作者でごめんなさい。
そしてもうひとりがこの番外編の主人公である小金井弥生です。当初はヒロイン繭香のライバルとして、もっと敵役的な設定だったのですが、気が付いたら繭香のライバルでありよき先輩であり、文芸部を救う救世主になっていました。これはどうも作者の思い入れが成せる技のようでして。ほんとすいません。
と言うわけで、すいませんついでにロコドルデビューさせちゃった次第です。
てへっ。
尚、番外編としては、もう一話構想があります。
現在全く筆は進んでいませんが、そのうち書こうと思っています。
多分書くと思います。
書くんじゃないかな。
ま、ちょっとだけ期待していて下さい。
最後に。
番外編は、ご愛顧戴いている方々からの後押しに力を戴いて書かせて貰いました。
拙い作品にお力添えを戴いた皆様に、本当に感謝いたします。
ご愛読、ありがとうございました。