《翠雨、同時異話》
自宅への帰り道、付いてこなくていいと言ったのに少女二人は私の隣を歩いている。
「別に、神社見に行くついでだし。あんたの家が何処にあるのかは知らないけど」
「隣町だ。歩いて帰るつもりなのだが、付いてきてくれるのか?」
「やなこった」
此方は姉だったかな?確か雹と言っただろうか。
その隣にいるのが妹の霙だったか。二人とも背が低い。
中学生ならまだ希望があるだろうが、十九でこの身長は…
「今なんか失礼なこと考えてなかった?」
雹がじっとりと睨んでくる。よく分かるものだ。
「いや…ふむ、そうだな。二人とも背が低いと思ってな」
「あんたが高いんだよ。少しよこせ」
雹の方はかなり身長のことについて悩んでいるようだ。霙はそんな姉を眺めて苦笑い。
「神社、私も寄らせてもらってもいいかな?」
「ん、むしろ歓迎だね。あんたも並みの人間じゃなさそうだし」
「おや、並みの人間だと思って生きてきたが」
冗談だがな。視えないことはない。
程なくして神社へ到着した。まだ祭りの真っ最中で、人も結構いるようだ。
「まずは拝殿を見に行ってみよう。気になることがあったら言ってね」
そう言って階段を数段上がり、立ち止まる。
「…霙、翠雨と一緒に拝殿の調査してくんない?」
「え?うん、いいけど…どうして?」
「手分けした方が効率いいでしょ。翠雨も、いいかな」
「ああ、構わない」
効率以外に何かがありそうだな。私か霙かのどちらかと離れたかった…?
ま、考えても仕方ないか。
「先行くね」
階段を駆け上がり、やがて姿が見えなくなった。
「では、私たちも行こうか」
「は、はい」
私の後ろを小さく霙が付いてくる。
「君は、この神社に何かいると思うか?」
「来た時も、今も、何か特別な気配は感じませんが…真夏さんのあの様子は、何かに触れたものだと思います」
「ふむ、ではもしも、何かがいたとして、君はどう対処する?」
「対話を試み、結果が失敗、及び拒否なら斬り伏せます」
「今の君が武器を持っているように見えないのだが」
階段を登り終え、霙と向き合う。この浴衣の何処に武器を隠し持っているのだろうか。隠す場所はありそうだが、果たして。
「……翠雨さんは刃物とか持っていませんか?」
「生憎、持ってないな」
ということは霙は何も持っていないということか。
「すみません…」
「問題はないだろう。要は必要にならなければいいだけだからな」
普通の幽霊に話が通じるのかどうかは、甚だ疑問ではある。
拝殿に着き、調査開始。私は結果を知る為に来ただけなので、やることはない。というか、調査と言われても何をすればいいか分からない。
「このお札、持っててもらえますか?」
おっと、仕事が出来てしまったか。
「立っておくだけでいいのか」
「はい」
私は拝殿を正面に捉えて十メートル程離れた位置に立つ。
「霊的な反応があればお札が壊れます」
「危険はないのか」
「恐らく」
あるかも知れないと。
「大したことにはなりませんので」
霙は私と拝殿の間に立ち、懐から取り出した札を右手で天へ掲げる。顔も上を向き、視線は空を捉えている。
「…ふっ」
そして、細く息を吐く。
何も起きなければただの痛い人だが、
「ん?」
何も起きなかった。高く掲げた右腕が虚しい。見ていられないので、一旦目を逸らす。
「…………」
「………………」
少しばかりの沈黙。
「い、いませんでしたねー…」
何事も無かったかのように喋り出した。
「今のは…」
「立派な術の一つです!」
微かな明かりでも分かるくらい頬を朱く染めていた。
「ふふ、分かっているよ。さて、次は何をする?」
「……非常識を見ます」
「どういうことだ」
「霊以外の、不可解、不可思議、謎を見るんです。霊は常識の範疇ですので、見えないんですけど」
説明されてもよく分からないが、分かった。
「お姉ちゃんの方が上手なんですけど」
霙は目を瞑り、小声で何かを呟き始めた。呪文だろうか。
「星の眼よ、穿て!」
最後だけはっきり聞こえるように言葉を発する。霙の目の色が蒼く光り、瞳孔が開ききっていた。大丈夫なのだろうか。
数十秒後。
「此方です」
蒼い目のまま辺りを見回していた霙は、私の手を牽いて、拝殿の向かって右へ進む。目はもう元に戻っていた。
樹が生い茂る、人が通るように出来ていない、道とは言い難い道を行く。
と、霙が急に止まった。
「どうした?」
「…夜の神社は神以外のものも現れるんです。例えば、ああいったものが」
指を差した方を見ると、完全ではない闇の中に、黒いもやもやが浮いていた。
「なんだあれは」
「全く分かりません。霊ではないようですが」
霙は恐れていないのか、黒いもやもやへ歩みを進める。私もだが。
「対話するのか」
「話は通じそうにないですね」
黒いもやもやはただそこにあるだけ、害は無さそうだが、見るからに不可解な物である。
「どうするんだ」
「どいて」
霙ではない声。私と霙は横に跳び、間を開ける。そこを少女が走り抜けていった。
長刀を下から上へ振る。ざしゅ!と軽い音を立て、黒いもやもやは消え去った。案外簡単に消えるものだな。
「武器も持たずに何するつもりだったの?」
「お姉ちゃんを待ってた」
「はぁ…」
雹は自身よりも遥かに長い刀を携えていた。ついでに、服が浴衣から私服と思われる服へ変わっている。
「あ、浴衣。着替えてたの?」
「武器を取りに行ってたの」
「着替える必要ないでしょ。私に調査を任せてそんなことするんだー」
「だって邪魔なんだもん」
姉妹喧嘩が始まりそうなので、話題を変える。
「で、あれは何だったんだ?」
「さあ?今となっては分からないね。あれが原因だと思うけど」
「根拠は?」
「勘」
胸を張り、自信満々に答える雹。何故か納得してしまう程の自信だった。
「禍根は断ったと思うけど、まだ調べる余地はありそう。霙、一旦家に帰るよ」
「うん」
「では私も家へ帰るとしよう」
もう少し見たかったが、疲れてしまった。眠いし。
「翠雨」
「ん?」
帰ろうとした私の背中へ、声が掛かる。振り返ると、
「霙に付いててくれてありがと」
私が今まで見た笑顔の中で、最高のものだったかも知れない。
「大したことはしていないさ」
にこやかに佇む雹、お辞儀をする霙に手を振り、私は歩き出した。




