番外編 小金井弥生のロコドル誕生 3
週末がやってきた。
今日は49ersのデパート屋上ライブの日だ。
別名「子供達のお守りも兼ねた、人寄せパンダ的な地道な興行」だ。
「いい天気でよかったね」
舞台裏の控え室に笑顔で入ってきたルカ。
「おはようございま~す」
新人さんらしく爽やかな挨拶を心がける弥生。
「今日はちょっと寒いけど、私達で熱くしましょうね」
ありきたりすぎるセリフでみんなを鼓舞する、みかりんこと奈々世女史。
控え室の外には、まだ開始一時間前だというのに、たくさんの熱心そうなファンの姿が見えた。この感じだと今日も大入り満員間違いないだろう。
「あれっ!」
そんな観客の中に弥生の見慣れた顔があった。
「翔平くんと繭香ちゃんだ」
悔しいけどふたりは楽しそうに話をしていて、とってもお似合いだった。
「あたしも楽しそうな姿を見せてあげなきゃ。繭香ちゃんを安心させてあげなきゃ」
小さく独りごちる弥生。
彼女はふと生徒会に立候補した時のことを想い出した。
それは翔平くんとの、最初で最後のデートの翌日。
即ち、彼女が失恋した翌日のことだ。
「弥生先輩だけが犠牲になるなんて言わないでください。わたしも一緒に!」
大きな瞳で真っ直ぐ弥生に訴えるのは立花繭香。
「何言ってるの?何度も言ったでしょ、これはあたしが好きで決めたのよ。あたし生徒会長になりたいから立候補するのよ」
春から続いた文芸部とラノベ部の抗争は、文芸部の勝利で決着した、と思ったのも束の間、ラノベ部は最終手段に打って出た。次期ラノベ部部長候補だった星野を生徒会長に担ぎ出したのだ。生徒会長権限で決着した合意事項を反故にしようと言う策略だ。そうはさせじと文芸部から立ち上がったのは小金井だった。
その時、
「わたしも副会長に立候補します。先輩の補佐をします!」
そう言って立候補の意志を見せたのは繭香だった。
しかし弥生は繭香の立候補に待ったを掛けた。
「繭香ちゃんは文芸部に絶対必要なんだから。生徒会には要らないわ。それに、あたし前から生徒会長になりたかったのよ。奈々世先輩の後を継ぎたかったの。心配無用よ」
そう冷たく突き放した。
だけど、ホントの理由は違う。
弥生は身を引いたのだ。翔平くんから身を引いたのだ。
お互い羽月翔平に気があることを知っていた弥生と繭香。
弥生は以前、繭香にハッキリと伝えていた。
「繭香ちゃんも翔平くんがいいんでしょ! 遠慮はいらないわ。正々堂々と勝負ねっ」
冗談めかして言ったけど、繭香は真剣な顔で小さく肯いただけだった。
結果は弥生の完敗。
しかし、弥生と翔平の決着が既に着いていることを知らない繭香は、繭香の立候補に待ったを掛ける弥生にこう言ったのだ。
「先輩だけが文芸部を離れる役目だなんて、正々堂々になりません!」
一瞬意味が分からなかった弥生だけど、すぐに理解した。
翔平くんの事だ。
彼女にはハッキリ伝えてあげなくっちゃいけない。それは弥生にとって大変苦しい、翔平くんに振られたときより、もっと切ないことだけど。
「あのね繭香ちゃん、実はね、あたし、あなたとの勝負に、負けたのよ……」
「えっ?」
「もう、清清してるの。だって他の誰でもない、繭香ちゃんに負けたんだから」
「……それって」
繭香はそれ以上何も言わなかったけど、きっと全てを理解したと弥生は感じた。
「はうっ」
そんなこんなを思い出して、つい小さく嘆息する弥生。
と、彼女の頭を誰かが小突いた。
「いでっ! 奈々世先輩、何するんですか?」
「なに控え室で呆然としてるのよ、ポテチ食べてたら食べきれないほどのじゃがいもに襲われる夢でも見てたの? それとも美味しい彼氏を食べる妄想?」
みかりんがステージの進行表を片手に笑いかける。
「いえ、今日は頑張らないとって気合いを入れていたんです!」
「本当かしらね。何度も言うけど、今日から今までみたいな、自由気ままな生活は出来なくなるわよ。NZK49ersメンバーの弥生として周囲の目に晒されるんだから。悔いのないよう頑張ってよ」
「勿論ですよ奈々世先輩。大丈夫です。もうポテチの歩き喰いはしませんから!」
「いや、そのレベルに安住して欲しくないんだけど」
そんなこんなで。
やがて、ステージの幕が開く。
* * *
「みかり~ん!」
「なおちん~!」
「ルカたあ~ん」
大歓声の中、ステージは快調に進んだ。
そして、いよいよ出番の時が来た。
「皆さんに紹介しま~す。この春から私達の新しいメンバーになる、やよいちゃんで~す!」
とびっきりの笑顔を浮かべ、精一杯元気な声で、弥生は客席に声を届ける。
「はじめまして~ 弥生で~す。精一杯頑張りますから、応援よろしくお願いしま~す!」
パチパチパチパチパチ……
期待を遙かに下回る拍手。
事前情報がなかった客席からは少しの戸惑いが感じられた。
「弥生せんぱ~い」
「頑張れ~!」
声の方を見る。
かろうじてモチベーションを保てたのは、声をからして声援をくれる、翔平くんと繭香ちゃんのお陰だった。
「じゃあ、次の曲は新しいフォーメーションでお送りしますっ。一緒に歌ってください、ヒロインを探して!」
アップテンポのラテンのリズムにメンバー全員が大きく手拍子を取る。
それに釣られて客席もヒートアップする、はずなのだが。
「おい、みかりんが右端に行ったぞ!」
「どうしてあの新人がパーカッション叩いてるの?」
この曲の見せ場、パーカッションの前には、いつものみかりんではなく、パッと出たばかりの新人が立っている。その光景はみかりんファンだけでなく、多くのNZK49ersファンまでもが反発を感じたようだった。
観客を盛り上げる先導的役割を果たすコアなファンが盛り下がってしまった結果、楽曲はいつもの盛り上がりに欠けてしまう。
「みんな~ 手拍子よろしく~」
みかりんのやメンバー達の叫びも、ほんの一部のファンにしか届かない。
『あれっ? 盛り上がってない! あたし、どこがいけないの?』
弥生は一生懸命歌って踊って、スティックを振るった。その歌も踊りも演奏も、決してみかりんに劣らなかった。いや、技量的はみかりんを凌駕していた。
しかし。
「あの新人、確かに上手いけど……」
「でも、やっぱ、みかりんだよな」
「上手けりゃいいってもんじゃないよな」
弥生が頑張れば頑張るほど、それは逆効果になっていく。
「何だか、あたしがステージに立ってから、盛り下がっていくみたい……」
そして、結局。
「皆さ~ん、今日はありがとうございました~」
「また応援してくださいね~!」
いつもの盛り上がりを欠いたまま、ステージは終演を迎えたのだった。