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第01話 憂鬱な帰郷










 8年ぶりの生家は、やはり居場所が無かった。


「この夏も弟と話したいのよ。もう私もあいつも年だから、あと何回会えるか分からないんだよう? あんたも久しぶりにお父さんに会えばいいじゃない」


 そう言う伯母を馬車に乗せ、手綱を握って道中2日掛けて帰ってきた……。いや、無理に連れてこられたと言いたい。

 今一緒に暮らしている伯母の頼み事を、はいはいといつも殆ど何事も断らずにこなしている。だけど今回のこれ、“生家への帰郷”は、かなり渋ってみせた、どうしても嫌だったから。

 まあ結局僕が折れるしかなくて、こうして生家の敷居を跨いでしまっている。


 帰って来たくなかった家。


 玄関先で伯母が仲の良い弟、つまりは僕の父の事だが、又無事に会えた事を喜んで2人は肩を叩き合っている。「髪が更に薄くなったんじゃない?」などとじゃれながら家の中へ入っていく。父は僕に「おう久しぶりだな」と目を見ずに言っただけだ。僕もそれを見て「……うん」と応じ目を逸らした。


 父と伯母の話はわいわいと長く、僕には興味が沸かない内容ばかりだ。

 応接間の丸テーブルを囲んで草臥れた椅子とソファーに3人で座っているが、僕は会話に入る事無く、首を時折傾けるだけの相槌を打つだけだ。

 かなり久々の父との対面なのだから、形の上だけでも何か一つくらい会話を成立させたほうが良いと思うのだが、駄目だ。

 何も言えない。

 頭も体も重い空気に固められてしまった様だ。


 この家に戻ると気持ちが萎んで、喉が金縛りに遭う。


 8年前、母の葬儀の為に帰ってきた時もこうだった。

 生家に戻ってくると後ろめたさや恥ずかしさが一気に押しかけてきて、僕を堅く束縛する。上手く身動きが取れなくなる。

 相槌だってガクガクと不自然な動作に見えているかも知れないが、これで精一杯だ。頭の中には、この場から逃れたいという思いしか無い。


 2人の会話は本当に長い。


 どんどん僕の世代には分からない話になっていくし、年配の2人が笑うポイントも理解出来無い。何故そのエピソードが面白いのか? 全然同感出来無い。知らない話で笑い合う2人と、笑えない1人。辛い。


 退屈で苦痛だ。


 何故ここに自分が居るのか分からない。思い込みなのだろうが、何故ここにお前が居るのか分からんという圧力を感じる気さえする。

 いや、多分“邪魔”とすらも思われていない。


 只の空気。


 この感覚を予想していたから帰って来たくなかったんだ。

 8年も生家に寄り付かなかった訳を、これでもかと言う程に再確認しながら又相槌を打った。


 「久しぶりに川を見て回りたいので、少し散歩してきます」


 切れ目の無い2人の会話に、やっとの思いでそれだけの台詞を挟み込む。

 はいはいと送り出される。当然だ。僕など必要の無い会話をしているのだから。2人はすぐに昔話への熱中を再開している。


 1人玄関を出たとこで帯刀し忘れている事に気がついた。でも、このあたりでは必要は無いだろう。

 そんな事より、早く誰も居ない場所に行きたい。


 生家はこの農村で2番目に大きな農家だ。家の建物自体も多少ツギハギが目立ってきているが、それでもまだまだ立派なほうだろう。二階建てだ。ここで平屋じゃないなんて、まだ今でもウチと1番大きな農家くらいだと思う。

 まあ、過疎化が進んでいるからこれ以上発展する事は無い村だ……。僕の世代だけは何故か数が多かったんだけど、今はまた寂れている。

 こうして歩いていても誰ともすれ違わない。


 僕は小さな頃、ウチに沢山雇われていたお手伝いさん達や両親に、ちやほやと甘やかされ何不自由無く育てられた。

 過剰なくらい愛されていたと思う。

 食料の心配なんてした事も無かったし、広い農場の中や外でなんの不安も無く遊び転げていた。


 今の生家の農地は、当時よりやや生産規模は縮小されている。ただ、休耕田は増えたが、それでもまだ広大な農場が目の前に広がっている。

 久しぶりに観るスケールの大きな空間は、せせこましい都暮らしで悪くなり始めた目に優しい。そろそろ眼鏡が必要と思っているが、ここに居れば視力が回復しそうだ。

 子供時代は目がやけに良かった気がする。


「やれやれ……はぁ……はぁ……」


 農地に水を引き込む川が見えてきた頃には、たっぷり後悔していた。少しの散歩というには遠すぎたかも知れない。

 こんなに遠かったかな? 体は大きくなっているはずなのに、当時の記憶よりも疲れた理由はしかし簡単だった。

 今はもう使われていないらしい農道がその体を成していなかった為、高く生い茂った野草を掻き分ける労力が必要だったからだ。

 引き返そうかと思ったものの、僕は何故か意地になってしまい川までやってきた。


「この川は変わらないなぁ」


 この思い出が沢山詰まった川は、何一つ変わらずに流れている……。


 子供の頃、ここへよく通った畦道。8年前はまだあった筈だ。それが無くなっているっていうのは、つまり……この遊び場に来る子供が居なくなってしまったっていう事。寂しいな。


 広い川なんだ。当時より何だか濁っている気がするけど、都の近くの川よりも断然に綺麗だ。

 この橋を見るのも久しぶりだ。渡るのに3分は掛かるであろう長くて細い橋。この田舎にしては贅沢に鉄材で出来ていた筈の橋だが、今は石材と木材が取って代わっていた。

 戦争の準備で鉄が集められたからなぁ。

 結局、その戦争は起きなかったけど。

 この細い橋は大分ガタが来ていて、馬車で通るのはもう危ないんじゃないだろうか。こういう場所は都ならすぐに修繕工事されるだけど……。


 小さな頃、この川でいつも遊んでいた。

 弟や友人たちと暗くなるまで。

 みんな家の農作業を抜け出して。

 集まった場所で枝を折って作った竿と、石をひっくり返して捕まえたミミズで釣りを楽しんだ。釣った魚を食べる訳でもない遊びの釣り。

 それに飽きれば橋の向こうまで駆けっこ。夢中になって走った。只の徒競走が何故あんなに楽しかったんだろうか。


 弟のフィドルにも8年会っていない……。


 合わせる顔なんて無い。長男の自分が農場の後継ぎを辞退した事で、弟の人生を大きく変えてしまったんだから。

 突然家を継がなければならなくなった弟は嫌がっていたかも知れないが、分からない。

 その事について話し合った事は無いから。

 僕は逃げる様にここを出て行ってしまったから。


 弟は今日、何処に居るんだろう。

 夏真っ只中のこの時期なら、東の区画のほうであの手の掛かるフルーツを収穫しているところだろうか。

 何とか顔を合わせずに帰りたい。

 会うのが本当に怖くて、フィドルが3年前に挙げた結婚式にすらも出席しなかった。そんな自らの非常識な振る舞いのせいで、更に会いづらくなった。

 弟の奥さんや息子にも、会った事が無い。なんて兄あろうか。あるまじき非礼だ。恐らく2才くらいになる自分の甥の名前すら知らないんだ。とんでもない事だ。自分の叔父はこんなに非常識極まりない奴だと、その子が気づく年齢になる頃が怖い。そうなったら僕は更に益々、いや完全にここには帰って来れない精神状態になっているんだろう。


 久しぶりの川や橋は、楽しかった子供時代の思い出を蘇らせてくれる。が、遊びの釣りをしたり、ましてや橋の向こうまで駆ける気も起こらない。もう子供じゃないからだ。いや、自分の中の何かが枯れたからだろうか。

 蘇ってくる記憶に付随するあれこれに悩まされ、まだ陽も傾いていないが生家に戻る事にした。

 ここからでも農地の向こうに家の2階部分見える。

 散歩の後半を開始する。来た時に軽く踏み均して出来た草の道を戻る。来た時よりも疲労を感じるのは、戻りたくないからだ。

 何を話していいのか分からない父と、とことん馬の合わない伯母は、僕には関係が無い話にまだ花を咲かせているんだろう。けれどこの農村ではこれ以上暇を潰せない。所在無い僕の足は、帰りたくない家へと向かうしかなかった。



















あとがき




 日本人のはずなんですが、日本語って難しいですね。句読点とか改行とか、いざ書き始めてみると良く分からない……。

 自分の馬鹿さを再確認しました。国語を教えて下さい(涙)




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