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秘密の本は、わたしのお店で買いなさい!  作者: 日々一陽
第十一章 気分次第で誉めないで
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第11章 8話目

「ブラボー!」

「佳奈ちゃ~ん!」

「月野く~ん」


 小芝居は大盛況の内にエンディングを迎える。


「この後文芸部では~、人気ラノベ作家、覇月ぺろぺろりん先生のサイン会です~」

「魔王がエロ本屋で大赤字を出しまして、の作者、ぺろぺろりん先生初のサイン会っす。絶対見逃せないっす!」


 ステージからさんざん宣伝してくれる。ありがたい限りだ。

 最後は大河内、月野君、深山さん、そしてテニス部の有志の人たちがラインに並んで手を繋ぎ、歌劇団宜しく一斉に頭を下げる。


「ありがとうございました~!」


 盛大な拍手と歓声を聞きながら僕は体育館を後にする。

 さあ、いよいよサイン会だ。


「おい、羽月翔平!」


 その声に立ち止まると、薄ら笑いを浮かべた夢野が立っていた。


「なんだ貴様、この俺様を見下ろしたような態度は」

「……夢野先輩の背が低いだけです」


 腰に手を当て踏ん反り返るように僕を見上げてくる夢野。


「ふっ、お前にニキハウスが着れるか! ウーフーブーが着れるか! メロピアノが着れるか!」

「いや、子供服はとっくに卒業したんで……」

「そうか、取れない葡萄は酸っぱいか。ま、いいだろう」


 身も心もちびっ子の夢野は僕を見上げたまま余裕の表情を浮かべる。

 戦隊ものの靴下を履いていたりするのだろうか、こいつ。


「ここまで互角の戦いだったことは誉めてやろう。しかし、その悪運もここまでだ。文芸部の敗着はサイン会に覇月ぺろぺろりんとか言う、無名の三流作家を呼んだことだな。我がラノベ部が招待した『だーじりん』先生は人気ラノベのイラストも手がけている超一流のイラストレーターさんだ。今月出版された『お兄ちゃんなんて、いますぐ逮捕しちゃうからねっ!』のコミックアンソロジーにもトップバッターで描いておられる。既にラノベ部には百人を超える長蛇の列が出来ているのだ。対してお前のところは閑古鳥がピーチクパーチク鳴いているそうじゃないか!」


 ぐぐぐっ。


 閑古鳥ってピーチクパーチク鳴くのかどうかは別としても本当に腹が立つヤツだ。確かに僕は駆け出しの新人で人気作家というわけではない。でも夢野に言われると無性に腹が立つ。


「文芸部のお客さまを横取りしたり、ステージを盗撮したりしないと集客できないコバンザメに僕らが負けるわけありません」

「ふふっ。お前と違って俺さまは賢いからな。人のふんどしで相撲を取るのも知恵の内だ」


 人のふんどしで相撲を取る前に、人のふんどしを締めることに抵抗はないのだろうか。僕は絶対にイヤだ。気持ち悪い。別の男のふんどしを締めるなんて。他の男の下半身との触れ合いなんて直接間接を問わずごめん被りたい。

 ともかく僕は夢野を睨みつける。


「最後に笑うのは僕たち文芸部ですっ!」

「ふふっ。強がりも今のうちだけだ。せいぜい頑張り給え」


 片手を挙げて歩き出す夢野。

 負けるか。あんなやつなんかに絶対負けるもんか。

 戻る途中、ラノベ部のメイド喫茶を横目で覗き見る。確かに長い長い行列が出来ていた。もうすぐ五時と言う事もあって近所の小中学生や高校生など外からのお客さんも増えていた。


 一方、文芸部のざんねん喫茶。


『覇月ぺろぺろりん先生サイン会』と書かれた案内板の前に並んでいるのはたったひとりだけ。ショートボブのその女子中学生は僕の気配を感じたのか、こちらを向くと大きく手を振った。


「お兄ちゃん!」

「さ、桜子!」


 僕は急いで桜子の元に歩み寄る。


「ホントに来たのか」

「何、その言い方。せっかく来てあげたのに」

「ごめんごめん」


 苦笑する僕に桜子は真面目な顔で言葉を紡ぐ。


「さっきから見てるとお店はすごく忙しそうだけど、お兄ちゃんのサイン会は忘れ去られたように不人気ね。わたしが立ってたら分かりやすいかなって思ったけど、誰も続いて並ばないし」


 僕はサイン会にたくさんの人が来てくれるって淡い期待を抱いていたけど、現実をまざまざと見せつけられていた。しかし、このままじゃラノベ部に負けてしまう。


「あっ、翔平くん戻ってきたのね」


 振り返るとテニスウェアを着た小金井が立っていた。


「急だけど今から追加ライブをするわ。翔平くんはその間サイン会の呼び込みと行列整理をよろしくね。ぺろぺろりん先生の横には遠野さんが立ってくださるって」

「追加ライブって?」

「ラノベ部との勝負が厳しい状況じゃない。こうなったらやってやってやりまくるわ!」

「わかった」


「ところでこちらの女性は?」

「いつも兄がお世話になってます。妹の桜子です」

「えっ! 翔平くんの妹さん!」


 一瞬驚いた表情を見せた小金井だが、すぐに笑顔になった。


「小金井弥生です。お兄さんにはお世話になってます」


 自己紹介をしながら桜子と握手をする。


「大歓迎よ、楽しんでいってね。うちのケーキは美味しいわよ」

「ありがとうございます。じゃあサイン会終わったらいただきます」

「えっ、ぺろぺろりん先生のファンなの!」

「ええ、ファンって訳じゃないんですけど、義理というか……」

「ちょっと待っててね」


 何かを思いついたように店内に走って戻る小金井。

 そのさまを見ながら桜子が呟く。


「お兄ちゃん、自分のサイン会の行列整理を自分でするの? 可哀想なくらい不人気ね」

「いや、そう言う訳じゃないんだけど……」


 しかし桜子の言う通り、みんな忙しそうで僕のサイン会どころではなさそうだ。

 自分ひとりで何とかするか……


「何となく状況は分かったわ。安心していいよ、行列整理はわたしがやったけるよ」

「えっ、でもそれは……」

「大丈夫っ」

「お待たせっ!」


 急いで戻ってきた小金井はチョコバナナクレープを桜子に差し出す。


「はいどうぞ。美味しいから食べてみてっ」

「えっ、いいんですか!」

「大丈夫よ。お兄さんのおごりだからっ」


 笑いながら礼を言うとすぐさまクレープを頬張る桜子。


「ほんとだっ。美味しいですっ」

「じゃあごゆっくりねっ」


 笑顔で手を振りながら小金井は店内に戻っていく。


「今の人、すごい美人だね。とても優しいし」

「うん、そうだね……」

「サイン会はここですか?」


 お客さんだ。うちの高校の三年生のようだ。


「はいっ、どうぞこちらへお並びくださいっ」


 すぐさま反応した桜子が笑顔で案内する。


「桜子」

「さ、お兄ちゃんも早く準備してよね」


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