第11章 5話目
ざんねん喫茶に設けられた特設ステージ。
普段は先生が立って教鞭を振るっているその場所にセーラーワンピースを可憐に纏った小金井と立花さんの姿があった。
「皆さ~ん、こんにちは~」
弾けんばかりの笑顔で手を振るふたり。
それに呼応して店内に赤や緑のサイリウムが揺らめき大歓声が巻き起こる。
「はあ~っ、やっと落ち着いたな」
「さすがに疲れた……」
僕と市山は盛り上がる立ち見客を呆然と眺めながら呟いた。
「席数が少ない分、ステージの回数を増やしてクレープで立ち見客を呼び込むって作戦は成功だな」
「窓を開けて廊下に踏み台を並べるってアイディアも秀逸だったな。お陰で僕らはヘトヘトだけど……」
立花さんの作戦、題して『クレープだったら廊下で食べても関係ないよねっ大作戦』は成功だ。材料の関係でメニューはチョコバナナクレープ一本だったが飛ぶように売れた。
「先輩、スーパーから追加のバナナ買ってきたっす。チョコシロップも買ったっす」
息を切らせて月野君がキッチンへ駆けてくる。
ハッピーエンド目指しているの~
どんなに時が掛かっても~
教室内のステージはスペース的に派手なアクションは難しいのか、体育館の時と振り付けが違う。何というか、こう、普通のアイドルっぽい。しかし普通のアイドルっぽい方が普通に萌える。うん、かわいい。すごくいい。ラブリーチャーミーだ。あっ、今こっちに手を振ってくれた。
「部長、ヨダレ出てるっす。部長もやっぱりあのふたりにはメロメロなんすね!」
「あっ、いやそういう訳じゃ、じゅるる」
このヨダレは美味しそうなクレープの匂いのせいだ。うん、きっとそうだ。
「あのふたり本当に仲がいいっすよね。小金井先輩はよく一年のクラスにも来るんすよ」
「へえ~、それは知らなかったよ。ふたりでビーチバレーでもしてるのか?」
「違うっすよ。いつも校内探検に出かけるみたいっす」
「校内探検?」
「そうっす。ほら立花さんって壮絶な方向音痴だから、あちこち案内して貰ってるらしいっす」
何やってるんだろう。よく分からないふたりだ。
「すいません、チョコバナナクレープふたつ」
「はい、いらっしゃい!」
クレープの生地を焼くのにも慣れてきた。
ステージではふたりが笑顔を弾かせ、お客さんに手を振っている。売り上げも予想を遙かに超えるペースで伸びていた。
* * *
ステージを終えた小金井が満足そうな表情で厨房にやってきた。
「さっき奈々世先輩に聞いたんだけど、午前中の数字は文芸部が若干リードですって」
彼女は嬉しそうに声を弾ませる。
生徒会は文化祭運営委員会を設置し、アンケートの配布や回収、道案内なんかもやっているのだが、文芸部とラノベ部の出店の前には専属の調査員が立っている。彼らが入場者数をカウントしているらしい。
「この調子でぶっちぎろう」
「勿論よっ!」
時間は午後一時。
さっきまで待ちのお客さんが数組いたが、いま店内は少しだけ空席がある。
「お客さんもちょっと落ち着いて来たな」
「ええそうね。午後はステージ構成を変るからね」
「同じお客さんに何度も来店して貰うためだな」
「勿論よっ! 見てなさい、夢野!」
何だか嬉しそうに店内に戻っていく小金井。
「羽月、今のうちに休憩してこいよ」
「そんなの悪いよ」
「年に一度の文化祭だぜ。他も見ておかないと後悔するぞ、ほら行った行った!」
「すまない市山。じゃあ、ちょっとだけ……」
卓球のユニフォームを着たまま廊下に出る。
僕らの教室の隣、二年B組の教室はパソコン部がヨーヨーすくいをやっている。いい歳した高校生の野郎どもがヨーヨー釣りでガチになっていた。
『3個釣ったら好きな古本と交換』
『5個釣ったら好きな生写真と交換』
『10個釣ったら好きなゲームと交換』
射幸心を煽っていた。
って、生写真って何だ?
「羽月もやってくか! 小金井さんの撮り立てホヤホヤ生写真もあるぞ!」
そう言うことか……
「ちなみにゲームはこんなのもある」
名状しがたい美少女ゲーのようなものだった。
「あ、ごめん。遠慮しとくよ」
この店で遊んだことが小金井にバレたら殺されそうなので先に行く。
二年C組は将棋部の『漢のケーキ屋』。
ケーキセットを頼むと直径30センチのデコレーションケーキが丸ごと出てくるらしい。
みんなそのケーキをゆっくり堪能しながら一局指している。
その隣、音楽室ではブラスバンド部がプラネタリウムをやっていた。
暗い教室の天井に無数の星々が投影され、時々流れ星が流れるらしい。
ドンドンドドドン!
ババババッバ バ~ン!
そんなロマンチックな雰囲気の教室からブラスバンド部のド派手なBGMが聞こえてくる。完全に雰囲気ぶち壊しだった。
時間もないので出し物を横目で眺めながら通り過ぎていく。
どこの出し物も知恵と工夫と情熱でいっぱいだった。
三年A組は漫画研究会か。
「おう、羽月。一冊どうだ!」
薄い同人誌を売っていた背の高い男が声を掛けてくる。
「あっ野崎。お前、漫研だったのか」
「俺から漫画を取ったらイケメンしか残らないじゃないか」
「いや、積みゲーも残るだろ、大量に」
野崎は中学の時のクラスメイトだった。
そういやこいつ、絵を描くのがすごく上手かったよな。
「一冊どうよ、あとでお前んとこの同人誌も買いに行くからさ」
「分かった、じゃあこっちのと二冊買うよ」
財布からお金を取り出すと彼に渡す。
「さすが羽月お目が高い。この二冊があれば今晩は眠れないぜ!」
「虚しくなってぐっすり眠れるの間違いじゃないか?」
「そうかもな。ところでお前んとこ、ラノベ部と勝負してるんだって?」
「ああ、よく知ってるな」
「勿論だよ、公然の秘密の花園みたいなもんだからな。頑張れよ、ラノベ部には俺らも困ってるから」
「困ってるって?」
野崎の話によると漫研もメンバーをラノベ部に引き抜かれているらしい。それも星野の手によって女の子ばかり。
「お陰で漫研はこのざまだ。見てみろよ、男ばかりだろ俺ら」
教室の仲間を見回し苦笑する野崎。
「五月までは女子が五人もいたのにさ……」
「漫研の分も頑張るよ、野崎」