第11章 6話目
駆け足で校内を巡って戻ってきても、相変わらずざんねん喫茶は落ち着いていた。
そろそろ大河内の小芝居ステージの時間。僕らはまたクレープの準備を始める。
「午前はお客さんすごかったけど、午後は減ってきてるね」
市山が心配顔で呟く。
「そうだね、しかしこれから巻き返すよ!」
「そうです。午前の部とは脚本が違うですからねっ!」
いつの間にかランドセルを背負った深山さんが隣で笑っていた。
「午後の部は『金髪夜叉?』ですからねっ!」
知らないうちに『金色』が『金髪』に変わっていた。
「期待してるよ。クレープの準備も整ったし、お客さんも入ってきたみたいだし」
僕はクレープの生地を焼くと予めスライスしておいたバナナを載せていった。
「おミヤさ~ん。ライトノベルに目が眩み、よくも文芸部を裏切りマシタネ!」
「キャンウィッチ様~」
深山さん脚本による『金色夜叉?』改め『金髪夜叉?』。
午前は名古屋弁で押し通したが、午後は何故か片言の西洋人風だった。
「キャンウィッチ様、グッバイはレディーの時に言う言葉。カモン、キルミーベイビー!」
「オ~、離してクダサ~イ。ラノベに目が眩み、ジャパニーズドリームゲットだぜのおミヤさんはわたしが愛したおミヤさんではありまセン~!」
ここでふたりはミュージカル宜しく手を広げて歌い出す。
正直、シナリオとしては無茶苦茶なのだが、イケメンの月野君と大人の色気いっぱいな大河内の派手なアクションは見ていて意外と面白い。世間ではこれを『痛い』とも言うらしいが、まあお客さんは喜んでいるのだから問題ないだろう。
「羽月、お客さんだぞ!」
「あっ、ごめん!」
ついステージに見とれてしまった。目を上げると漫研の野崎が立っていた。
「約束通り、同人誌買いに来た」
「おっ、ありがとう」
僕は同人誌コーナーから埠頭を一冊取ってくる。
「ほい、これがうちの同人誌だ。二百円な。で、どうだ? 小芝居の方は」
「うん、面白いよ。それに色々凝ってるな、見えそうで見えない服装の露出度合いとか、覗けそうで覗けないステージの高さとか」
見てるところはそこか。
「ところで羽月。同人誌の挿絵、次はうちにも描かせてくれないか」
「えっ!」
「ダメか?」
「ダメなわけないじゃないか。ありがとう。頼むよ!」
どちらからともなく僕らは拳を合わせていた。
「実は新聞小説の編集さんにイラストもどうですか、って頼まれて困ってたんだ。どうだ、やらないか?」
「やるやる!」
よかった。野崎の絵なら宮脇さんも一発OKだろう。今年の文化祭はいいこと尽くめだ。盆と正月と童貞喪失が一緒に来た感じだ。
「折角だし、コーヒーも飲んで行くよ」
「よし来たっ。立花さん、お客さんだ、案内して!」
「はいっ、いつも応援ありがとうございますっ! 今日も楽しんでくださいねっ!」
「で、でへへ……」
野崎は鼻の下を伸ばしまくって去っていった。
ステージが終わると立ち見のお客さんも帰って店内はまた落ち着きを取り戻す。
朝は忙しくて目まぐるしすぎて今日一日体が持つか不安だったが、この調子だと大丈夫だ。
「ちょっとゆっくりしようかな……」
「あら、ずいぶん余裕なのね」
声の方を見ると青木奈々世女史が立っていた。
「青木先輩っ!」
彼女に気が付いた小金井も駆け寄ってくる。
「約束通り『横綱もびっくり! ウェディングケーキを凌駕する爆裂ケーキセット・漢方胃腸薬付き』を食べに来たわ」
「奈々世先輩、勝手なメニューを作らないでくださいっ!」
笑いかける小金井に急に真面目な顔になる青木女史。
「ところであなたたち、このままじゃラノベ部に負けちゃうわよ」
「えっ、うそっ!」
「嘘は言わないわ。彼らの様子を見てきてご覧なさい」
「そんなっ!」
慌てて駆け出す小金井。
「じゃあ翔平くん、ケーキよろしくっ」
一方、悠然と席に座る青木女史に立花さんが挨拶をする。
確かに通常の喫茶の時は少し空席ができはじめているけど、それもせいぜい2~3席。ステージの時はたくさんの立ち見客が入っているからラノベ部のメイド喫茶には負けるはずがないんだけど……
コーヒーを淹れてケーキセットが出来上がると同時に、血相を変えた小金井が慌てたように戻ってきた。
「大変よ翔平くん! ラノベ部が文芸部を盗撮してるっ!」
「なにっ? 盗撮?」
「そうよ! あたしとか繭香ちゃんのあんなポーズやこんな表情を包み隠さず盗み撮ってる! 酷いわ! 佳奈もあかねちゃんも無理矢理好き勝手にやられてるし!」
怒りと焦りからか、早口で捲し立てる小金井。正直、聞いても何が起きているのか分からない。
「落ち着け小金井。ラノベ部が何をしたんだ」
「盗撮よ、盗み撮りよ、泥棒よ! ドキッとしちゃってムラッとしちゃってやりたい放題よっ!」
「だから落ち着け! ほらジュースだ!」
手渡したオレンジジュースを一気にあおった小金井は少し落ち着きを取り戻す。
「翔平くん、このままでは負けるわ!」
小金井は右手を握りしめて声を絞り出す。
「ラノベ部は文芸部のざんねん喫茶にカメラを持った隠密部隊を派遣し、ステージの模様を勝手に生中継していたのよ。ラノベ部のメイド喫茶には巨大なスクリーンが設置され、ざんねん喫茶に入れなかったお客さんを収容して荒稼ぎしているの!」
「汚いな、夢野!」
「放映権も肖像権もバター犬も無視した暴挙だわ」
小金井が憤慨するのも当然だ。僕も腹が立って仕方がない。
「しかもライブがない時は、あたしたちの録画映像を流しているわ!」
「コバンザメ商法を超えた寄生虫商法だな」
「それからね、ラノベ部はメイド服以外にも水着を用意しているわ。生地面積がほとんどないスッキンドッキンなビキニよ。多分もうすぐコスチュームを変えるつもりよ」
午後の状況を見ていると、途中でコスチュームを変えると言うのはお客さんを集めるのに大変有効に思えた。同じ店に二度行く理由ができるからだ。
「それはまずいな。僕らも何か手を打たなきゃ」