想思、見詰める
公園を出て数分後、マカの家に着く。紗奈にチャイムを鳴らしてもらう、が、
「出てこないな」
「灯りも点いていないし…出掛けてるのかな?」
寝ているのかとも思ったが、寝るには少し早すぎるんじゃないかと自己解決する。
「取り敢えず俺の家に行くか」
マカの家からはそう遠くない位置にある。更に十分程歩き、我が家に到着。
「想儀」
「うん?」
声に振り向くと、そこには誰もおらず、あったのは巨大な熊のぬいぐるみだけだった…慣れたものだが、本当にホラーだな。
「真夏が起きた時に私たちが居てはおかしいだろう。私たちは少しの間休んでおく。ああ、霊的にな」
霊的に休むってなんなんだろうとは思ったが、ほんのり分かったので、分かった、とだけ返事。
「何かあったら御呼びください。すぐに駆けつけますので」
誰も居ない場所から聞こえていた声も消えた。
「さて…」
ソファにマカを寝かせ、ぬいぐるみも回収、そして簡単に飯の準備。
俺は腹は減っていなかったが、マカは祭りでは大して食べていなかったので、余りものを冷蔵庫から出す作業を開始する。
「食べる元気あるかな」
用意しておくに越したことはないのだが。
しかし、マカはいつまで経っても起きなかった。風呂に入って寝る準備は出来たが、俺はソファの前でずっとマカを見詰めていた。
寝息は聞こえるし、躰も呼吸で動いている。寝ているなら、起こすのも悪いし、このまま寝かせておくか…
立ち上がり、水を飲みに行こうと思って、ふとマカへ視線を落とす。
「……?」
違和感。胸の奥に何かが支えたような、気持ち悪さ。ズレ。歯痒い。心に入ってきた感覚は思考となって脳へと至る。だが理解も処理も出来なかった。
「なんだってんだよ…」
俺は頭を振り、奇妙な感覚を振り払う。
ソファに寝ているのはマカだ。俺の大切な人…だ。違いない。護り続けたい人。なのに…
「…俺も疲れたんだな…」
マカの傍から離れる訳にもいかなかったので、今日も床で寝ることにした。夏でよかったな。
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朝、いつもよりも早く目が覚めた。マカは変わらない姿勢でソファで眠り続けていた。
俺はマカを起こさないようにそっと起き上がり、洗面所へ。
まずは、雹へ連絡を取って何とかしてもらわないと。
「もしもし」
「ん、もしもし。起きたんだね」
「ああ。今すぐ来れるか?」
「うん。すぐ行くから待っ」
言い終わらない内に電話は切れた。
「みんな、居るか?」
取り敢えずあいつらの顔は見ておきたい。非日常ではあるが、俺には日常となった人たちを。
「ああ、ずっと居たよ」
たった一夜見なかっただけで、これほど懐かしく思えるものだろうか。
「家の中とか、周りとかで異変はなかったか?」
「ああ、何も」
「私も感じませんでした」
「そうか、ありがとう」
顔を洗って、朝食のパンを食べている途中で、
「うぃーす、おはよー」
「お、来たか」
玄関で元気な声が聞こえた。来訪者はリビングのドアを勢いよく開け、入ってくる。
「マカはどこだ!」
「うっせぇ。ソファだ」
「行くよ霙」
「ちょっとお姉ちゃん、引っ張んない、でっ!」
雹は霙を半ば引き摺るようにソファへと向かう。
「私たちも行こう」
時雨に肩を叩かれた。
「うん、普通の寝顔だね。特に危うい感じはしないから、危険ではないと思う。ひとまず心の整頓をしておこう」
「心の整頓?」
ありそうで、いまいち聞かない言葉だ。
「乱れた心を元に戻すの。やるよ」
雹は、こういう時にはいつも通りの真剣な表情で、横たわるマカの横に立ち、霙は足の方へと立つ。
「…雛多ヶ宮雹の名において……」
「…雛多ヶ宮霙の名において……」
透き通るような声が重なる。
「「神聖なる不浄の力…」」
二人は綺麗に声を合わせて呪文を唱えていく。
「「朝には陽を…夜には月を…世界には平常の理を…」」
見た目には何も変化は無い。マカが苦しむことも、札がどうかなったり、雹や霙に変化がある訳でも無い。
ただ、そこで何かが起こっているのは確かに分かった。
「「ヒトの欲…善と悪をもって全うせよ……」」
一際強い「何か」を感じた。
「「祈り、この者に聖癒の加護を!」」
輝き。感じた、ではなく、実際に光り輝いた。マカが、札が、雹が、霙が、何が光ったのかは分からないが。
光は収まり、雹と霙が動く。
「……はいっ、しゅーりょー。霙、お疲れ」
「お姉ちゃんこそ。あ、終わりました。成功です」
先程とは打って変わって、いつも通りの、安心出来る日常的な二人。
「ま、ミスる訳ないしね」
「いつ目覚めるんだ?」
「もう起きるよ。ただ、面倒だから…記憶の改変をしたい」
「改変?あんまり、そういうのは…」
あまりいい響きではない。脳をいじったり、そういうのじゃないのか?
「ああいや、難しいことじゃないよ。話を適当に合わせるってこと。私が主導するから合わせて。みんなも、いいね?」
雹が全員と順々に視線を合わせる。時雨と紗奈が姿を消した、その直後にマカはうっすらと目を開き、何度が瞬かせ、ゆっくりと起き上がる。
「……あれ?そう君…」
「おはよう、マカ」
「ここは…どこ?」
「俺の家」
「どうして?」
「えーと…」
俺が返答に困っていると、
「覚えてないかも知れないけど昨日ね、マカは疲れて神社の境内で寝ちゃって」
雹が俺へと視線を送る。続きを俺が引き継ぐ。
「それで、家に連れて帰ったんだけど、親が居なかったみたいでさ。取り敢えず俺の家で寝かせて…中々起きないもんだから。もう朝だぜ」
マカは瞬き多めで困惑を表す。
「私たちは様子を見に来たって訳。オッケー?」
「う、うん…」
マカは寝ぼけているのもあって、まだ飲み込めていないようだったが、少なくともこの状況にこれ以上の疑問を抱くことはなかったようだ。
水を差し出し、簡単に朝食を用意する。
「あの…ごめんね…?また私…そう君に迷惑掛けちゃったみたいで…本当…私…」
マカが今までにないくらい、いや、今まで全てを謝っている。
こういう時、月並みなことしか言えないのがもどかしい。
「大丈夫だよ、マカを一人にさせる方が心配だ。俺が護るって言っただろ?」
言った。確かに言ったんだ。そうだ…
「でも…これじゃあ…迷惑掛けてばっかりで…」
「そこまでだ、マカ。本当に迷惑ならここまでしないさ。俺は…マカの為に…」
まただ。昨日の夜みたいな、違和感。マカを見ていると、引っ掛かる。今度は言葉が詰まってしまう。
「兎に角、問題無い、ってのも聞き飽きたろ?俺とマカの仲じゃないか。俺だってマカが元気で居るのが一番なんだから。笑ってくれ。俺の迷惑なんて考えなくていからさ」
今まで言ってきた言葉を急いで紡ぐ。考えず、言葉を引っ張り出してくる。
「うん…うん、ごめんね。落ち込む方が、そう君に迷惑を掛けてるんだね。私も少し、大人になるよ……なれるかな」
「俺だってマカと同い年だ。偉そうなことは言えないし、大人になれるかなんて分からないさ。でも、きっと、大丈夫だから」
身を乗り出し手を伸ばしてマカの手に触れる。
漸くマカも微笑んでくれた。
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「じゃあ…またね。ありがと、そう君」
「ああ、また…」
マカを家に送り届け、どこか空虚が訪れた。ふわふわとした、何もないというのも悪い意味じゃなくて…
「どうした?」
姿の見えなかった時雨と紗奈も、今ははっきりと見える。いくら俺と繋がっているとはいえ、姿と気配を消す能力は感知出来ない。
「いや、なんでもない。帰ろう」
時雨と紗奈は顔を見合わせて首を傾げていたが、俺が歩き出すと黙って後ろをついてきた。
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家に戻ると雹がパンをかじっていた。我が家には今、食パンが溢れている。
「おかえり。軽く説明するから」
雹はパンを牛乳で流し込み、俺に座るよう促した。
「端的に言うと、あの神社には地縛霊が居た。処理してきたけど」
「ほぅ…」
そう呟く時雨は何か違うことを考えていそうな。
「とは言っても時雨たちみたいな上等なものじゃなかった。そこら辺にいる幽霊と同じレベル。そこにいるだけなら害のない、何てことない霊だったんだけど、マカは波長が合っちゃったんだろうね。マカは精神にダメージを負った。でもまあ、治らない傷じゃないし問題無いよ。というか、治しといたから」
なんてことないように言う雹。霙を見ても静かな顔をしているし、それほど事は大きくないようだ。
「だからさ、少しは気を抜きなよ」
雹は微笑みながら新しいパンを俺に差し出した。
「…分かってる」
俺がパンを受け取ると、紗奈がそっと牛乳を差し出してくれた。




