番外編 小金井弥生のロコドル誕生 1
このお話は、後日談になるサイドストーリーです。
小金井弥生が見た「その後」のお話。
お楽しみ戴ければ嬉しいです。
番外編 小金井弥生のロコドル誕生
「新メンバーの弥生って、何様のつもり」
「あんなのいらない。みかりん大好き!」
「新人のくせに生意気だお!」
インターネットの掲示板に並ぶ非難の嵐。
明日のデビューライブを控え、小金井弥生はパソコンを前に青ざめていた。
「こんなっ! 一生懸命、頑張ったのに……」
名崎市の超人気ロコドル『NZK49ers』の新メンバーになれた喜びも束の間、今は明日が怖くて仕方がなかった。
次々に書き込まれる自分への中傷に耐えきれず、ノートパソコンを閉じる。
「どうして…… どうして、こんなことになったの……」
話は彼女がオーディションに合格した夜に戻る。
* * *
超人気ローカルアイドルグループ『NZK49ers』の新メンバーオーディションに合格したその夜、自分の部屋で小金井弥生が考えることは、何故だか自分の失恋のことばかりだった。
「まあ、繭香ちゃんになら、負けても仕方ないわね」
ベッドの上に寝転がりながらひとり呟く。
「でも、いったい、どこで負けちゃったのかな……」
立花繭香、彼女の部活の後輩。
大きな瞳が印象的な文句なしの美少女。
しかし弥生だって校内一のアイドルとまで言われた美少女だ。
「去年、高一の時は繭香ちゃんもいなくて、絶対チャンスだったはず。ピロピロリンってチャンスカードが出ていたはず……」
去年の秋、弥生が所属する文芸部はラノベ部と分裂した。その後文芸部は三年生がふたりと、弥生、翔平くん、そして大河内佳奈の五人だけになったが、実際三年生は受験で忙しく、活動していたのは一年生三人だけだったと言ってもいい。
部長は羽月翔平。
彼は優しくて、部活も強引に引っ張るタイプじゃなくって、全て弥生と大河内に相談して進めてくれた。それでも生徒会に叱責を受けるときは黙って自分が責を負っていたし、イチャモンとしか思えないラノベ部からの無理難題にも体を張って対処してくれた。
弥生はそんな翔平が大好きだった。
「あたし、思い上がっていたのかな?」
中学の時も高校に入ってからも、毎週のようにラブレターを貰っていた彼女。
別に鼻に掛けるつもりもないけど、異性の人気は抜群だった。
だから、翔平くんからもいつか告白を受けると思い込んでいた。
彼からの告白を待っていた。
心のどこかで待っていればいいと思った。
しかし、繭香ちゃんは違ったようだ。
彼女は翔平くんを自分がレジに立つ小さな本屋さんによく誘っていたようなのだ。
そして積極的にふたりの絆を深めていたのだ。
「わたしも一生懸命態度で示していたんだけどな。翔平くんの超鈍感!」
独りごちて暫く天井を見上げる。
「はあっ」
溜息と共にベッドから起き上がる。
「よしっ」
気合いを入れると机の上の案内書を見る。
明日はロコドルメンバーとの初めての練習だ。
彼女はいよいよ新しい世界に飛び込むのだ。
「頑張ろう。ロコドル頑張ろう。あたしアイドル好きだったから、夢が叶ったんだから」
* * *
「おはようございま~す」
市の商工会議所、元気に挨拶しながらその一室に入っていく。
「あっ、あなたが小金井さんね、宜しくっ、わたし持田ルカよ」
「はじめまして。小金井弥生です」
「あたし高田奈緒子。奈緒って呼んでね」
「はい。奈緒さん、はじめましてっ、小金井弥生です」
「みかりんよ」
「腐れ縁ありがとうございます。奈々世先輩」
みかんのかぶり物をしたロコドル「みかりん」の中の人、松院高校の前生徒会長、青木女史は弥生を見てニヤリと笑った。そして小さな声で呟いた。
「これで、引退の準備は出来ちゃったわけね」
弥生がこのNZK49ersのオーディションを受けたのは、奈々世女史の勧めからだった。四月になるとひとりメンバーが抜けるため、その補完オーディションと聞かされた。今をときめく49ersを自ら脱退するとは何とも贅沢な人がいたものだが、それが誰かは知らされていなかった。
「さあ、じゃあ小金井さんも入ってくれたことだし、みんなで練習を始めましょうか!」
ラジカセの演奏に合わせみんなでステップを踏む。
「振り付け、ちょっと単調じゃない?」
地元では絶大な人気を誇ると言っても49ersは地元のロコドル。全国ネットのテレビ番組に出ているような著名なアイドルグループとは全く違う。自分たちで振り付けの考案をするところから練習が始まる。そう、振り付け師などいないのだ。
「ここで右と左が入れ替わるってどうかしら?」
「あっ、それかっこいい! 弥生ちゃんってセンスあるねっ」
今まで49ersの振りはほとんど『みかりん』こと青木奈々世女史が考えていた。しかし彼女が引退すると、頼れる振り付け担当が居なくなってしまう。振り付けだけではない。みかりんの一番の魅力は、そのウィットに富んだ面白いトークだ。他のメンバーも少しずつトークが上手くなってきたとは言え、まだまだみかりんにはほど遠かった。このままじゃ自分が抜けると49ersの魅力が大きく損なわれてしまう。そこで彼女が白羽の矢を立てたのが小金井弥生だった。中学時代からの後輩だった彼女は自分に決して劣らないそれらの才能を持っている。だから彼女は弥生をオーディションに誘ったのだ。
「弥生ちゃんってダンス上手いね。もう、最初からセンターに立っちゃおうよ」
「いやいや、あたしなんかまだまだだし。それに、あのみかんの化け物の存在感には絶対勝ちたくないわっ」
「化け物って言わないでよ。せめて怪物にしてよ」
膨れっ面で反論にならない反論をする奈々世女史。
しかし弥生も動じない。
「じゃあ、みかん型巨大ロボにする? トランスフォームする?」
弥生は最初からみんなに打ち解け、奈々世女史が期待する以上に信頼を勝ち取っていった。この調子でいくとすんなりわたしと交代できる。奈々世はそう思った。
「今度のデパート屋上コンサートで弥生ちゃんをファンに紹介しましょ。弥生、その時はこの歌を私の立ち位置で歌ってね!」
* * *
練習が終わると、夕暮れ間近。
帰り道、弥生は昔よく遊んだ公園の前を通る。
幼稚園の頃、よく遊んだ公園。
昔、少しおませで活発だった弥生はすぐに誰とでも友達になれた。
たったひとり、翔平くんという名の男の子を除いて。
ふと見ると公園には走り回る小さな子供達が五人ほどいて。その後方に中学生らしいカップルが鉄棒を背に立っていた。可愛くはにかむショートボブの女の子と長身でも穏やかそうな男の子。
「あれって!」
弥生には見覚えがあった。
文化祭の時、文芸部を手伝ってくれたふたり。
翔平くんの妹と、同じ中学校の男の子。
妹さんは桜子ちゃんって言ったっけ。声を掛けようか迷ったけど、凄く幸せそうに話をしているふたりを見て、弥生は黙って公園を通り過ぎた。