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秘密の本は、わたしのお店で買いなさい!  作者: 日々一陽
第十二章 秘密の数だけ輝いて
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第12章 8話目

「先輩、もう少し上がいいです」

「この辺かな?」

「はい、そこです。すごくいいです。最高です」

「じゃあしちゃうよ!」

「失敗したら痛いから、ゆっくりとお願いです……」


 ポスターを貼る僕に画びょうを手渡してくれる立花さん。僕らは二手に分かれてポスター貼りをしていた。僕と彼女以外の三人、大河内と深山さん、月野君は別ルートで回っている。


「しかし先輩、わたし気になるんです」


 立花さんは心配顔で僕を覗き込む。


「何のこと?」

「あの時、立候補するって言って、わたしに先輩の補佐役を、って言ったときの弥生先輩は、どこか寂しそうでした」

「…………」

「だから、わたしに出来ることは何でもしたいんですっ!」


「後輩とデートとはいいご身分だな、羽月翔平!」


 その時だった。

 背後からドス黒い声がした。反射的に振り返る。


「夢野っ!」

「貴様、なぜ自分が立候補しなかった! 何故弥生ちゃんに立候補させた! 卑怯だぞ!」


 何を言っているんだ、このお子様は。


「俺たちは立候補してきたお前を、根も葉もないウワサとか、子供じみた誹謗中傷とか、ズボンの下から撮った盗撮写真を用意して叩き潰す準備をしていたのに!」


 正直、どれも怖くなかった。


「裏で糸を引いていたのはお前だな、田代さんに断念させ、星野を立候補させた」

「あったり前田の百万石よ。言ったはずだ、ぺろちゃん大王。俺はお前が大嫌いだ!」

「はい、知ってます」

「てか、納豆よりも大っ嫌いだ!」

「嫌いなんですね、納豆」

「あのネバネバ~っとして独特の匂いをまき散らすものが冷蔵庫に入っているだけで許せない!」

「ご家族は食べるんですね」

「だから裏で糸は引いても納豆のネバネバ糸は引いてない」

「そう言う風にオチを付けますか……」

「ともかく!」


 夢野は突然声を荒げた。


「どうして弥生ちゃんが立候補した! どうして彼女が犠牲になったんだ!」


 いつもはキザっぽく余裕を見せる夢野だが今日は違った。怒りで真っ赤になった顔に余裕などどこにも感じられなかった。


「どうして弥生ちゃんと争わないといけないんだ! 俺様は弥生ちゃんのためと思ってやってきたのに、羽月、貴様~ 俺たちを罠にめたな!」

「いや、罠を仕掛けてきたのはそっちでしょう」

「そんなことはどうでもいいんだ!」


 もはや、理屈も正論も相対性理論も通用しなかった。


「俺は弥生ちゃんと、もう一度弥生ちゃんと一緒に活動したかった。彼女は僕の小説が面白いときは笑ってくれて、下らなかったら指摘してくれて、進まなかったら元気をくれた。いつも明るく優しくて、僕が悪いことをしたらハリセンでバシッとどついてくれて、僕の背が低いからって罵倒して足蹴にしてくれて。ああ弥生ちゃん、僕の女王様。でも、気が付いたら彼女はお前の方を向いてばかり。羽月翔平、お前さえいなければ。お前が地獄に落ちればよかったんだ!」


 そうだったのか! 夢野の狙いは僕を追い出す事だったんだ。文芸部を乗っ取るとか、自分が部長になるとか、そんなことは手段に過ぎない。文芸部とラノベ部とを一緒にして、そこから僕を追い出して、夢野は小金井と一緒になりたかったんだ。僕は今更ながら彼の魂胆を思い知る。


「どうして弥生ちゃんを犠牲にした! あんなに綺麗で優しい弥生ちゃんを! お前は鬼だ! 彼女を文芸部から切り捨てた!」

「それは違いますっ!」


 半狂乱気味に声を荒げる夢野に毅然と言い放ったのは立花さんだった。


「弥生先輩は自分の意志で、文芸部のために決断したんです。立候補しようとした羽月先輩を止めてまで」

「えっ、それは本当か? そんな、そんなこと……」


 怒りの表情が消え、急激に顔が青ざめる夢野。


「本当です。青木先輩の後を継ぎたいからって、羽月先輩は立候補しちゃダメだって。いつものように笑顔でそう言ったんです」

「弥生ちゃんを、弥生ちゃんを僕が苦しめた? もうダメだ。そんなつもりじゃないんだ、ごめん弥生ちゃん、許して……」


 そのまま下を向いて夢野は去っていった。


「夢野先輩って本当に弥生先輩のことが好きだったんですね……」


 寂しそうな夢野の後ろ姿を見ながらポツリと漏らす立花さん。


「だったらこんな事、しなきゃいいのにね……」


 ふたりは夢野が歩いて行った廊下の先を暫く見つめていた。


          * * *


「凄く久しぶりですね、先輩とふたりで帰るのって」


 横に立つ立花さんがささやくように語りかける。


「そうだね、深山さんや月野君も入ってくれて、みんなで帰ることが多かったからね」


 今日は下校時間になるまでポスター貼りに精を出した。勿論選挙違反にならないように、決められた場所にしか貼れないんだけど、立花さんは貼った後の見栄えを細かく確認しては気が済むまで位置を変えたり、追加で書き込みを入れたりしていた。


「小金井先輩、大丈夫ですよね」

「うん、絶対当選するよ。僕のクラスでも彼女の方が人気あるしね」


 ホッ、と小さく安堵の声を上げる立花さん。

 長い黒髪から覗く彼女の端正な横顔は僕の心臓を高鳴らせた。


「また、本を買いに行かなきゃだね」

「はい…… えっと……」


 暫く何か逡巡した彼女は前を向いたまま言葉を続ける。


「わたし、平日はだいたい夕方六時から八時まで店にいますから、いつでも来てくださいね」

「…………うん」


 何だか肩すかしを食ったような気になった。と言うか、今までこの情報がなかった方が不思議なのだが。これまでは訪問する前に予約を入れてくれなんて言われてたから。まあそっちの方が変なんだけど。


「で、あのさ」


 初めて彼女の店でエロ本を買ったとき、僕は彼女に嫌われて軽蔑されていると思っていた。でも最近、それは何か違うのかなって思ってきて。そうだ、言わなきゃ。

 あの日、小金井とのデートの後、僕はひとつの決心をした。あんな事があって始めて自分の気持ちがよく分かった。僕は立花さんに伝えなきゃいけないことがあるんだ。


「はい、何でしょうか先輩」


 くりっっと大きな瞳で上目遣いに見つめられ、少し落ち着いた僕の胸がまた高鳴り始める。


「生徒会選挙が終わったら、ふたりで食事とか、映画とかどうかな? あ、もし、もしよかったら、だけど……」

「先輩!」


 一瞬その大きな瞳を見開いた彼女だが、すぐに目を逸らされた。


「先輩、それよりも選挙が終わったら弥生先輩の当選パーティをしましょうよ。きっと弥生先輩喜んでくれますよ」


 その顔はいつもと違う笑顔だった。


「あ…… あ、うん、そうだね」


 さっきまで高鳴っていた胸の感覚が消えていく、顔から血の気が引いていく。


「じゃ、じゃあさ。小金井の当選パーティが終わったら立花さんとふたりで、その……」

「先輩、だったら弥生先輩とおふたりで一緒に甘いものなんか食べに行ってあげてくださいよ。きっと喜びますよ、弥生先輩」


 断られた。間違いなく僕の誘いは断られた。どこか、きっと大丈夫だと思っていた僕の期待は見事に打ち砕かれた。


「そ、そうだね……」

「弥生先輩はわたし達のために頑張ってくれて。それなのにわたしは何も出来なくって。だから、羽月先輩は弥生先輩をたくさん喜ばせてあげてください」


 空を見上げると傾いていた陽はとっくに暮れて、丸になるにはまだまだ不完全な月が空から僕らを見下ろしていた。


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