第1章 9話目
全力疾走で部室に向かった。
きっとみんなが待っている。
早く吉報を伝えよう。
僕は部室につくと、勢いよくドアを開けた。
「みんな聞いて……」
パンパパ~ン
パパパパ~ン
言うよりも早くクラッカーが鳴り、色とりどりの紙テープが僕を襲った。
「文芸部、存続決定おめでとう~」
小金井と大河内が破顔して声を合わせる。
「おめでとう翔平くん!」
「さすがは部長です~」
「ど、どうして知ってるの?」
「そんなの~、奈々世会長に聞いたからに決まってるでしょ~」
ほんわか笑顔で大河内。
「ほ~ら!」
目の前に自分の携帯を突き出す小金井。
そこには生徒会室で土下座をしている僕の写メが。
「青木先輩、いつの間に撮ってんだよお!」
小金井は僕の叫びを見事にスルーする。
「生徒会長を泣き落としで部員にしちゃうなんて、さすがは翔平くんだわ」
「おい、青木先輩は他に何も言ってなかったよな、他には何も聞いてないよな?」
思わず両手で小金井の肩をつかんで問い質してしまった。
「何? 何も聞いてないけど? 他に何か裏取引とかがあるの?」
「な、ない、ないよ、何もない」
慌てて小金井から離れると明後日の方向を見る僕。
「怪しいわ。推理小説の第一発見者が捜査に異様に協力的みたいに怪しいわ」
「いや、別にそんなこと……」
と、その時。
「はあはあはあ……」
部室の入り口に肩で息をしながら立っている人影が。
「どうしたんですか~、繭香さん」
大河内が心配顔で声を掛ける。
「すいません、遅くなりました……」
「どうしたの立花さん、なんかフルマラソン全力疾走して来たみたい……」
僕も思わず問いかける。
「その、部室に行こうとしたら迷ってしまって、それでずっと走り続けていて……」
「……」
「……」
「……」
「さっき、羽月先輩が走る姿がチラッと見えたので必死で後を追って……」
「……」
「……」
「……」
「やっと辿り着きました!」
「あの繭香ちゃん。繭香ちゃんってここに来るの四回目、だよね?」
そう聞く小金井の顔は少し引きつっている。
「はい」
「学校の中から出てないよね?」
「はい」
「それで、迷っちゃうんだ」
「はい」
「……」
「……」
「……」
「あの、ごめんなさい。わたし凄く方向音痴で、二、三回行ったことがあってもわからなくって、その、ごめんなさい」
何度も何度も頭を下げる立花さん。
小金井が小声で呟く。
「これは想像以上ね。よく今まで、この複雑な現代社会を生き伸びてこられたわね」
「あの、弥生先輩。わたしって部員不合格ですか? 人間失格ですか? 生きていてごめんなさいですか?」
小金井は慌てて、引きつりながらも笑顔を見せて。
「い、いいわよ。大丈夫よ。繭香ちゃんはいい子だし可愛いし、だいたい今日は何の約束もしてないし」
僕と大河内もそれに続く。
「そうそう、誰だって不得意なことはあるよ」
「そうです~、疲れたときはわたしのこの胸で受け止めてあげます~」
それでも立花さんは頭を下げたまま。
「これからはわたし、体にナビつけて歩きます、方位磁石つけて歩きます、発煙筒を焚きながら歩きます、曳光弾発射しながら歩きます……」
「ぷはははっ」
僕は必死に謝る彼女を見て笑ってしまった。
何だかとても愛おしくって。
「校舎内でそんなことしても意味ないよね。でもさ、今日で覚えたんじゃないかな、部室の場所」
「はい、覚えました。もう大丈夫だと思います……」
「じゃあ、これからもずっと、ここに来てくれるよね」
「はい、勿論です羽月先輩、これからもずっと…… って、と言うことは」
彼女がようやく顔を上げると、それを待っていたかのように小金井が肩を叩いた。
「そうよ、文芸部は存続が決定したわよ!」
「うわあっ!」
立花さんの泣き顔が満面の笑顔に変わると、僕たちも一緒に喜び合った。