一粒、落ちて届いた先に
女性の右の人差し指が頬を滑り、掌が触れる。
「私が視えるのね…嬉しいわ」
「何を…」
マズった…!顔がほんの十センチの距離まで近付く。躰が動かない。女性の左手が心臓のある位置、左の胸に触れる。こいつは…!
「綺麗な心ね」
「離…れろ…!」
掠れた音を喉から絞り出す。
「貴方も私を否定するの…?」
「う…くっ……」
喉から辛うじて声が洩れる。涼しい感覚は一気に冷え、胸の奥にだけ僅かな痛みを感じた。
「綺麗で…とても広い心…哀れな私にくださいな…」
女性の言葉が呪文のように耳に絡みつく。抵抗が…出来ない…
いつしか思考さえも凍りついて――
「離れろ」
再びの拒絶の言葉。だが、これは俺じゃない。遠のいた意識の中へ、はっきりと聞こえてきた。この声の主が、俺と繋がっているからだろうか。
横から飛び出してきた時雨が俺を抱き抱え、女性から距離を取っていた。
「誰…邪魔しないで!」
女性は清楚な顔を崩し、憤怒を浮かべて吠えた。
「ああ…幽霊相手は分が悪い。真夏の居る方へ退くことも出来んな」
時雨は焦っているようだった。未だ時雨の腕の中で抱かれている俺は、そろそろ恥ずかしさが最高潮に達しようとしているが、状況が状況なので言い出しにくい。
豹変した女性は凄まじい勢いで襲いかかってきた。
「断ち切れ『断黒』!」
時雨と女性の間に割って入るように、何かが空から降ってきた。
刀が女性の躰を縦に裂いた、ような気がした。
しかし、女性はまだそこに立っている。立ち尽くしている。
「間に合った…かな?」
雹が自分の身長以上の長さの刀を静かに振り、女性と対峙する。
女性は、内側から黒い靄を吐き出しながら、木陰の海へと消散していった…
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「すまん、待たせた」
「いえ、大丈夫です。それよりそちらは…」
三人は海でばしゃばしゃやっていた。待たせ過ぎたか。
「ボールは見付けたよ」
ポンポンと手の上でボールを跳ねさせる雹。
自分で飛ばしたから、という理由を付けて俺の後を追った、ということになっているらしい。
「さて、戻るか」
ネットとポールを回収して、賑わう浜辺へ戻る。
「どうしよう、もう帰る?」
「そうだな、晩飯の用意もしなくちゃいけないし。ソフトクリームとかコンビニとか、色々あるしな」
着替えを済ませて更衣室の外に出ると、時雨と紗奈が待っていた。
「最後に事件が起きたが…総合的にはかなり楽しい一日だった」
時雨がしみじみと言う。
「私もです。出来れば、私も想儀様の御傍で想儀様を御護りしたかったのですが…」
「いや、霙が居たとはいえマカの方も任せたかったし」
紗奈に本気で落胆されるとどう励ましたものかと慌ててしまう。が、紗奈は俺の言葉の後にはもう嬉しそうな表情を浮かべていた。
「想儀様にそう言っていただけるなら」
時雨が俺の耳元に顔を近付け、
「多分、想儀なら何を言っても喜ぶぞ、紗奈は」
囁いた。
「かもな」
俺と時雨は、きょとんとする紗奈を見る。
「な、何でしょうか…」
不思議そうではなく、何故か恥ずかしそうにしている紗奈は何か勘違いをしているんだろうなぁ。




