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秘密の本は、わたしのお店で買いなさい!  作者: 日々一陽
番外編 小金井弥生のロコドル誕生
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番外編 小金井弥生のロコドル誕生 2

 トントン


「合い言葉は?」


 ここは松院高校の生徒会室。

 新生徒会長でもある小金井弥生はドアの外に尋ねる。


「会長が~ ロコドルデビューって本当ですかぁ~」


 ドアの向こうから、おっとりとした声がする。

 その声には、聞き覚えがありまくる。


「佳奈ね。合い言葉は無茶苦茶だけど、入っていいわよ」


 ドアを開けて入ってきたのはウェーブが掛かった栗毛の女の子、大河内佳奈おおこうちかな。優しそうな瞳が人懐っこく弥生に絡みつく。


「どうしたの? もうポテチが切れたの? 生徒会にもそんなにたくさんは買い置きないわよ」

「そうじゃなくって~」


 彼女は一冊の冊子を弥生の前に差し出す。


「あっ、無鉄砲の冬版、もう出来たのね。楽しみに待ってたんだ。確か佳奈の『メイド服はプリンの調べ』も最終回なのよね」


 『無鉄砲』は文芸部が年四回発行する、手作りの文芸同人誌だ。


「はい~、やっぱりプリンには缶詰のサクランボがお似合いだと思います~」


 確かに同感だが、会話としては成立しない発言だ。恐るべし、天然娘。


「ともかく『無鉄砲』ありがとうねっ」

「あっ、今日来たのは~ それだけじゃなくって~」


 大河内はポケットから青いサイリウムを取り出すと、おもむろに左右に振り始めた。


「応援してるからね~ デビュー決まったら真っ先に教えてよね~っ」

「うん、分かってるわよ」


 笑顔で返した弥生。

 けれども、週末のデパート屋上での初ステージの話は誰にもしていなかった。

 恥ずかしいし、それにまだ正式デビューじゃないのだから。


「文芸部のみんなも、弥生ちゃんのデビューには応援に押しかけますよ~」


 終始笑顔を絶やさずに佳奈は生徒会室から去っていった。

 五分後。

 またノックの音がする。


 コンコン


「合い言葉は?」

「デパートの屋上は波乱の香り」

「どうぞお入りください」


 入ってきたのは碧い髪を肩で揃えた前生徒会長・青木奈々世あおきななよ。このふざけきった『合い言葉システム』を考案した張本人だ。

 と言うか、やり出した張本人なんだから、正しい合い言葉を返して欲しかった。

ちなみに今週の正しい合い言葉は「ポテチ持って来てあげたよ」だ。


「どう、生徒会の仕事は順調に捗ってる?」

「おかげさまで。一年の副会長もいい子だし、文芸部のみんなも手伝ってくれるし」

「そう、それはよかったわ。生徒会も49ersも、あなたは私の後任なんだから頑張ってよね」


 先日の練習時、奈々世は、デパート屋上のステージで自分の立ち位置に立ち歌うように弥生に言った。彼女も他のメンバーもその言葉に耳を疑った。


「それってどう言うことですか?」

「今春49ersを去るのは私ってことよ」


 みかりんはメンバー五人の中でも年齢的にも真ん中。まだ高校生。

 と言うか、そもそもかぶり物をしている時点で、アイドルの年齢的宿命をクリアする。


「やっぱり時給が安いからですか?」


 奈緒の問いに奈々世は首を横に振った。


「確かに時給は不満だけど、仕事にはとっても満足してるわ」

「じゃあどうして?」


 聞かずにいられなかった弥生を見て、奈々世は少し笑顔で。


「私は都会の大学に行く予定だから」


 えっ!

 初耳だった。

 志賀先輩との関係はどうするんだろう。

 志賀直輝しがなおき先輩、文芸部の前部長であり、奈々世女史の愛しの彼氏。

 気になった弥生だけど、みんなの前では聞けなかった。

 だから。

 小金井弥生はその質問を今、ぶつける。


「ねえ、奈々世先輩。志賀先輩とは?」

「ああ、言いたいことは分かるわ。安心して」


 彼女は棚から勝手にポテチの袋を取り出すと、勝手に開ける。


「私の勉強したいことは地元では出来ないの。だから名崎を離れるつもりだけど、


 勿論直輝さんも応援してくれてるわよ。それに都会の大学って言っても特急に乗ったら二時間でしょ。ネット使えば一日中ラブコールもタダで出来ちゃうし」


「あ~ 聞いたあたしがバカでした。お気の済むまでイチャイチャしてください」


 ぽりぽりぽりぽり

 ぽりぽりぽりぽりぽりぽりぽりぽり

 ぽりぽりぽりぽりぽりぽりぽりぽりぽりぽりぽりぽり


 凄い勢いでポテチを食べる奈々世女史。

 弥生が近所のスーパーの売り出し日に買ってきた大切なポテチがみるみるうちに減っていく。

 しかし弥生はポテチ程度の、小さな事をとやかく言う女ではない。


「奈々世先輩、そう言えば、長いこと疑問に思ってたんですけど……」

「何?」

「文芸部ってあたしが入ったときから大量のポテチを常に蓄えていたんですよ、それはいつも志賀先輩が買ってきてたんですけど…… でもね、志賀先輩自身はあんまり食べないんです、ポテチ。不思議ですよね」

「ああ、なあんだ、そんな疑問か。理由は簡単よ」


 弥生の長年の疑問にポテチを頬張りながら答える奈々世女史。


「昔、ある日ね、「私、ポテチがないと文芸部に遊びに行ってあげない」って言ったことがあるの。その次の日からよ。ポテチが大量に備蓄され始めたのは」

「奈々世先輩の仕業だったんですか……」

「ほら、私って一回に三袋は食べるから、さ」


 文芸部のポテチが置かれた棚、通称「ポテチ棚」にはこんな貼り紙があるのだ。


  『残り三袋になったら、絶対買い足すこと  部長』


 あのまじめな志賀先輩が、こんなふざけた張り紙をした理由が今、判明した。


「志賀先輩に感謝しろ、このイモ喰い女!」


 と弥生は心の中で叫んだが、実際に口から出た言葉は、もっと穏やかな言葉だった。


「奈々世先輩、絶対志賀先輩を離しちゃダメですよ。あんないい人、他にいませんから」

「私もそう思うわ、直輝さんって最高にいい人だわ」

「その代わり、奈々世先輩は地球上で一番の最低人ですけどね……」


 ディスられた奈々世は少し口をとがらせて去っていった。


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