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秘密の本は、わたしのお店で買いなさい!  作者: 日々一陽
第一章 新入部員は秘密の本屋さん
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第1章 10話目

 めでたく文芸部の存続が決定し、気持ちよく学校を後にした。


 しかし、僕の金曜日はまだ終わっていない。

 取り寄せを頼んでいた『世界一美少年』の三巻を受け取りに行かないといけないからだ。


 昨日の夜、妹の桜子にも再確認されてしまった。

 道すがら、そんな昨日の夜のことを思い出す。


          * * *


「お兄ちゃん、今日学校で聞いたんだけど、駅前の本屋にわたしが頼んだあのコミックが平積みでたくさんあったらしいの。本当に売り切れてたの?」


 風呂から出て居間に入ると、桜子がポテチを食べながら尋ねてきた。

 立花さんのお店でその本の取り寄せ注文をした僕は『売り切れてた』とだけ言い訳しておいたのだが、平積みになるような人気コミックだったとは知らなかった。


「実はね……」

 隠し通せるとは思えず、僕は本当のことを言った。


「部活の新入生のご家族が本屋さんをやっててね。そこで注文したんだ」

「ふーん、そうだったんだ。それじゃ仕方ないわね、部長としては」

 桜子はあっさりと納得して、

「で、その本屋さんって、どこ? わたしも買うようにするからさ」

「えっ……」


 一瞬、言っていいものか迷ったが、ここまで喋ったら仕方がない。

「えっと、街外れにある『立花書店』だよ」

「立花書店……って、もしかして、繭香先輩の?」

「あれっ、桜子、立花さんを知ってるの?」

「知ってるも何も、繭香先輩ってうちの中学で超有名人だったからね。お兄ちゃん知らないの?」

「あ、うん、多分、知らない……」


 桜子はポテチを食べる手を止める。

「お人形のように綺麗で成績優秀、スポーツ万能って、ここまではよくある話だけどね」

「よくあるのか!」


「繭香先輩はね、その美貌に目が眩んで言い寄る男をひとり残らず地獄にたたき落とした鬼のように冷酷無残な伝説の悪女として名を馳せていたのよ」

「うっ、うそ?」


「ホントだよ。先輩に聞いたんだけどね、繭香先輩の机の中や下駄箱には毎日のようにラブレターが入ってたらしいんだけど……」

「毎日のように……」


「指定時間になっても、ラブレターに書かれた告白場所に一度も現れたことがないらしいの。想いを寄せた男達は告白すらも出来ず全員惨たらしく撃沈したらしいわ」

「凄いね」


「でしょ。どんな場所を指定しても、なぜか行かなかったんだって」

「……」

「それで、付いたあだ名が『全然いかない姫』」

「全然イカない姫って、何か危ないよね、ちょっと意味違っちゃうよね?」


 桜子は一瞬ハッとなったが、すぐに持ち直して。

「そう言えばたった一度だけ時間通り現れたらしいんだけどね」

「……」

「ラブレターを書いた哀れな男子を待っていたのは、繭香先輩と百人のギャラリー」

「百人のギャラリー?」


「そうよ。なんでも繭香先輩が友達にラブレターの中身を言いふらしたんだって。校舎裏ってどこなの? どう行くの? 途中まで一緒に行って、とか言って。それであっと言う間に噂が広まって」

「……」

「その男子は百人の好奇の視線を前に生き恥を晒され「今日の日はさようなら~」とだけ言い残して号泣しながら走り去っていったそうよ」

「悲しい青春だね」


「ともかくね、繭香先輩は好きになっちゃだめだよ。超絶に高嶺の花だから。血も涙もなく無惨にフラれちゃうんだから」

「そう、なんだ……」


 と、そこまで話した桜子はちょっと遠い目をして。


「でも、桜子は大好きだったな、繭香先輩」

「えっ?」

「一度ね、手が滑ってドブに百円玉を落としたんだけど、繭香先輩がそれを拾ってくれてね、自分のハンカチで綺麗に拭いて渡してくれたんだ。女の子には優しいのかな? それともわたしだけ? キャッ!」

 最後のキャッ!は何。


「去年の図書委員でも一緒だったんだ。でね、先輩なのにわたしの荷物を持ってくれたり、面白い本を教えてくれたり、とっても優しかったんだ、繭香先輩」

「さっきまでの話とギャップが凄いな」

「うん、桜子は女の子だからね、酷い目には遭ってないよ。図書委員の女の子の間では人気抜群だったな、繭香先輩」

「そうなんだ……」


「で、それはいいけどさ、明日入手できるよね、『世界一美少年』の三巻。友達との話について行けなくなるから忘れないでよね!」

「はいはい、分かったよ」


          * * *


 と言うわけで、僕は学校帰りに立花書店へ向かっている。


 文芸部の部室を出るときに、

「今日帰りに注文した本を取りに行くけど、何時までやってるの?」

 と立花さんに確認したら、

「八時までですけど、ゆっくり来てくださいね!」

 と答えた彼女は、なぜか全力疾走して帰っていった。


 だから今日はレンタルビデオ屋を覗いたりして、ゆっくり向かっている。


 てくてくてくてく


 幹線道路を曲がって少し歩いたところにある、小さな本屋さん。

 店に入るとレジのところには誰もいなくて。

 店の奥から話し声が聞こえてきた。


「ほら、おじいちゃん、野球いいところでしょ! 雨も降ってないのにみんなで傘をさして東京音頭を踊ってるわよ。お店はわたしがみてるから、テレビ見ていていいわよっ」

「そうか、いつもすまんな、まゆちゃん。じゃあ頼んだよ」


 そう言うやりとりを聞きながら、僕は店内を見回す。

 十坪程度のこじんまりした店内。

 売れ筋の週刊誌や月刊誌の他は成人向け書籍とコミックが多い。

 店の入り口には『お勧め本コーナー』があって、幾つかの本が平積みにされている。


 と、そこに僕は見慣れた文庫本を見つけ、思わず手に取った。


 『魔王がエロ本屋で大赤字を出しまして』


 うっ、嬉しい。

 僕の本がお勧めコーナーで平積みになっているなんて。

 感動だ。

 これが感動でなくして何を感動というのだろう。

 うううっ。いいセンスしてるね、立花さんのおじいちゃん。

 最高のチョイスだよ。


 と、その時。

 レジの後ろの扉が開いた。


 そして、そこに見た光景は、今受けた感動を遙かに超えた衝撃だった。


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