第11章 11話目
全てうまくいった。
ラノベ部との集客勝負は僅差だが文芸部が勝利した。
そして僕の、覇月ぺろぺろりんのサイン会も大好評だった。
ふざけたペンネームの、ふざけきったラノベに学校中の白い目が集中するのではと思っていたが、それは全くの杞憂だった。サイン会には噂を聞きつけた校長先生まで来てくれたのだ。
「うん、結構なことだ。これからも頑張ってくれよ」
誉められちゃった。僕の恥ずかしい黒歴史が一瞬にして学校公認になった。
松校の校是は『自由と自律』。
大らかな校風ではあるが、予想以上の大らかさに涙が出る。
そして僕のサイン会を冷やかしに来た桜子。
想いを寄せる小倉くんと接近チャンスに、にやけてデレて、ヨダレが止まらない様子だった。
終わりよければ全てよし。
今日起きたたくさんの出来事を思い返しながら夜風に吹かれて街を歩く。
「まだ少し早いかな」
後片付けの時、立花さんと本屋に行く約束をした。
「先輩、わたしも凄く嬉しくて。ちょっとだけ浮かれてもいいですよね。八時過ぎに来ませんか。少しだけでいいですから……」
本当に今日は気分がいい。八時まであと五分くらいあるけど。
幹線道路を折れると見慣れた本屋さんが見えてくる。
店内をちらりと覗くと初老の紳士と目が合った。
「いらっしゃい。まゆちゃんのお友達ですね」
立花さんのおじいさんだ。
文芸部のみんなで『まおエロ』を買いに来たときに僕の顔を覚えてくれたのだろう。
「こんばんは」
そう言いながら店内を見るが立花さんの姿は見あたらない。
「少し早すぎたかな……」
そう思いながらも、何もせずにそのまま引き返すわけにもいかず、店内に入ると、レジの前の大きな貼り紙が目に入った。
『睦月真結作「秘密の本は、わたしのお店で買いなさい!」予約受付中!』
以前にも見たことがある、文字だけで書かれたその地味な貼り紙を見ていると、老紳士が声を掛けてきた。
「この本はね、孫が書いた本なんだよ」
「えっ、お孫さんって!」
* * *
「予約ありがとう」
初老の紳士の声を聞きながら店を出る。
「あまり宣伝とかされてないけどね。孫が書いた本だから結構皆さん予約してくれて……」
そう言われて予約しないわけにはいかない。と言うか、これは買わなくちゃ。
立花さんが書いた本……
彼女も僕と同じようにラノベの新人賞に入賞してデビューするらしい。
やはり彼女はすごいな……
ぼんやりしながら店を出て、二、三歩歩いてふと立ち止まる。
「先輩」
その声に顔を上げると真っ白なテニスウェアを着た立花さんが立っていた。
「先輩、今日は約束の時間より少し早かったんですね」
その声は少しだけ僕を責めるようだった。
「ごめん。ちょっと早すぎたね」
「いえ、謝らないでください先輩。いままで私の勝手なお願いに、わたしの我が儘に、いつも優しく付き合ってくださって、本当に楽しかったんですから」
「いままで?」
「これからはうちに来るのに予約とかしなくても大丈夫ですよ。今までみたいな変な企画とか、理解に苦しむキャンペーンは、今日を最後にしますから……」
「立花さん、それってどう言う意味……」
しかし彼女は僕の質問には答えなかった。
「先輩、本の予約をしましたよね」
「うん、すごいね立花さん。作家デビューするんだね。おめでとう」
「ありがとうございます。でも、すごいのは先輩も一緒ですっ。それにわたしは先輩みたいな大手の出版社じゃないですし」
「そんなの関係ないよ。今からどんな話か楽しみだよ」
「わたし……」
笑顔を作っていた彼女が下を向く。
「わたし、祖父に予約の貼り紙なんてしないでって言ったのに。よりによって先輩に見られるなんて……」
「えっ? 別に隠さなくってもいいじゃない?」
「ダメです。ダメなんです。わたしの本の事は絶対に秘密なんです。先輩、この事は内緒にしてください!」
顔を上げて真っ直ぐに僕を見ながらそう言った彼女は、またゆっくりと目を伏せた。
「先輩、ちょっとだけ歩きませんか?」
「……うん」
僕たちは街灯の下をゆっくりと歩き出す。
「先輩の卓球ユニフォームを着た姿、懐かしかったです」
俯いたままで言葉を紡ぐ彼女。
「わたし時々体育館で先輩が練習するのをお見ていたんですよ。かっこよかったです」
「恥ずかしいよ、僕なんか下手だったし。立花さんのテニスウェアの方が何万倍も似合ってるよ」
「そんなことないです」
彼女はテニスウェアを着た身をひらりと翻し悪戯っぽく僕に笑いかける。
「でも、きっとこれが等身大のわたしです」
すらりとした肢体を凛と伸ばし、可憐に微笑む大きな瞳。
街灯の下、彼女だけが煌めくような輝きを放つ。
「わたしはお色気漂う大人の女じゃないですし、お金持ちのお嬢さまでもありません。メガネ属性もなければ貧乳属性も巨乳属性も持ち合わせません。ツンデレもヤンデレもない、ケーキとマンガとラノベが大好きで、今でも魔法少女に憧れて、好きな人のためなら一生懸命背伸びをしてしまう本当に普通の高校生、それがわたしです。今のわたしが等身大のわたしなんです」
「立花さん……」
「今日の文化祭、すごく楽しかったです。忙しくて大変でしたけど」
「ステージも大好評だったよね」
「はい。でもあれ、ものすごく恥ずかしかったんですよ」
彼女は歩みを止めて、はにかむように微笑む。
「小金井に振り回されて大変だったね」
「それは誤解ですよ。弥生先輩もきっと恥ずかしかったんですよ」
「えっ、そうなの?」
「そうなんですっ!」
小金井が恥ずかしさで緊張しながらも「文芸部のため」と唱えながらステージに上がっていたこと。立花さんを振り回してごめんと何度も謝っていたこと。彼女は気さくで思いやりがあって男子生徒だけでなく女の子の間でもとても人気があること等々を僕に語ってくれた立花さん。
「だからわたしは弥生先輩が大好きです。わたしの憧れです。でも……」
「でも?」
「ううん、何でもありません」
そう言うと彼女は歩みを止めて僕を見上げる。
「本の発売日、わたし待っています。朝一番から待っています。だから誰よりも早くわたしの本を買いに来てくださいね」
「うん、わかったよ」
「先輩、嬉しいですっ! 毎度お買い上げありがとうございますっ!」
第十一章 完
第十一章「気分次第で誉めないで」いかがでしたか?
タイトルと内容が合っているのか疑問に思われる向きもあるかも知れませんが、それは僕も同じです。いやあ奇遇ですね。はっはっは。
それからどうでもいい話ですが、作者は昔、卓球部でした。ですから、この話では卓球部を何度も「地味系部活扱い」にし、全国1000万卓球ファンのお怒りを買ったかと思いますが、ありのままの自分の過去の姿を描いただけですので、どうか大目に見てください。はい、悪意はありません。僕が地味だっただけです。ぐすん。
さあて、次回は第十二章。
アニメで言うと四半期ワンクール。
ラノベ部との勝負に決着を付けた文芸部。
このままハッピーエンド一直線に進めるのか?
小金井とのデートに立花さんが書いたという謎の小説。
翔平くんを巡る恋の行方は?
次号「どんな本より君が好き(仮)」も是非お楽しみに。