時間、進んだ先に
光が顔に触れる。暖かくて、明るい光が。
「んん…」
「あ、起きた」
すぐ近くで声が聞こえた。
「寝過ぎだ」
「それだけ疲れていたのでしょう」
「それにしてもじゃない?」
上半身を起こして、壁に掛かっている時計を見る。
「八時か…」
そんなに寝ていないな。だが、我が家の夕食は七時だ。起こしてくれてもよかったのに。
「朝の八時だが」
時雨がおかしなこと言う。
「ん?」
「外見てみろ」
外…陽射し…太陽………朝…
「朝?」
「朝」
「夢か…」
「休みだから寝ていても構わないが、食事は摂ったほうがいいだろう」
そういえば腹が減っている。
「疲労しているのに二食も抜いてしまえば、躰に負担が掛かりますよ?」
「夢じゃないのか?」
「夢ではないな」
ふと、声が一つ足りないことに気付く。部屋を見回してみると、
「霙もか」
霙はソファで寝ていた。昨日からだろうか。
「二人ともずっと寝てたんだよ」
「起こしてくれよ」
「気持ちよさそうに寝てたから」
まあ…その気持ちは分かる。
三人は床に座ってテレビゲームをしていた。あまり覚えていないが、俺はローテーブルと三人の間で寝ていたらしい。
「…飯あるか?」
「そこ、食パン」
ソファの向こうのテーブルに食パンがあるらしい。
「……誰だこんなことしたやつは」
皿に食パンが積んである。三十枚くらいか?
「私」
雹が答えた。
「だろうな」
意図は分からない。聞く気にもならない。そもそもこの家にはこんなに食パンは無い。
雹が持ってきたか買ってきたかしたのだろう。
コップに水を入れて、食パンの山の上から一枚取ってテレビの前へ向かう。
「霙、起こさなくてもいいのか?」
「んーそろそろ起こそうかな。時雨、お願い」
「何故私なんだ。構わんが」
自分で起こすのが面倒なんだろうな。雹はテレビの方を向いて、紗奈へ勝負を申し込んでいた。この前買ったゲームで遊んでいたのか。
「起きろ、霙。朝だ。寝過ぎだぞ」
「うにゃ…」
時雨が声を掛け軽く揺すると、霙は自ら微かに動いた。そして…
「え?」
不意に大きく動いたと思ったら、次の瞬間にはソファから落ちていた。
「おおぅうう…何が起こったの…?」
「だ、大丈夫か?」
時雨は困惑しつつも霙に手を貸す。
「右半身が痛いです…お姉ちゃんが何かしたの?」
「いや、今回は霙の自業自得だ」
「今回ってなんだ…よっ」
雹は紗奈との勝負に夢中になっているが、なんとか返事を返した。
「向こうのテーブルに食パンが積んであるから、ご自由に」
俺がダイニングを指差す。
「…積んである?あ、本当だ。お姉ちゃんでしょこんなことするの」
「ほら、今回は、だろ?」
今度は返す余裕が無いようで、しかし紗奈の勝利で終わった。紗奈に五連敗中だったらしい。これで六連敗。
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午後、昼飯。
「これは…?」
「昨日の夕食です」
恐らく栗ご飯であろう物が、目の前にあった。
「栗ご飯?」
「はい、甘栗を使用しました。時雨様のアイディアです」
「いい感じだろう?」
「季節的には無し」
美味しかったのでありということで。
「お、宿題か」
霙が文字の印刷されている紙にペンを走らせていた。
「はい。そろそろ片付け始めようかなと」
「私中学の頃は宿題なんかやらなかったなぁ」
「驚けないのが雹だよな」
「どういうことだ」
雹らしいというか。
「お姉ちゃんたちは無いの?」
「数学だけ」
夏休みまでの授業の復習問題が出されたが、少ないのでうちの面子は誰一人手をつけていない。
「いいなぁ」
「霙の方はどれくらいあるんだ?」
「えーと、これで一部です」
三冊程の冊子をテーブルに置く。一冊一冊は大した厚さではない。
「これが一部か。俺の中学時代よりは多いのかな」
「出来ないことはないのでいいのですが、大変です」
「まあ頑張れ。分からんところがあったら聞いてくれ」
励ましの言葉を贈り、携帯ゲーム機の電源を入れる。
「ほう、今はこんな物もあるのか」
時雨が俺の後ろから手元を覗き込んできた。
「時雨の生きていた時には無かったものだな」
「これだけではない。沢山の見たことの無い物がある」
楽しそうに話す時雨。
「思えば、今あの二人がやっているのもそうだ。私たちが生きていた時代、あんなものが出来るなんて、夢にも思わなかった」
テレビゲームをやっている雹と紗奈を見る。雹は相当悔しいらしく、どうやら強いと言われているキャラクターを使っている。
「しかし、一番驚いたのはこれだ」
テーブルに置いてある俺の携帯を指差す。画面をタッチして操作する、スマートなフォンだ。
「電話というものすらなかった。人にものを伝えるには、手紙しかなかった。だが、不思議なのは、それでいてまだ紙とペンを使うところだがな」
霙を見て呟く。
「その内使わなくなるだろうよ。人間は楽をしたがるから」
「想儀も楽をしたいだろう?」
「それが人間らしさであり、人間の駄目なところでもあると思う。楽はしたいが、いつか大切なものを見落としそうな気がしてる」
「大切なもの、か」
根拠は無いし、大切なものっていうのもよく分からない。ただ、昔には戻れないだろう。
ゲームとは違う。初めからなんていうコマンドは無い。セーブだって出来やしない。
画面に視線を落とし、人類の、文明の進化に期待しつつ、続きからを選択した。




