心機、些細なことも
「美味しかったよ。ご馳走様」
雹はなんとかして霙に払わせようとしていたが、押し負けて渋々自分の財布を取り出した。
会計を済ませ、店を出る。
「またのご来店をお待ちしております」
丁寧に頭を下げる翠雨に、まるで時雨に礼をされているようなムズムズ感を憶えながらも手を振った。
「また行こーっと」
雹は呑気に先頭を歩く。
「マカ、楽しめたか?」
「うん、ありがとうそう君」
マカは俺の腕と触れ合う距離にまで近付いている。
「そりゃ良かった。また行こうな」
空いている左手でマカの頭を撫でる。
右腕、左手。俺は確かに触れている。確かに、此処に居る。
マカを家まで送り、自宅へ向かう。
「ただいまー」
即ソファへダイブする雹。
「雹、まだ晩飯まで時間あるから宿題やっとけよ」
「え゛ー」
どっから声出してんだ。
「提出日に間に合えばいいんでしょ」
「そうだけど、出来るのか?」
「馬鹿にしてんなよ」
雹はそう言ってテレビを付けた。まあ、俺が被害を受ける訳じゃないし、出来るって言うなら放っておこう。
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八月も半ばを過ぎ、花火を見に行ったり翠雨の働くケーキ屋に行ったり…私用で祖父母の家に行ったりと、今までの夏よりも充実している気がする。
出会った頃はどうなるものかと思ったが、いいこともあるものだ。
そして、夏が終わろうとしていた。
「雹、結局宿題やっているところを一度も見なかったけど、出来たのか?」
お決まりのようにソファでだらける雹へ問い掛ける。その姿は、十九歳にも優秀な残霊師にも、見た目年齢相応の幼女にも見えない。
体格と性格が合ってないんだよな。
「終わったよ。昨日に」
「え?マジ?」
「そんな嘘吐かないし。あんね、私が本気出せばあんなの一日掛かんないんだから」
「そうか…その本気を見せてほしかったところだ」
「見せてもよかったけど、面白いもんじゃないし」
雹は腕を伸ばして手をひらひらと振った。
「ま、高校に入学したからにはしっかりやるよ」
ふと…雹のかつての高校生活が気になったが、何故か訊くことは出来なかった。
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色々あったが、俺たちの夏休みは終わりを迎えた、九月一日。
「学校休む…」
「しっかりやるんじゃないのかよ」
雹は眠くて動けないなどとほざいている。
「お姉ちゃん、ほら、頑張って」
「うぬぅ…」
面倒なので雹の世話は霙に任せ、学校へ行く準備をする。
「そういえば。陽葉はどうしとくんだ?」
「うーん…私はこの街を散歩するよ。長いこと外を歩けてなかったし」
「そうか」
やや心配だが、大丈夫だろう。式神だし。
「お、やっと起きたか」
「ん…おはよ」
雹が片目を擦りながらリビングへ入ってきた。
「ふわぁ~…」
「早くご飯食べて、遅れるよ」
「うん」
雹はもそもそと椅子に座り、用意した食事を食べ始めた。
雹が食べ終えるのを待っていられない時間になってきたので、俺たちは先に家を出た。
始業式なんてものは大層なものではないので、校長の話を耐えれば後は楽。
宿題を出して帰宅するだけ。
マカの顔を見て、元気かどうかを確認することが一番の目的だと思う。
相変わらず人に酔ったマカはぐったりしていたが、やんわりと笑顔を見せた。
「また明日ね、そう君」
「ああ」
マカを家に送り届けるだけの、なんてことのない日だが、俺にとっては大切な日。
しかし、不満がある人が一人。
「あんだけなら私行く必要なかったじゃんか」
「そう言うなよ。宿題も出さなきゃいけないんだし」
始まりが肝心なんだよ。意味が無いことなんてそうそうないぜ。
「あー、帰ったらアイス食べたい」
「ないから自分で買ってきてくれ」
「霙に買ってきてもらお…」
それくらい自分でやりゃいいのに…
雹は携帯電話を取り出し、画面を操作し始めた。
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昼食後、霙に買ってきてもらったアイスを食べて満足した雹は、「晩ご飯になったら起こして」と二階に上がった。よく寝るやつだ。
でも、深夜には斬霊をしているらしいので、仕方ないのかも知れない。
「霙は寝とかなくて大丈夫なのか?」
霙もともに斬霊の為の巡回をしているとのことで、昼寝をしているところも見たことないし、しっかり朝起きている霙の方が心配になってくる。
「大丈夫です、お姉ちゃんより早く上がっているので」
「そうなのか」
「霙は昼寝とかしないんだから、先に帰ってなよ、って」
霙は雹のものまねのように言った。流石に似ている。
「雹って、ああ見えて気が利くよなぁ」
「ええ。面倒くさがっても助けてくれる人ですし。尊敬出来ない部分は多いですけど、それでも私はお姉ちゃんを尊敬しています。残霊師として、妹として」
それは残霊師でも兄弟姉妹でもない俺でも分かる。
ガサツな態度に口の悪さなど、悪い部分はあるが、憎めないし、性格はいいんだ。悪い部分も、見た目のお陰か可愛らしくも見えてくる。
「あ、少し話が逸れましたね。さっきも言ったように私は大丈夫ですよ。しっかり休養してありますので。ありがとうございます」
「ああ、それならいいんだ」
しかし、もうちょっとどうにかならないかな、とは思っているが。
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晩飯の用意がもう少しで出来るので、紗奈と霙に任せて雹を起こしにいく。
相変わらず掛け布団はぐしゃぐしゃだが、今回はちゃんとお腹は服で隠れている。
雹は幼女としての可愛らしさは勿論、女性としての美しさ、綺麗さを持ち合わせている。
そんな彼女の寝顔は、当然のように可憐だった。
「雹、起きろ。晩飯出来たぞ」
まずは呼び掛け。数回に渡り、徐々に声を大きくしていく。それでも起きない場合は、軽く頬を叩いてみたり揺すってみたり。
程なくして、雹はゆっくりパチパチと瞼を開けた。
「んあ?」
「晩飯の時間だ」
「んぁー…」
情けない声を出すんじゃない。
起きたのを確認したし、一階に降りようとした、が。
「あ、想儀」
「何だ?」
「一緒に降りるから待って」
ドアノブに手を掛けていた俺を呼び止め、ベッドから這い出る雹。
「お待たせ」
「そんなに待ってねぇよ」
「起きた時に言うべきだったかな?」
雹は何故か嬉しそうに俺の服を小さく引っ張り、階段を駆け降りる。やっぱこうしてる時は子どもみたいなやつだな。




