願い、想いと供に浮かぶ
海、午後の部。
「海に限らず水場は霊が多いので気を付けてください。先程から微力ながら数人程の霊が視えます。視えるということは、少なからず相手もこちらへ干渉する力があると思われます」
霙が注意喚起をする。気を付けるって言ったって、どうすればいいんだ。というか言うの遅くないか。ある程度は視えてたけど。
「私たちがついている。心配することはない」
「それもそうだな」
「周りに居る霊も今のところは害はない。それより想儀、遠泳をしよう」
「何でそんな楽しそうなんだ」
「あいつがどの程度泳げるようになったかが知りたい」
マカ、紗奈と遊んでいる、というか紗奈に弄ばれている雹を指差す。
「まだまだだけどな」
「いいじゃないか、皆遠泳くらいは出来るだろう?」
「分かった、ただやりたいだけだな」
「……応か否か」
「俺は応、だ。みんなに聞かなきゃな。霙はどうだ?」
「応で。それなりに自信はありますよ」
紗奈たちの元へ行く。
「遠泳するけど、やる?応か否かで答えてくれ」
「私は応です。時雨様、想儀様の決められたことに反することは有りません」
「自信ないけど…応、かな。楽しそう」
「時雨が微妙に笑ってるのが気になるんだけど」
「いいから答えろ」
「微妙に笑うな。みんなが応ってんなら応えるしかないでしょ」
全員参加の遠泳が始まった。目指す場所は通称「目指岩」と呼ばれる、水面から先を覗かせた大岩。
この海で遠泳をする場合は、大体この岩を目指すことになる。何十年も、いや、何百年かも知れん、そんな前からある好都合な岩だ。
「優勝者には何が与えられるんだ?」
「別に…俺以外が優勝したら、帰りにソフトクリームでも奢るよ」
「想儀が優勝したら?」
「まずないと思うが…みんなでソフトクリームでも奢ってくれ」
皆もそれで納得してくれた。あんまりでかい賞品は用意するのも受け取るのも面倒だろうし。
全員が浅瀬を少しいったところに一直線に並ぶ。岩までおよそ百五十メートルくらい?
距離がいまいち分からない上に、どれくらいの距離があれば遠泳かも分からない。
怖いのは誰かが溺れることだが、時雨と紗奈がいるのでここは心配しなくていいだろう。
「合図はどうする」
「ふむ…私がこれを投げる」
時雨がどこからともなく先程履いていたビーサンとは違うビーサンを取りだす。
「これが着水した瞬間にスタート。どうだ?」
「じゃあ、それで」
「いくぞ」
時雨がビーサンを放る。高く空を舞った黄緑と黄色のストライプ柄のビーサンが、緩やかな弧を描いて…
ぱしゃん。
音を、光景を、感じるや否や皆一斉に水を掻く。腕やら足やらを動かす俺の目にちらりと映ったのは、鮮やかな水色。
雹の水着が見えた。先程までとは全然違う、綺麗な泳ぎ方。お前本当は泳げたんじゃねぇの?って言うくらい。
まあ俺もそんなことを考えるくらいは余裕がある訳で。小学生の頃、学校の水泳大会で毎回二位だった俺の本気を見せてやるよ!
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「中々…速いな」
折り返し浜まで戻ってきた時雨が、先に着いていた俺を見付けて感嘆する。
「万能かと思ったが、水泳じゃまだまだ勝てそうだな」
正直時雨と紗奈には負けると思っていたのだが。こういう時くらい偉そうにさせてもらおう。
「そう君は昔から泳ぐの得意だもんね」
髪の水滴を振り払いつつマカが言う。疲れたようで、ふらふらと座り込んでしまったので、手を引いてパラソルの下まで連れて行く。
「泳ぐというのは難しいですね。理屈は解っていても。ただ進むだけなら簡単なのですが」
「違うのか?」
「ええ、説明するとややこしくなりますが…如何致しましょう」
「遠慮しておこう」
どうやら進むだけなら生物中最速とのこと。お前らは生物じゃない。
「お姉ちゃん、さっきまで泳げなかったんだよね?」
「うん」
「速くない?」
「コツさえ掴めばこんなもんでしょ」
「でも妹よりも遅かったね」
「私のほうが速くなかった?」
「私だよ」
「私」
「私」
「私!」
姉妹喧嘩が始まった。霙もムキになることがあるんだな。相手が相手だからか。姉にこそ本当の自分を見せられる、みたいな。
一人っ子にはよく分からない部分だ。
結果、マカ、俺、時雨、紗奈、霙、雹の順。
マカがぶっちぎりの一位、俺と時雨は数秒の差、その直ぐ後に紗奈がゴールし、少し間を開けて雹と霙がほぼ同着。全員次々とゴールしたものの、マカと雛多ヶ宮姉妹の差は結構大きい。
俺が小学生時代の水泳大会で毎回二位だったのは、常に前にマカが居たからだった。男子の部では一位だが、タイムではどうしてもマカには敵わなかった。
「んじゃ、マカには優勝賞品としてソフトクリームだな」
「うん、楽しみ」
マカはにっこりと笑うが、どうしても疲れを隠せずに無理がある笑顔になっていた。




