信愛、届くことなく
式神を召喚した翌日。夏休みは始まったばかりだが、宿題を片付けている昼下がり。
「めんどいー…」
俺と雹しかやってないんだが。
雹は「いっつもやらないんだから」と霙に言われて半ば強制的にやらされている。そんな姿を見て、俺も自分のことを言われているような気がして、ああいや、雹の見本になればいいなと思って。
「俺の写していいから、ぐにゃぐにゃするな。俺のノートに落書きするな、あーもう!」
「だってぇ…やんなくていいじゃん、私もう十九なんだから…」
正面に座っている雹は、テーブルに上半身を乗っけて俺のノートの上に突っ伏して、絵を描き始めた。
これで子どもだな、なんて言うと怒るんだもんな。
「はぁ…眠い…あ、そういやあいつどうしてるかな…」
おもむろに起き上がり、目を瞑る。と、その瞬間大きく後ろにのけぞった。バチン、なんて効果音が聞こえそうな、後ろに倒れなかったのが不思議なくらい。
「おまっ…お前な!こっちが繋いでる時に繋ぎ返すなよ!」
すごいタイミングで繋がったものだ。雹は陽葉と、霙が言うには念波で通話しているらしい。残霊師と式神間だけでなく、残霊師同士も許可し合えば出来るものらしい。霊力というエネルギーが必要になるので、一般人には出来ない。
「で、何?……それくらい自分でやれよな…周りに人が多い?式神がそんなんじゃダメでしょうが。気配遮断して、追い込んで。…足止めくらいはしといてよ」
雹はそう言って立ち上がった。
「面倒だけど行くか…霙、行くよ」
「え?私も?お姉ちゃんだけでいいと思うけど…しょうがないなぁ、もう」
そう言う霙は、少し嬉しそうだった。雹の心底めんどくさそうな表情は変わらなかったが。
雹は霙とともに、陽葉が出て行った大窓を開け、外に飛び出ていった。
「想儀」
「ああ」
漫画を読み耽っていた時雨が、俺の肩を叩く。
「大変なことになってそうだな」
「面白いことになってそうだな」
俺と時雨は同時に状況判断を言い合う。心無しか、時雨は楽しそうだ。
「いや、マカに何かあったのかも知れないし…」
「あ、ああ、すまん。そういうつもりじゃないんだ」
時雨は申し訳なさそうに頭を下げる。
「いや、いいよ。兎に角、行こう」
俺は玄関から出たかったが、時雨に背中から掴まれて、大窓から出るはめになった。
雹たちも裸足だったが、靴くらい履かせてくれ。
「男の子だろう、我慢しなさい」
時雨は俺の腋の下に腕を通し、俺をぶら下げるように持つ。そして宙を滑る。腋が痛い。
あと、恥ずかしい。今の俺の姿、滑稽だろうなぁ。
「安心しろ。私たちが姿を消してやってるから、見えてはいない筈だ」
信頼はしてるが、人とすれ違う度にどうにも恥ずかしい気持ちに襲われる。
「速度は出るのか?」
今はマカの家の方へ向かって、非常にゆっくり飛んでいる。
「ぶつかれば想儀がコンクリートを砕くくらいには」
「…絶対その速度で飛ぶなよ」
「分かっているさ。加速するぞ!」
急加速。文句を言う余裕もなく、今のところ呼吸を整えるくらいしか出来ない。
「時雨様、止まってください」
「なんだ?」
急停止。文句を言う余裕は依然としてない。
「いえ、此の辺からなにやら感じますので。ゆっくり探してみましょう」
紗奈が俺を見て微笑んだ。ありがとう。心の中で精一杯お礼を言った。
「何処だ?事が終わる前に見ておきたい」
三人で周りを見ながら飛ぶが、日常風景が広がるだけ。 マカの家を過ぎても、二人は何も反応を示さなかった。
と、紗奈が止まった。
「此方です」
紗奈が先頭にいき、住宅街を抜けて、この方向は…三手北影墓地の方か?
学校や雛多ヶ宮家の反対方向だ。この先にそれらしいところは、墓地しかない。
「此処は…確かに何かありそうだな」
案の定、目的地は墓地だった。
「墓地、ですか…もしかしたら、間違えたかも知れません…」
霊的なものを感じ取ったのだろう。何かはあるかも知れないが、雹たちがここに居るとは限らない。
夜はそれなりに怖い場所だが、昼はそうでもない。どのお墓を見ても綺麗に整えられていて、荘厳ささえ感じる。
「そっち!陽葉!そっち行ったってば!」
「ああ、正解でした」
突然雹の声が聞こえてきた。居るのは分かったが、入り口辺りではなく、奥の方に居るようだ。
速度を上げて急行すると、霙が長刀を持って駆けていくのが見えた。その向こうで、バシ!と光が弾けた。
「『霊途染双砲手』!」
な、なんだって?今の声は陽葉だと思うが、何を言ったのか分からない。呪文のようなものだろうか。
その呪文の直ぐ後、光の束が宙空へと伸びていく。誰かに見られてたらマズいんじゃないかな。
その後は、全く静かになった。
「あれ?想儀さん?時雨さんと、紗奈さんも」
霙が俺たちを見付け、首を傾げる。見られた。
「あー、疲れた」
墓地の奥の方は森のようになっており、木々の間から雹が姿を見せた。陽葉もその後ろに居る。
「……想儀?何してんの?」
見られた。
「なんだ、もう終わったのか。つまらん」
「見世物じゃないよ」
雹も霙も長刀を持っていたが、いつの間にか手から消えていた。
「それにしても陽葉、お前はもうちょっと鍛えろよな」
雹は陽葉の方を向かずに説教を始めた。
「後方支援が役割なの。刃を持たない私じゃあ、霊を片付けるのは一苦労なんだから」
陽葉も負けじと言い返す。
「それにしたって、人目が多いから助けてって、子どもじゃないんだから。よく今まで式神やってこれたな」
「今と昔じゃ勝手が違うんだから。お子様の雹には分かんないんでしょうけど!」
「今を生きる人間にそんな文句は通用しませーん」
喧嘩しながらも並んで歩く雹と陽葉。久しぶり、なんて言っていたから、案外雹は楽しんでいるのかもしれない。陽葉の方がどう思っているのは気になるが。
「私たちも戻るか」
時雨は一人、楽しくなさそうだった。
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雹も陽葉も家に戻ると口喧嘩を止めた。雹の表情を見るに真面目な話があるのだろう。
「マカの家には問題はなかった。今回の霊は陽葉が見付けた悪霊になりかけの霊。一応、マカの家には退魔の小陣を書き込んであるから、あの程度の悪は近寄れないようにはしてある」
「何だその退魔の小陣、ってのは」
「呪文みたいなもの。鰯の頭よりはずっと効果があるよ」
雹は真剣な表情を解いた。俺の緊張も一緒に消えていった。
「ま、今回は陽葉を出すいい機会にもなったし、これからは使ってやろうかな」
雹は隣に立っていた陽葉の頭をぽんぽんと軽く叩く。僅かだが陽葉の方が背が低いので雹でも霙や陽葉にはこんなことが出来る。
「やめてよ、というか、私が手伝ってあげるんだからね?月影の式神舐めないでよ」
月影の式神、とはなんだろう。特別なのだろうか。
「知るか、お前がどんな式神でも陽葉には変わりない。いい働きをしたらうんと褒めてやるよ」
払いのけられた手を再び陽葉の頭に戻し、くしゃくしゃと髪を撫でる。
案外悪くないといった顔で陽葉は受け入れている。
「これから陽葉も世話になるけど、迷惑にはならないと思うから。よろしくしてやってね」
「あ、えっと、想儀さん、不束者ですが、よろしくお願いしますね」
陽葉は改めて俺に向き直り、いい笑顔で挨拶をする。また騒がしくなるのか…俺は兎も角、霙の負担にならなければいいが。
「ああ、よろしく。好きなように過ごしてもらって構わないから」
陽葉は「はい!」と元気に笑った。俺も思わず笑みが零れる。
「私の時と対応が違うね?なんで?」
雹の文句は聞き流しておく。




