第11章 7話目
スコートばかり 見ちゃいやよ~
わたしのことも~ ちゃんと見ていて~
あなたに打ち込む 愛のスマッシュ
ブレイクしてね~ わたしのハートっ
小金井と立花さんのステージは今までで一番の盛り上がりを見せていた。
ふたりはアイドル風セーラーワンピースを脱ぎ捨て、テニスウェアでステージに立っていた。しかも今までと歌も変えている。ラノベ部に対抗するため突然の予定変更で、ぶっつけ本番のはずなのに、歌も踊りも息がぴったりだ。
「弥生ちゃ~ん!」
「まゆか~!」
声援に応えてステージを降り、ひとりひとりと握手して回るふたり。お客さんが押し寄せ将棋倒しの大惨事が起きないか心配したのだが、全くの杞憂だった。
「みんな~、今から握手しにいくよ~~っ!」
「でも事故が起きたらステージは即中止になっちゃうからっ! 絶対みんなと握手するからっ、今の場所で待っててねっ!」
「「弥生と繭香のお願いだよっ!」」
満開の笑顔で彼女達にこうお願いされたら従順に従うしかない。みんな行儀良くルールを守って自分の番を待っていた。
「ラノベ部で中継を見ていても握手できないからな。きっとみんなこっちに来てくれるに違いない」
「と言うか、来たじゃん。ほらお客さんだ、クレープ焼いて焼いて焼きまくれ!」
市山の号令で僕らはまたクレープ作りに精を出す。
ラノベ部の『文芸部のステージを勝手に生中継作戦』に対抗する手段として小金井と立花さんが打ち出した『テニスウェアを着てみんなと握手大作戦』は大成功だった。
「しかしあのふたり、完全無欠にアイドルしてるよな。ありゃ一種の才能だな」
「アイドルの才能って、何だ?」
僕の問いにバナナを切りながら暫く考えた市山。
「夢中にさせる才能、かな」
「夢中にさせる才能?」
「そう、そして元気をくれるんだ」
「カフェイン入りの栄養ドリンク、みたいな?」
「かもな!」
「スタッフさんもお疲れさまですっ!」
突然の声に顔を上げると赤毛のツインテールが溢れんばかりの笑顔で立っていた。
「あっ、小金井。ありがと……」
握手を交わしたその白い手は暖かく柔らかかった。
「いつも美味しいクレープありがとうっ!」
長い黒髪をさらりと揺らし、立花さんも僕を見つめている。
小金井の手を離すと今度は彼女の両手が僕の手を包んでくれた。
「僕らにも握手しに来たんだ……」
続けて握手をして回るふたりの横顔をうっとり見とれる市山。
「あ、ああ……」
毎日会っているのに、胸のときめきが止まらない。
「なあ羽月、俺、ノベルキュートのファンクラブに入る。入会案内くれ」
「ねえよ、そんなの!」
「じゃあ作れ。あったらお前も入るだろ!」
「……ああ、入る」
* * *
ふたりのコンサートが終わっても店はお客さんでごった返していた。
「これでラノベ部との勝負もいただきだな!」
コーヒーを淹れながら市山が呟く。
「そうだといいけど、相手もしぶといからな」
ケーキを皿に載せクリームを添えながら僕は答える。
「そうは問屋がおろし生ニンニクみたいよ」
顔を上げると柳崎部長が立っていた。
「今、ラノベ部を覗いてきたけどあっちも満員御礼よ。『水着のメイドさんとツーショット写真付きセット』がバカ売れみたい」
なんだその、うらやまけしからんセットは!
「メガネっ子オプションも無料で選べるわ。ツインテールオプションは百円、机に座って脚組みオプションは二百円」
「羽月、俺もちょっと行ってきていいか?」
「ダメに決まってんだろ!」
「そう言うことよ。状況は予断を許さないわ。それからもうひとつ。彼らが呼んでいる『だーじ鈴』と言う絵師さん、すごい人気みたいよ。既に行列ができてるわ」
「えっ!」
確か、『だーじ鈴』と言う絵師は幾つものコミックアンソロジーにも描き下ろしている人だ。可愛くキラキラした女の子を描かせたら天下一品。正直僕も会ってみたい。
「申し訳ないけど、それに引き替え文芸部が呼んでいるという、覇月へろへろへーとか言う、いかにも舐めた名前の作家さん、全然行列出来ないよね」
ぐさっ!
「わたし読んだことないけど、ホントに人気作家なの?」
ぐさぐさっ!
「このままでは負けちゃうわよ」
「ううう…… そうですよね、柳崎部長。僕の存在価値なんてどこにもないですよね……」
分かってましたよ、ええ、覇月ぺろぺろりんなんて恥ずかしくて口に出して言って貰えないような泡沫作家がサイン会したって多分誰も来てくれませんよね。椅子に座っていても誰にも見向きもされず、電柱宜しく犬におしっこを掛けられるんですよね。はい、分かってましたよ。
「羽月先輩、お客さんですっ。遠野さんって方がいらしてます!」
「あっ、もうそんな時間か!」
僕が顔を上げると『覇月ぺろぺろりん』の担当編集さんである遠野小百合さんが大きなバックを手にこちらへ歩いてくる。
「お久しぶりです、ぺろちゃん先生!」
「こちらこそ、って、やめてくださいよ、その呼び方」
肩まで伸ばしたブラウンヘアに茶縁の眼鏡がよく似合う小柄な遠野さん。僕より十歳は年上のはずなのだが「高校生です」と言っても通じそうなくらい若く見える。
「荷物持ちますよ」
「あっ、そんな気にしなくても……」
彼女のバックを手に持つと、僕は同人誌販売コーナーに向かった。
「月野君、そろそろサイン会の準備をしよう」
「あっ、待ってましたっす! ついにぺろぺろりん先生が来るんすね!」
「そうだ、そろそろ来る頃だな」
「ぺろぺろりん先生が、来る?」
不思議そうな顔をする遠野さんを軽くスルーして僕らはサイン会コーナーを作る。
「椅子は普通の椅子でいいっすか?」
「ああ構わないよ。即売用の本はテーブルの横に置いて」
「先輩手伝います」
「案内板もあるのよ、翔平くん」
みんなが集まってきた。
「紹介するよ。こちら覇月ぺろぺろりんの担当編集さんの遠野小百合さん」
「遠野です。覇月先生にはいつもお世話になってます」
チラリと僕を見て笑顔で挨拶する遠野さん。
「覇月先生は、まだですよね?」
「えっ、覇月先生はいま……」
小金井と遠野さんがお互い不思議そうな顔で見つめ合う。
「さあ、時間も少ないし準備しましょう。遠野さん、即売会用のグッズはバックの中ですか?」
「あ、はいそうですよ。開けて貰って構いませんよ」
僕は意図的に話を逸らす。恥をかくのはギリギリでいい。と言うか既に顔に血が上ってきて熱くって、緊張しているのが分かる。僕はやっぱり小心者だ。
「羽月さん~ 私達そろそろ体育館に行っていいですか~」
時計を見ると四時になろうとしていた。小芝居『金色夜叉?』は四時半からだ。もう着替えて準備しないと間に合わない。
「うん、後は大丈夫だから頑張れよ。時間あったら見に行くから」
「待ってますよ~」
「時間がなくても来てくださいですっ!」
膨れっ面で僕を睨んだ深山さんは月野君にも声を掛けて部屋を出て行った。