《陽葉、主従記憶》
夏、太陽が頂点で輝く時。ご主人様に呼ばれ部屋に入ると、そこには少女が座っていた。私と同じくらいの背丈だろうか。見た目はまだ幼いが、座り方がどこか不遜だった。
「ご主人様、こちらは?」
「私の娘で、お前の新しい主人だ」
私が仕えている雛多ヶ宮家は、一番上の息子、娘の年齢が十二になったら式神の契約を渡す、というシステムになっている。
ご主人様の娘は畳に座り、足を投げ出し、めんどくさそうな顔をしている。
「名前は雹だ。早速だが契約してもらう。雹、こっちに来なさい」
「…そっちが来て」
女性は心の底から面倒なオーラを放出しているかのような、声からも気だるさを感じる。
「雹。来なさい」
「……しょーがないなぁ…」
雹はだるそうに畳を這い、私たちの方へ寄ってきた。
「では…」
ご主人様に身を任せ、新しい主人との契約儀式が始まった。数十分後、契約儀式は終わり、私は新たなご主人の背中を見詰めている。
「ご主人様。不束者ですが、これから宜しくお願いいたします」
不本意ながら出来るだけ丁寧に頭を下げる。雹は儀式が終わるまで、ずっとめんどくさそうな顔をしていた。これでは私もつい口調に棘が生えてしまうというもの。
「…名前何?」
契約中にあんたのお父様がおっしゃっていたでしょうが!
「…月影陽葉」
「陽葉ね」
雹はこちらを向いていない。契約が終わるとすぐに台所へ向かい、素麺とつゆを持って戻ってきた。
それからはひたすらに素麺をすすっている。
「……………」
「……………………」
沈黙。素麺をすするちゅるちゅるという音と、開け放たれた障子の外の、夏の音だけが耳に届く。
「……あのさ」
雹がつゆの入った器を机に置き、こちらの方を向く。はっきりと向き合ったのはこれが初めてだった。
「何か喋れよ。気が利かないな」
「…は?」
まだ子どものくせにこの態度は何?
「何か、と言うと?」
「それをお前が考えるんだろ。式神の頭は空っぽなのか?」
再び素麺の方へ向き直る。後ろから殴りたくなってきた。
「仕方ないな。私から話してやる。そうだな…お前はこんなのと契約して嫌じゃないのか?」
嫌に決まってんでしょうが。
「それがこの家の決まりだから」
「嫌かどうかを聞いてんだよ。理解力ゼロか」
季節が夏ということもあってか、私の怒りは早々に爆発した。まあ私は短気な方なんだけど。
「嫌に決まってんでしょうが!何であんたみたいなやつに頭下げなきゃなんないの?ガキのくせにやたら馬鹿にしてきやがって!」
それから随分と本音、不満を言ったと思う。自分でもよく覚えていない。黙って聞いていた雹が、扇風機を私の方へ向けた辺りで我に帰った。
「はぁ…はぁ…」
「ふぅん…」
雹は冷めた目で私を見る。
「無口かと思ったけどそんなことないじゃん。もっと自分出していきなよ。私も、陽葉疲れるだろうからさ」
……このガキは。
雹は黙々と素麺をすすっている。そういえば、つゆの入った器と、箸がもう一膳ある。 素麺も一人分にしては多いし。妹の分かな?
「妹はまだ起きてないの?」
「とっくに起きてるよ」
「昼食は?」
「さっき用意してた。今頃食ってると思う」
「じゃあその器と箸は?」
「陽葉の分」
再度、沈黙。
「式神は腹減らないのか?」
「うん…」
「用意して損した」
「いや、その、食べられないことはないし、味も判るし…」
「じゃあさっさと座って食え。態々持ってきてやったんだから」
雹の正面に座る。
「はぁ…扇風機こっち向けろよ…」
「そういや何で私の方に向けたの?」
「唾が飛んできたから」
………わるうございましたね。
「雹はみんなと食べないの?」
「とーちゃんが今日は陽葉と二人きりだ、って」
雹は素麺を取ってはつゆに浸けてすする。口が小さいからかあまり減ったように見えない。
「雹は私のことどう思ってる?」
「役立たず」
「まだ出会って一時間程しか経ってないでしょ!」
「やっと会話が出来た感じだな。心の声なんか聞こえないんだから、言いたいことがあるなら言っとけよな」
こいつは…十二歳にしては、やけに偉そうで、見た目は年よりもずっと幼く見えるのに年不相応な発言をする。ご主人様…前のご主人様の娘だなんてとても思えないくらい。
「ねぇ…後悔しない?寿命を犠牲にしてまで私と契約したことを」
式神と契約するには、五感や声、感情などを何かしら犠牲にしなければならない。しかし、決して式神が居なければ残霊師として成り立たない訳ではない。弟や妹には式神は引き継がれないし、式神が居ない家だってある。
絶対に必要ではないものに、犠牲を払うことが、どれほどのものなのか。そして雹は”寿命”を犠牲にしてまで契約した。何故、寿命なのか。何故、そこまでするのか。私は聞かずにいられなかった。
「後悔しない、なんて絶対なものじゃない。今判断することも出来ない。でもね、お前と契約したから早死した、なんて死んだ後に文句言えないでしょ。一番気楽じゃない?あ、私がね」
雹は笑ってくれた。その笑顔はとても無邪気なもので、思わず私も表情が崩れる。
「ま、暫く斬霊するつもりないし、霊力無駄にしたくないから陽葉の出番はあんまりないと思うけど」
「なんで斬霊しないの?」
「面倒だから」
ご主人様…じゃなくて、お父様に怒られるだろうなぁ…
「ほら、口だけじゃなくて手も動かせよ。減らないだろ」
はいはい、と私も箸を持って素麺をすする。夏の音、味。不安になるような新しいご主人。でも…今までずっとなんとかなってきたし、今回も大丈夫だと思う。
その不安を打ち消すかのように、雹が奥義を会得したのは、それから二ヶ月程経った頃だった。




