第1章 11話目
目が覚めるような黒と白の可憐なデザイン。
ふわっと広がるひらひらのスカート。
艶やかな黒髪に栄える、フリルが可愛い白のカチューシャ。
「メイド服だあ!」
僕は心の中で絶叫した。
立花さんが、あの立花さんがメイド服を着て降臨した!
「あっ、先輩、いらっしゃいませ」
「あっ、あ、こ、こんばんは……」
すらりとしなやかな肢体に栄える黒のニーハイ。
その上に輝く絶対領域は目が眩んで直視不可能だ。
完璧に整った小さな顔に、くりりと大きな瞳で見つめられ、僕は指の先まで金縛り。
「あ、あの、あの、あの、あの、あの……」
「ご予約の本ですね。入荷しております」
彼女はレジの後ろから一冊の本を取り出した。
僕は舞い降りた女神を見ながら、ひたすら心のシャッターを切り続ける。
「先輩…… やっぱり、似合ってませんか……」
目の前の絶景をただただ見つめる僕を見て、彼女は少し不安そうに呟いた。
「い、い、い、いや、似合ってる。凄く似合ってる。とんでもなく似合ってる。説明不可能なくらい似合ってる。世界一似合ってる!」
「そんなっ、羽月先輩…… あ、ありがとうございますっ」
彼女の頬が少し赤く染まって見えたのは気のせいか。
「と、ところで立花さん……」
少し落ち着いた僕は、素朴な疑問を投げかける。
「今日は、どうして、メイド服?」
「あっ、これは、羽月せ……、じゃなくって、お、お客さんがたくさん入りますようにって。ほら喫茶店でも服装変えたらお客さんが増えたりとか……」
凄いな、立花さん。お店のためにメイドの格好までして一生懸命頑張ってるんだ。
「なるほど、メイド本屋さんだね。日本初じゃないのかな。宣伝になるよね」
「いえ、あの、これは…… そう、祖父が店番の時は普通だから、今だけ期間限定なので、他の人には絶対秘密にして欲しいかなって……」
「えっ、秘密?」
「そう、絶対に秘密で、お願いしたい、です」
「わ、わかった、よ」
僕はそう言いながら、実は全然分からなかった。
「と、ところで先輩、そちらの本も、お求め、ですか?」
立花さんは僕が手に持っている本に視線を投げた。
「あっ、こ、この本ね。お勧めコーナーの本を見てたんだけど……」
「その本、すっごく面白いですよ」
立花さんの恥じらうような表情が急に明るく花開く。
「わたし読みましたけど、とってもお勧めですよ。本の題名は、ちょっと恥ずかしいですけど…… わたしが祖父に頼んでお勧めコーナーに置いて貰ったんですよ」
「えっ!」
立花さんエライ、立花さんグッジョブ、立花さん座布団百枚!
「あっ、ありがとう立花さん!」
思わず全力で頭を下げる僕。
「えっ? どうして先輩がありがとうって言うんですか?」
「い、いや、その、教えてくれてありがとうって、意味」
危ない危ない。つい作者として礼を言ってしまった。
「ところで、面白そうだね、この本」
「はい、わたしこの本の二巻が出るの、今から待ち遠しいんですよ」
「そうなんだ。じゃ、じゃあ、この本も買うよ、『魔王がエロ本屋で大赤字を出しまして』も買うよっ……」
ううっ、勢いで買ってしまった。
「ありがとうございます。ブックカバーはお付けしますか」
「い、いや、いらない……」
人知れず立花書店の経費節減に協力する僕。
「あの、先輩。この表紙のイラストって水着姿の魔王の娘が本屋のレジに立ってるんですけど……」
「そう、だね……」
「こう言う設定、どう思いますか?」
「い、いいんじゃないかな。とても萌える設定だと、僕は思ったんだけどね」
「とても萌え、ますか」
立花さんはそう言うと小さく首肯してから、バーコードをレジに読ませた。
「『世界一美少年の三巻』と『魔王がエロ本屋で大赤字を出しまして』、二点のお買い上げで合わせて千二百六十円になります」
「あ、はい」
僕はポケットから財布を取り出す。
「ところでこの小説の作者さん、『覇月ぺろぺろりん先生』って言うんですけどね」
僕の頭から突然蒸気が噴き出す。
止めてくれ、そのペンネームを口にしないでくれ!
ちょっとした出来心だったんだ!
「とっても可愛い名前ですよね、どうしてこんな名前にしたんでしょうね」
僕は震える手で財布から千円札を二枚抜き出し立花さんに手渡す。
「ど、どうしてだろうね…… きっと少しでも目立ちたかった、のかな?」
「なるほどですね…… では、二千円お預かりして、お釣りが七百四十円になります」
しなやかな白い手が僕にお釣りを手渡してくれる。
「そう言えば、覇月ぺろぺろりん先生、って、苗字が先輩と同じ音ですね」
どきり!
冷や汗がたらり。
鋭いところを突きながらも、花開くような微笑みを向けてくれる彼女。
激しい鼓動を押さえつつ僕は精一杯の予防線を張る。
「そうだね、同じ『ハツキ』だね。ははっ、偶然って怖いよね。全然これっぽっちも、少しも知らない人だけど、ちょっと親近感が湧いたよ」
「気に入って貰えたら嬉しいです」
たおやかに紙袋を差し出すと、立花さんは居住まいを正した。
「羽月先輩、これからも、部活もこの本屋もよろしくお願いします。わたし、羽月先輩と一緒だと、とっても楽しいです!」
メイド服姿で深々とお辞儀をする立花さんからは仄かに甘いシャンプーの香りがして。
「こ、こちらこそ、よろしく、立花さん」
僕も深くお辞儀を返すと、胸の鼓動を押さえつつ彼女の店を後にした。
「ありがとうございますっ。また、お待ちしています!」
「……」
軽蔑されていると分かっていても、変態でスケベでゴミでクズだと思われていても、絶対に手が届かない高嶺の花だと知っていても。
今、僕は凄く幸せだ。
これからも、いいことがいっぱいある、そんな気がする。
第一章 完
いつもご愛読ありがとうございます。
これにて第一章は完結し、次回第二章が始まります。
引き続きのご愛顧よろしくです。