教示、非日常の中に
晩飯を済ませ、片付け、寛ぐ。幽霊二人と人間二人、式神一人…一匹か?はテレビの前で騒いでいる。
俺はソファに座ってその光景を眺める。
そういや、こんなに居るのに部屋の様子は変わり無い。
「お前らって綺麗好きなのか」
「何だ唐突に」
答えたのは時雨。
「いや、六人も居て部屋が綺麗なままってのが」
「ふむ、居るのは四人だがな」
時雨が立ち上がり、俺の隣に座る。
「いいのか?ゲーム」
「ああ。想儀が良ければ会話がしたい」
「まあ俺も暇だし」
「では…幽霊について少しお話しよう。つまらなければ聞き流してくれて構わない」
ほう、幽霊の口から語られる幽霊の話か。興味がある。
「綺麗なままなのが不思議、と言ったか。雹と霙は知らんが、幽霊は汚す、ということをしない。汚すことも、汚されることも無い。物理的にはな」
「どういう意味だ?」
「幽霊は基本的に物理干渉が出来ない。私たちのように特別な存在で無ければ」
「じゃあポルターガイストは何なんだよ」
「あれは精霊に近い。霊よりも高等なものだよ。やっていることは極めて幼稚だが。幽霊は散らかすとかいうこともしない。知らない内に部屋が荒らされている、などというのは大抵人間の仕業だ」
時雨は楽しそうに語る。
「幽霊が侵害するのは、精神、心、魂だよ」
「精神…」
「幽霊は直接殺すことが出来ないからな」
「首絞められて痣が残ってたりするのは?」
「自らの手でやっていることが殆どだ」
「そんなことある?」
「幽霊がそうさせているのだ。精神を侵し、自身を殺そうとさせる。幽霊なんぞそんな奴ばっかだ。だから、ああいうのが居る」
依然テレビの前で盛り上がっている斬霊師たちを顎で指す。
「精神を侵せば幾らでも人は殺せる。精神が強いものは耐えられるし、弱ければそれだけ死に近付く」
「へぇ」
「ふむ、金縛りは何故起こるか、知っているか?」
「ああ、脳が起きてて躰が寝てるんだっけ。で、脳は完全に覚醒していない…って感じだったか」
「そうだ。精神というのは、結局頭が管理している。幽霊が精神に介入し、脳を目覚めさせる。そして金縛りが起こる。幻覚付きのな」
「金縛りも精神の強弱関係あるのか?」
「あるよ。金縛りは疲労が溜まっている人に多い。疲労が溜まっているというのは、精神が弱っているも同然だ。幽霊というのはそこら辺に居てね。曰く付きという所はただ強力なものが居るというだけで」
「今此処にも?」
「ああ居るだろう。私たちが居るので手は出させんがね。金縛りに掛かる条件は疲労していることだけだ」
「疲れて無くても掛かる人は?」
「それはただ精神が弱い。強ければ掛かることも無い。ただ、金縛りになっている状況は、幸運でもある」
「?」
「金縛りは精神を侵し損ねた結果だ。金縛りにあった時はひたすら楽しいことでも考えればいいだろう」
「助かるのか?」
「知らん。マイナスなことを考えるよりは精神を強化出来そうな気がする」
「ふーん」
為になる。
「さて、私の話はどうだったかな?」
「楽しかったよ。為にもなった」
「そうかそうか。何処で役立てるかイマイチ分からないが、想儀が有意義な時間を過ごせたのならそれでいい」
「また話してくれるか?」
「勿論だ」
時雨は嬉しそうにテレビの前に移動する。
「幽霊…ね」
空を撫でる。この辺に居るってんのか。怖くもなんともねーな。
「?」
雹が此方を見ていた、ような気がした。
「少しだけ寝るかな…」
俺はソファに横になり、瞼を閉じた。
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「此処は…」
前にも見たことのある光景。モノクロの世界。夢の中なのだろう。
「また…逢えたわね」
前と同じ…人…
もしかしたら此処は誰かが見ている風景なのかも知れない。何を根拠にそう思ったのかは全く分からない。ただ俺の勘がそう告げた。
「お前は…誰なんだ」
「気付いてくれないのね」
目の前に居る人は、前の夢よりも近くに居た。
「お前は………」
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「大丈夫ですか?何か悪い夢でも見ましたか?」
「ん………紗奈?」
想儀の声が聞こえた。起きたのか、急いで持って行かねば。
「ああ…大丈夫だよ」
「汗が酷いです」
「タオル、持ってきたぞ。ふむ、風呂に入った方が早いか」
「ありがとう…そうするよ」
「この前の夢か?」
私は小声で問う。
「…ああ」
「本当に大丈夫なんだろうな?」
「ああ、大丈夫だよ」
痩せ我慢でも何でもないのだろうが、何かあったのは間違いない。
「風呂、入ってくるよ」
想儀は言い残し、風呂場へ向かった。
「ふむ…」
「あの汗の量は、尋常ではありませんよね…」
「紗奈はどう見る」
「悪夢ではなさそうに見えます。霊の干渉も感じられませんし…それに、雹さんと霙さんが居て、想儀様に霊的な何かが起こるとも思えません」
「ああ、それは私も思う」
ちなみに雹と霙は用事があると言って、一度実家に戻っている。
「もう少し様子を見ようか」
「そうですね」
私たちは待つことにした。
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翌日。
雹は相変わらず起きるのを渋ったが、今日は一緒に登校出来た。
寝癖は酷いが。
「昨日も遅かったんだよぉ…」
「何で学校入ったんだよ」
「えーそれ言わせんの?」
腹立たしい表情でこっちを見るんじゃない。
「言いたくないならいいよ」
「言いたくない訳じゃないけど」
雹は眠そうにしながらも歩を進める。
「そうだ」
雹が少し元気になった。大体ろくなことを考えていないだろうけど。
「時雨か紗奈に躰を乗っ取ってもらえばいいんじゃん」
「お前が社会で生きていけないレベルの悪行を働いてやる」
「お前はそう言うと思ったよ。紗奈はどうよ」
「霙が悲しむから止めてやれ」
雹は再び変な顔を向けてくるが、無視する。
学校へ向かう道中、マカの背中を見付けた。
「おーいマカー」
雹がマカの背中を叩く。
「ひゃん!?」
マカは思わず腰が抜けそうになる。
「そんなに驚くとは…」
「ご、ごめんね…」
「マカが謝ること無いと思うが…」
マカの登校する時間は大体この時間なので、俺もそれに合わせるようにした。
「あれ…?雹ちゃん…?」
マカは不思議そうに、残念そうに、何とも言えない顔で佇み、雹を見下ろす。
「さっき会ったんだよ」
「そう…なんだ…」
とぼとぼといった感じで歩き出す。
「大丈夫か?」
「うん」
体調が悪いようには見えないし、元気そうではある。マカのステータスは大体分かるので、この場は問題無いと判断。
「今日から授業だね…」
「ああ、分からないとこがあったら聞いてくれよ」
「うん」
マカは頭いいから多分俺より授業を理解しているだろうが。その後もなんてことない会話をして、学校へ到着。
「おい、そこは雹の靴箱じゃない」
「もうこれでいいよ…」
「ほら、お前の上履きだ」
時雨が雹の靴を放る。
「ありがと。珍しいね、時雨がこんなことしてくれるなんて」
「あの靴箱の位置ではお前は届かんだろう」
「届くわボケ」
女の子がボケとか言うんじゃありません。
「あ」
「ん?」
「翠雨だ」
裏側の靴箱へ向かう翠雨の姿を捉える。
「なんつーか…凄い顔だな」
「あれだけで人殺せそう」
機嫌の悪い死神が居たら多分あんな顔なんだろうな。周りの生徒も逃げるように翠雨から離れていく。寝起きに機嫌の悪いタイプの人間なのだろう。
時雨同様の綺麗な顔が台無しである。
「友人居るのか彼奴は…」
時雨が心配そうに翠雨の様子を見ていた。
「時雨様の血が流れているのですから、きっと素敵な御友人がいらっしゃいますよ」
紗奈が笑顔で言う。
「同じ学校だったんだね…」
マカが恐ろしいものを見たような顔で――というか実際、俺が見ても恐ろしいんだが――俺の影に隠れて怯えている。
「大丈夫だよ、優しい人だから」
「それは分かるけど…」
人一倍恐怖に敏感なんだろう。もう泣きそうな顔になっている。
「ほら、子どもじゃあないんだから」
「想儀はお父さんみたいだね」
「お前も子どもみたいなんだから、俺のお父さん具合が加速するだろ。やめろ」
「なんだと?」
「ああいや…」
また言ってしまった。
「みたい、ではなく子どもだろう」
時雨が雹を挑発してくれたお陰で、俺から逸れてくれた。
しかし、声には出さないけど、時雨も十分子どもである。というか今の俺の周りは、子どもみたいな奴ばっかだし…
「さ、教室行こうぜ」
引き剥がすのを諦めた俺はマカを引き摺りつつ教室へ向かう。
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「やっと一時間目終わったぁ」
寝癖はそのままだが、どうやらいつもの雹に戻ったようだ。
「彼奴は…大人なのか子どもなのか…」
時雨は雹の跳ねた銀髪を薄い目で見て、そう呟いた。
「子どもだろ」
「そうは言うがな、きちんと大人である時がある。私たちを除けば、年長者だし、それを分かっているのだろう。想儀もそう思っていると思ってたんだがな」
時雨は何だかんだ雹のことをよく見ていると思う。
「んー、頼りになることはあるし、信頼もしてるけど、やっぱり子どもの部分が多いんだよ」
「そうか、私もそう思う」
なんじゃそりゃ。
「ただ、奴も姉や年上としての矜恃があるのだろう、その矜恃が前面に出ないものだから子どもだと言われる。良いところであり悪いところだ」
時雨は優しく微笑む。
「ああ、時雨も子どもみたいだぞ」
言ってしまおう。
「何?」
「聞こえなかったか?」
「聞こえた。私はお姉さんだろう」
「ちょっと書いてみる」
「?」
ノートにそれぞれの役割、というかポジションを書く。
「想儀の字は、決して下手ではないが、上手すぎる訳でもない。中途半端だな」
「褒められてる気がしねぇ」
複雑な気持ちになりながらペンを走らせる。
「書けた」
「どれどれ」
長女…紗奈
次女…霙
三女…マカ
四女…時雨
五女…雹
大体、こんな感じ。適当なイメージだ。あくまで、日常生活における、子どもっぽさと大人っぽさの度合いで評価した。
「雹より一つだけしか違わないのが解せない」
「冗談だろ?」
「…………ん?陽葉は?」
「あ……ペット?」
「怒られるぞ」
「んじゃ四女かな」
書き加える。
「……何故だ」
「いや、あくまで俺のイメージな?言っとくが、時雨と雹は似てるぜ」
「むぅ?」
ますます、意味不明だ、と言いたげな顔になっていく。
「何処がだ」
「さっき自分で言ってたろ」
口では解せないとは言うものの、理解はしている。どっちかって言うと理解したくない、といった感じ。
「想儀は何処なんだ」
「俺はいいだろ」
「それは許さん」
時雨は俺からノートを奪い取り、書き足す。
「駄目だ、何か悔しいので一番下にしたいが、どうにも」
「一番上かよ」
紗奈の上に俺の名前があった。
「世話になっている身だからな。こうなるのも仕方無いか」
「いやまあ、これが完成形だな」
「何の話してるの?」
マカが会話に参加する。
「みんなを姉妹に例えたらそれぞれ何処になるのかなっていう話」
「へー、私はどこなの?」
「三女」
「三女かぁ。ちょっと高すぎないかな…」
「翠雨は?」
「翠雨もか」
「翠雨…長女。怒るぞ」
「なんでだよ」
と言いつつも本当に怒られそうなので、ここらへんにしておこう。
休み時間終了を告げるチャイムが鳴り、同時に二時間目の始まりを告げるチャイムが鳴った。




