追跡、異変
「どう?霙」
「此方には居なさそう」
口は動かさず、頭の中で会話をする。霊力を持つ残霊師は、許可を出し合った残霊師、式神と脳内での会話が出来る。
「陽葉は?」
「少しだけ感じる…追うね」
「おーけー」
陽葉との会話を霙に聞こえないようにも出来るし、陽葉と霙を入れ替えてもこれは成立する。
「無理はしないで、見つけたらすぐに言うこと」
「分かってるよ」
契約している式神である陽葉とは、全神経がリンクしているので、届けようと思えば視たもの聴いたものも伝えられる。けど疲れるので普段はしていない。
「さて、と」
今の私たちの標的は…霊体剥離体。最近雛多ヶ宮に依頼があった悪霊の一つ。ヒトに取り憑き、生霊として魂を剥がす。自身の意思で離れなかった霊体は短時間で消える。
つまりその人間は死を迎える。
発現確率は相当低く、1%を切っている、が。百人に取り憑けば一人が死ぬということ。
斬霊師として一人として死なせる訳にはいかないので、動かない訳にもいかない。
それに、今回の標的には私個人興味がある。
「標的発見!」
陽葉から連絡が入った。
「深追いしてもいいけど手を出さないように。兎に角逃がすなよ」
陽葉と視神経を繋げる。毎度のことながら気持ちが悪い。見ている世界が少し低い、ふらふらする。
「うーわ、走りづら…」
地面を足の裏で叩いて加速する。
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
「ふわぁ…」
起き上がり、大きく伸びをする。幽霊たちは既に階下に行っているようで、遠くの方で声が聞こえる。
「時間は…丁度いいな」
布団を軽く蹴り上げ、立ち上がってもう一度大きく伸びをし、部屋を出る。
「御早う御座います」
「おう、おはよう」
リビングは雹が起きている分騒がしかった。というか朝にこんなに元気な雹は珍しい。
「どうした、雹。やけに元気だな」
「寝てないんだよ。一周回って元気ってやつ」
満面の笑みで笑い掛ける雹。
「ん?何だ此れ」
壁に立て掛けてある二振りの刀。見たことあるような。
「刀」
「其れは分かる」
「『断黒』と『爛赤』。黒い方が断黒で私の、赤い方が爛赤で霙の」
「鞘は何方も青っぽいけど」
「刀身に色があんの。見ていいよ」
「いや、怖いから止めとく」
刀なんて素人が気安く触るものじゃない。
「ほう、此れは綺麗だな」
刀を抜くのを止めた俺の後ろで時雨が刀の柄に触れていた。
「あ、あ、駄目!」
すると雹が急に振り向き、時雨から勢いよく断黒を引っ手繰った。
「どうした」
「掌見てみろ」
「ん、おお…」
時雨の掌はポロポロと崩れ、空中へ霧散していた。刀を手放してからは徐々に元に戻っているようだ。
「並大抵の霊ならもう消えてる。断黒と爛赤は此れ自体に浄化の効果があるんだ。お前らは絶対触んなよ!」
真剣な顔付きで時雨と紗奈を指差す雹。
何で…
「何で雹は時雨たちの心配してるんだ?」
「え?」
雹はお前こそ何言ってんだ、みたいな顔で見詰め返してくる。
「雹は時雨たちを消す為に居るんじゃないのか」
「何だよ、こいつら消したら哀しむのは想儀だろ。消えてほしいのか?」
「そういう訳じゃないけど…」
「私もなんだかんだ楽しいし、いや、いけないことなのは分かってるけどね」
斬霊師が目の前に居る幽霊を斬らないことは、同業者から見れば巫山戯たことなんだろう。それなのに雹は絶好のチャンスを自ら奪った。
俺には此れが正しい選択かどうかなんて分からない。
「それに、無闇には斬らないよ。出会った頃に言ったような気がするけどさ」
雹は肩を竦めて刀を立て掛け直し、椅子に座って朝食を食べ始めた。
「そういやさ」
俺は雹の隣に座り、目の前に座って朝飯を食べる霙に問い掛ける。
此の家に無い筈のクリームパンを食べている辺り、斬霊の帰りに自宅に取りに帰っているか買っている可能性がある。
別にいいのに。いや、食べたいのかも知れないけど。
「霙も毎日此処に居るけど、友だちとは遊ばないのか?まさか居ないなんてことはないだろうけど」
「え、ええまあ…一人や二人くらい…」
歯切れが悪いな…
「ホントに二人だよね、同級生は」
「お姉ちゃんなんて一人も居ないじゃない」
「二人は居るっての。残霊師除いたら霙友人居ないじゃん」
「除かなくていいでしょ」
「ま、あの二人も斬霊師除いたら友人居ないしね」
「友人居るのって、あの娘だけだよね」
よく分からないが、悲しい話な気がする。
しかし、意外だな。霙は社交的で友好的だと認識しているから、友人は多いものだと思っていた。
「お待たせしました」
「サンキュ」
友人の少ない姉妹を横目に、紗奈の作った目玉焼きを頂く。
「美味い」
「有難う御座います」
紗奈は恭しく頭を下げる。
「何か悪いな、毎日」
「此処に居られるのも想儀様のお陰ですから。当然のことです」
紗奈は笑顔を向け、霙の前に置いてあった牛乳が入っていたコップを下げる。
「ごちそうさま」
片付けを紗奈に任せ、登校の準備を進める。
「雹、準備出来てるか?」
「愚問」
「ああ愚問だったな。早く着替えろ」
「あーい」
雹が着替えている間、玄関に座り込んで靴を履く。まあ履く方が断然早いので待つことになる。
待たなくてもいいんだけど、一緒に行かないと寄り道して学校に行かない可能性がある。
十九歳の高校生に引率も何もいらない気もするが、時間もあるので待たない理由もない。
「お待たせ」
「おう、行くか」
霙は出る時間が違うので暫く待機。陽葉は気まぐれに過ごす。
「ん?刀はどうするんだ?」
「持ってるよ」
そんな風には見えない。鞄に詰められるものでもないだろう。
「雹の体内から物凄い力を感じる。体内に刀を?」
「うん」
「まるで魔法ですね」
「んーまあ、強ち(あながち)間違いじゃないね」
「魔法なのか?」
「元々は、ね。学校までの道、暇だから話してやるよ」
雹は小さく欠伸をし、話し始めた。
「何処から話そっかな。そうだな、斬霊師は昔は魔法使いだったんだよ。陰陽師って知ってるよな?陰陽師は西洋で言う魔法使い。力の使い道が違っただけで、同じものなんだ」
「何で陰陽師から斬霊師になったんだ?」
「時代の流れだよ。陰陽師はすぐに廃れた。何故か?人と人が争い始めたから。本格的にね」
「それで何で廃れるんだよ」
「陰陽師は人と戦う術を持たない。必要のないものに成り下がったんだ。霊に対抗する力は必要だったけど、それ以上に人は人を倒す力を欲した。自衛力って言った方がいいのかな」
「故に刀を持ち、身体能力を高めた、という訳ですね」
「そう。人の争いは必然だった。どの道を辿ろうが通るものだった。仕方無いけどね。話を戻すけど、陽葉なんかは相当に魔法使いっぽいね。彼奴は三姉妹の末っ子なんだけど、その中でも術の扱いに長けてる」
「三姉妹なんだ」
「上の二人は背が高くて少し腹が立つ」
「雹より背が低い奴なんて少ないだろ」
「二人とも想儀より背高いぞ」
俺の身長は175cmくらい。
「ま、私の背はもう伸びないから諦めてんだけど」
「何でだ」
「奥義で年を取るのを極端に遅らせるってのがあるのは話したよね。つまり寿命が凄い伸びる訳なんだけど、見た目の年齢は奥義取得時から変わんないの」
「何歳の時に取得したんですか?」
「十二歳」
「平均ですね」
「そうなんだよ、全く」
雹は不満そうに口を尖らせる。
「ふぅ、こんなもんかな。聞きたいことがあれば随時質問受け付けてるから」
「精神年齢が低いのは関係あるのか?」
「低くないから関係無いね」
「冗談を」
どっちもどっちもだ。
ふと、紗奈の方を見る。
「………」
さっきまで会話に混ざっていた紗奈は、険しい顔で前方を睨んでいた。
「どうしたんだ?」
「少し…気分が悪いです」
「紗奈でも気分が悪いとかあるんだな」
「ええ…視界にノイズが掛かっているみたいで…いえ、受け止めてみせます」
「よく分からないけど、無理はするなよ」
「はい。御心遣い感謝致します」
学校に着くまで、着いてからも紗奈は難しい顔をしていた。




