屋根裏部屋の神様(spirit house) その1
木のベンチの固い感触と、朝の日差しとで、三木 粒は目を覚ます。
周りを見回すと、どうやらここは公園らしい。
彼はゆっくりと身を起こし、ゆっくりと頭の中を整理し、
「…………そういやそうだったな……」
と、深く項垂れる。
※ ※ ※
三木 粒は受験生である。
彼は人並みに勉強し、人並みの成績をとり、人並みの大学を志望している。
そんな彼には、物をよく無くすという欠点があった。
あっちに行ってはあれを無くし、こっちに行ってはこれを無くす。
彼が今公園で項垂れている理由は、この欠点が原因である。
※ ※ ※
受験当日の朝、彼は予定よりある程度早く着くように家を出た。
彼の志望する大学はここから少し離れた県にある。
彼は落ち着いて電車に乗り込み、落ち着いて目的地に到着するのを待った。
目的地につくと、彼は鞄の中身がすっかり無くなっているのに気づく。
『…………あれれー』
掏られたか。と彼は考える。
中身は前日にきちんと確認した。中身だけ無くすというのも考えづらい。
しかしこの邪推は、もう一度鞄を見て無意味だったと気づく。
鞄の底がすっぽりと抜けていた。
何処で底が抜けたかは知らないが、おそらく中身を探してももう無駄だろう、と彼は冷静に思った。
人生の起点を決める大事な場に躓いた今、現実を見ることができなくなっていた。
筆記用具、その他諸々は大学の物を借りたが、気が動転して試験の出来も散々だった。
それに何より、
『…………帰れないじゃん、これ』
携帯もなく、財布もなく、定期券もない。
ここから家まで何駅あるか。
『でも、歩くしかないか――――』
※ ※ ※
歩いて歩いて歩き疲れ、少し休もうと公園のベンチで横になっていたら、眠ってしまい、今に至る、という訳だ。
状況整理をしたからか、彼の頭はとある案を思い付く。
「近くの人に助けを求めりゃ良かったかな」
三木 粒に親はいない。事故で既に他界している。
ついでに言えば友達もいない。
頼れる人は、いなかった。
第一小銭も携帯もないこの状況、助けを呼ぼうにも呼べない。
「このまま歩いても後何日かかかるしなぁ。うーむ、事情を話せば一晩止めてくれないかなぁ」
彼は大儀そうに立ち上がり、ふらふらと歩き出した。
※ ※ ※
「よう、お早う学生くん。ちょいと私と付き合ってくれない?」
「はぁ」
歩き始めてすぐ、初対面の女性に捕まった。
大学生らしい。大人びた顔つきで、すらっとしていて、格好いい、と思えた。
「きみ、学校は? どうしたのさこんな朝から」
「あーえーとですね……」
慌てて事情を説明する。
彼女は話を妙に真剣な顔で聞いていた。
鞄の底に穴が開いた云々の話の際、彼女が少し笑ったような気がした。
まあ笑うよな、と三木 粒はため息一つ。
「え、えーと、私とある家の管理人やってるんだけどさぁ、もしよかったら住んでみる気はない?」
「すみません、さっきも説明しましたが、手持ちが……」
「ああそれなら気にしないで。うち、家賃無いから」
「…………は?」
三木 粒は目を丸くする。
彼女はふふんと胸を張って、
「だから、家賃がないの。ただよただ。ただより素晴らしきものもないよ。風呂とトイレ、ダイニングキッチンは共同だけどね。ああ心配しないで。別に訳あり……じゃあない訳じゃないけど、きな臭くはないから」
「ちょ、ちょっと」
「んー立ち話もなんだし、ちょっとちょっと」
と、彼女は三木 粒の手を取り、
「待っ……!」
「少し乱暴で悪いけど、何、悪いようにはしないさ」
全速力で走った。
※ ※ ※
ちょうどその時、とある荷物持ちは部活のテニスに勤しんでいた。
ちょうどその時、とある錬金術師は家で人形を作っていた。
ちょうどその時、とある職人は妹の為にご飯を作っていた。
ちょうどその時、とある技術屋は兄の作るご飯を待ちながら、テレビを見ていた。
ちょうどその時、とある管理人は、またこの家に住人を招く。
十分くらい走り回されただろうか。
軽く肩で息をしながら、女性は話す。
「さあ、着いた。ここだここだ」
「あ、あの…………」
同じように息を荒げる三木 粒に、彼女は笑う。
綺麗だな、とぼぅっとした頭でそう考える。
彼女は三木 粒に取っていた手を自分に向けて指し、
「ああ、自己紹介がまだだったね。私の名前は東雲 粋子」
「そんでもってこの家は、東雲荘という」
と、今度はその手を近くの家に向ける。
けして大きくはない家。
所々に染みや傷があるが、汚い印象はない。
そして、何だか、不思議な感じがした。
超自然的で幻想的な、説明の出来ない何かを感じた。
「いらっしゃい私たちの家に。ここに住もうが住むまいが、とりあえずゆっくりしていって欲しい……って、無理矢理つれてきてそれはないかな」
彼女ーーーー東雲 粋子はそう言いながら、家の扉を開ける。
幻想の扉を。
開ける。
なんかこんな駄文見てくださってどうもです。
着地点とルートは既に定めているので、その道のりでできるだけ面白いもの拾おうと思います。
次回も見てくれると、嬉しいな