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秘密の本は、わたしのお店で買いなさい!  作者: 日々一陽
第十二章 秘密の数だけ輝いて
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第12章 11話目

「ごちそうさま。じゃあ出かけてくる」


 時刻はまだ八時にもなっていない、本屋さんは十時から。

 だけど、これ以上は家にも居づらくなった。

 玄関を閉めると空を見上げる。

 今日はいい天気だ。十一月になって気温も丁度心地よい。

 僕はゆっくりと日の出町の方へ歩を進めた。


「まだ早すぎだよな……」


 ドラッグストアも古本屋も、レンタルビデオ屋もショッピングセンターも、みんなシャッターを下ろしていた。十時までどうして過ごそう、コンビニで時間を潰すには長すぎる、喫茶店に行ってもいいけど、桜子が美味しい紅茶を煎れてくれたから今は何も口にしたくない。


 取りあえずあてもなく歩いて行く。


 やがて、幹線道路を折れると見慣れた路地、この先には今日の目的地がある。でもまだ開店二時間前だ。こんなに早く着いても仕方がないよな。けれども他に行くあてもないし。折角ここまで来たんだから開店前の立花書店もチラ見しておこう。僕は店の前を通り抜けていくことにする。


 僕以外は誰も歩いていない通りをゆっくり進むと、やがて見えてくる見慣れた本屋さん。当然シャッターは下りている。当たり前だよな。しかし今日はここで彼女の本を買うんだ。さて、それからどうしよう。買ったらすぐにも読みたいけれど、家に帰ると桜子にあれやこれやと詮索されそうだし……


 って、あれっ?


 閉まった店のシャッターの前、学校の制服を着た女生徒がぽつんとひとり立っていた。背筋を伸ばして凛と咲く長い黒髪の少女。くりっと大きな瞳が僕の視線と交わった。


「先輩…… 先輩っ!」


 彼女は相好を崩してこちらに駆けてくる。


「どうしたの立花さん?」

「先輩こそどうされました? 何か朝からご用事でも?」

「ううん、ちょっと散歩、かな?」


 何故に疑問符? 自分で言って自分につっこむ。


「えっと、今日、立花書店は特別に今から開店するんです」

「えっ!」

「いらっしゃいませ、羽月先輩!」


 彼女は店に小走りで戻ると下りているシャッターを上げ始めた。


「まさか、今まで僕をここで待っていてくれたの?」


 その問いには答えず、彼女は僕に笑顔を向ける。


「さあ、どうぞお入りくださいっ」

「あ、うん……」


 真っ白な気持ちで改めて彼女の店を観察する。入り口にある『お勧め本コーナー』には『魔王がエロ本屋で大赤字を出しまして』の一、二巻が平積みにされている。しかし、今日発売の彼女の本は置かれていなかった。僕は店の中に入っていく。十坪程度のこじんまりした店内には、売れ筋の週刊誌や月刊誌の他は成人向け書籍とコミックが多い。


「あれっ?」


 コミックのコーナーに歩み寄ると、本と本の間にコミックの紹介が挟んであった。


  『考古学部へおいで』

  ケガでテニスの道を断念した美優みゆうは、考古学部の部長、浩平こうへいから

  埴輪はにわをプレゼントされる。って、どうして埴輪なのよ!

  考古学部を舞台に繰り広げられるハイテンション学園ラブコメディ!


 見るとひとつの棚に十カ所近くもこんな紹介文が書いてある。


「あっ、どうですかそれ。お客さんに分かりやすいかなって始めたんですけど……」

「うん、凄くいいね。これ、立花さんのお勧めばかりなんだろ」


 様子を伺うように僕を見ていた彼女の表情がみるみる輝く。


「はい、そうなんです。当店太鼓判と言う事です」

「お客さんのためのノーマルな工夫もしてるんだ」

「もう先輩ったら。わたしだってちゃんと一般的な努力もしてるんですよ」


 立花さんはそのしなやかな手を口に当てると、くすりと笑う。


「今は男性向け写真誌の紹介を始めたところなんですよ」

「えっ?」


 僕は棚の反対側に移動すると成人向け写真誌コーナーに目を向ける。はたしてそこには彼女の言う通り写真誌の紹介文が踊ってた。


  『黒パンストのズキュンお姉さま』

  登場モデルは現役の女性誌ファッションモデル。

  大人びた黒い下着が買う人のセンスの良さを感じさせる。

  ソフトでも見所多い入門書。


 これ入門書だったの? その前に入門書って何?

 って言うか、これって昔、僕が買った本じゃないか!

 あのモデルって女性誌のファッションモデルだったんだ、知らなかった。

 ちらり彼女の様子を覗き見るとバチッと音を立てて視線が合った。

 彼女も僕の反応を見ていたようだ。


「ねえ立花さん、このモデルってファッションモデルなの?」

「はい。凄く垢抜けたモデルさんだったから、ネットで調べたんですよ」


 ぱああっ、と明るく頬を緩める彼女。

 まあ確かにこの情報があれば販売部数は増えるかも知れないけどさ……。

 他のも見てみよう。

 棚に目を戻すと、写真誌コーナーの紹介はまだまだ少なく三カ所だけだった。


  『ラブラブきゅん! 美味しいメイド服の妹たち』

  可愛い妹たちに囲まれる幸せタイムはいかがですか。

  童顔、ツンデレ、眼鏡っ、三人の女優さんが着替えの秘密も教えます。

  お帰りなさいませ わたしのお兄ちゃん!


 女性らしい綺麗な文字に思わず胸キュンしちゃう!

 これ読んだら買いたくなっちゃうだろうな。

 と言うか、僕はもう既に買ってるし。ベットの下に眠ってるし。

 またちらりと彼女の様子を伺う。


「先輩、どうでしょう?」

「うん、いいね。購買意欲を激しくそそるね」

「わあっ!」


 また花開くように喜ぶ彼女。

 しかしこれって彼女がこの本を隅から隅まで調べて書いたんだよな。なんかメチャクチャに恥ずかしいんですけど。例えて言うなら大好きな彼女を自分の部屋に誘ったらベットの下からエロ本を発掘され「うわっ凄く大胆。こんなコスプレが趣味なんですね、うふっ」な~んて言われてるような。そうだ、思い出した。立花さんのメイド服姿は最高だったな。彼女がメイド服を着てレジに立った日のことが鮮やかに蘇る。何者も敵わないよ、彼女には。


 僕は残るひとつの紹介文に目を移す。


  『完璧ボディ! 限界ビキニで生殺し』

  肌を覆う布切れは少ないほど価値がある!

  有名レースクイーンの絶品ボディが全裸よりも色っぽく迫る。

  バコール社の豊富なビキニラインナップも見どころ!


 って、これも僕のベットの下に眠ってる本じゃないか。

 どういう事よ。僕の黒歴史はみんな知ってるぞって事?

 恐る恐る彼女の様子をちらりと覗く。


「先輩知ってましたか? 本には書いてませんが、その写真誌のビキニは全部バコール社の製品なんですよ。タイアップなんでしょうかね?」


 『使う』男の側にとってはどうでもいい情報を嬉しそうに語る立花さん。女の子ってそういうところが気になるんだ。


「全く気が付かなかったよ。でもメーカー側にタイアップするメリットってあんまり無いんじゃないかな。きっと何かの事情でバコール社の水着が入手しやすかっただけじゃないのかな」

「そうかもですね!」


 ふふふっ、と愛くるしく笑う彼女はやがて少しだけ真顔になる。


「で、どうでしょう、この作戦は。成人誌の紹介文掲示企画は」

「うん、購買意欲は激しくそそるね。でもどうなんだろ、立花さんのような女の子がこう言う本を調べて紹介するってのは……」


 未成年だよね、って言葉は飲み込んだ。買った僕が言えるセリフじゃない。

 それよりも、こんな紹介文を付けられたら、それを全部買ってしまいそうな自分が怖い。

 そんな事を考えてると彼女はクスクスと笑い始めた。


「実は祖父にも止められてるんですよ。成人誌とか男性雑誌には目を通すなって。だからご覧になった三冊分の紹介は今だけです。先輩とわたしの秘密にしてください」

「勿論だよ」


 そう言いながら僕はホッと胸をなで下ろした。

 ふと顔を上げると彼女と目が合う。

 ふたりは揃って笑い始めた。


「ふふふふふっ」

「はははははっ」


 暫くふたり笑いあって。

 閑話休題。


「で、あのさ、本の発売おめでとう。真っ先に言わなきゃいけなかったのに、ごめんね」

「ありがとうございます。先輩が最初の、わたしの本の最初のお客様です」


 そう言うと彼女はレジに戻り一冊の文庫本を取り出した。


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