時間、僅かなる中で
我が家に到着した。なんてことはない一軒家だ。
「誰もいないから遠慮しなくていいよ」
「親もいないのか?すまん、無遠慮だった」
「アメリカにいるよ。中学校に入りたての頃に、仕事でアメリカに行くって言われたけど、英語を覚えるのも、新しく友達をつくるのも面倒だったから俺だけ残ったんだ」
一人暮らしは夢だったのだ。早すぎたと気付くのにそう時間はかからなかったが、流石にもう慣れた。
「つまり、日本が好きだったということですね」
人の話を聞いていなかったのか。そういうことでもあるから、間違いではないが。
霧咲は靴をきちんと揃えて脱いだ。その靴もふわりといった感じで消えたので、紗奈の作り出した幻影なのだろう。
時雨はというと…
「ずっと気になってたんだけどさ、なんで裸足なんだ?」
「世間体を気にする立場でもない。履く必要がなかっただけだ。安心しろ、汚れてはいないから」
幽霊は浄化されているから汚れることはないそうだ。成仏してからの話じゃないのか、それ。
「取り敢えず、シャワー浴びてくるよ。ゆっくりしといてくれ」
霧咲が裏山から学校まで離れることが出来たのなら、家の中ならどこにいても問題ないだろう。
簡単に汗を洗い流し、リビングへ戻ると、二人は並んでソファに座っていた。
「そうだ、私たちも風呂入ってきていいか?」
「汚れてないんじゃなかったのか」
「久方ぶりの風呂だからな。楽しむために入る、というのもいいだろう?」
「まあ…いいか。使い方は分かるか?」
時雨は大丈夫、と言って霧咲を伴って風呂場へ向かった。霧咲は時雨の背中を流す、と意気込んでいた。
さて、と。
「夜食でも作るか…」
可愛らしいひよこが描かれたパッケージのラーメンを器に入れて、湯を注ぐ。なんて簡単なのだろうか。
タッパーに入れていたモヤシを上に乗っけて完成。
キッチンとリビングの間にあるダイニングには、大きなテーブル一つと椅子が三つ。その内の一つに座り、一人もしゃもしゃとモヤシとラーメンを頬張る。
ちなみに、リビングのソファの前には天板がガラスのローテーブル、それを挟むようにテレビが置いてある。なので、ダイニングからテレビは少し遠い。
ラーメンを半分程食べ終えた頃、風呂から上がってきた音と声が聞こえた。
「時雨様、服!服着てください!」
「あぁ、服を脱ぐのが久々過ぎて…」
あんまりこんな会話ないよな。
「どうだった、久々の風呂は」
「ここまで生きてきた甲斐があった…訂正も面倒だな」
時雨は微笑み、ソファへ座り直した。霧咲も時雨の隣へ納まる。大人しくて助かる。幽霊ということもあって気が楽だ。共感出来る人はそうそういないだろうが。
ダイニングから見ると、ソファに座っている人の頭くらいしか見えないが、どうやら髪の毛は濡れていないように見える。
黒色と茶色の髪だが、後ろから見ているとなんだか親子のよう。
二人で何か話しているが、昔話を懐かしんでいるようなので、ラーメンを食べ終えて洗い物を済ませ、歯磨きを終えるまで声は掛けないでおいた。
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「ベッドが置いてあるし、この部屋がいいな」
二階の部屋を一通り見て回った時雨は、俺の寝室に入ってそう告げた。
ベッドが置いてあるということは誰かがこの部屋を使っているということだし、ベッドは誰かが使うんだろう。
他にも同じくらいの大きさの空き部屋は二つあるのに、この部屋を選びやがった。
いいけど、ベッドは譲らないぞ?
「さて、寝るというのも久方振りだ」
時雨はそう言って…部屋の隅の方、中央に敷かれたカーペットが辛うじて届いている場所へ座り込んだ。失礼致します、と断りを入れて霧咲もそれに続く。
「……何してんだ」
部屋の入り口に立ったまま、俺は思わずそう言った。
「何と言われても…今は座っている状態だな」
「そうじゃなくて。ベッド使わないのか」
時雨は呆れたように小さく首を横に振った。
「そこに三人は狭いだろう」
そうだけど…
「構わん、寄せてもらっている身だ。紗奈もいいな?」
「勿論です」
「ベッドが使いたくてここにしたんじゃ?」
「ベッドがあるということは、想儀は此処で寝ているんだろう?」
二人とも、座ったまま身を寄せあい、目を閉じてしまった。
「………」
今日も学校がある。1時を前にした俺は静かにベッドへ入った。
遅くに寝るのは大したことではないが、色々有り過ぎた。これから先どうなるのだろうか、とか、色々考えることはある。でも、それも眠気に消えた。
目が覚める時まで。




