昔話、信頼
「じゃあ、帰るね。また明日」
「ああ、送るよ。暗いし」
「いいの…?」
「今更だろ」
他の面子は、
「私たちも帰るー(後で戻るけど)」
と言って先に外に出た。気の利く奴らだ。
もう二人は、玄関を出て、暫く歩いてから気付いた。時雨と紗奈がいない。ぐるりと周囲を見回してみるが、いない。
「どうしたの?」
「いや、何でもない」
夜道を二人で歩く。
「今日は、ありがとう」
「ん?特に礼を言われるようなことは…」
「一緒に居てくれて…」
その声、仕草、全てにおいて、とても消え入りそうで…可愛らしかった。
「言ってくれりゃ、一緒に居てやれる。特別なことじゃないだろ?忙しいときは無理かもだけど」
「そう君は、私が困ってるときはいつも傍に居て、ずっと居てくれた。そうだよね、ホントに今更だよね…」
「いつも、とずっと、は言い過ぎだ。入院している時、居てやれなかった」
「支えてもらってる人じゃないと分からないんだね、きっと」
そう言って…距離を近づけて、俺の服の袖を小さく持つ。
人見知りで恥ずかしがり屋だが、俺に対してだけはこういった態度をとる。心を開き過ぎと思わんこともない。
「歩きにくい」
「少しだけ…」
「寧ろそっちが歩きにくいんじゃないのか?」
「そんなことないよ。そう君だもの…」
意味が……分からん。
「ま、別にいいけど」
こういう所は昔から変わらんなぁ。もしくは変われないのか。
マカの家に着く。短い時間。
「ね、明日も会えるよね?」
「会えるよ」
「絶対、本当に?」
「会えるから、大丈夫。俺を信じろ。な?」
泣きそうな顔をして、服を離さないマカ。そこからマカの痛みや悲しみが伝わってくるようで。
「明日と言わず、明後日も、その次の日も。大丈夫だよ」
俺は少し躊躇ったが、そっとマカの髪を撫でた。ちょっとは安心してくれればいいが。
「…うん。じゃあまた明日…」
「最後に。笑ってくれ」
マカは泣きそうな顔をなんとか戻し、笑顔をつくる。離れていく手は震えてはいなかった。
別れを告げて、夜道を一人で歩く。振り返りはしなかった。
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曲がり角で肩の力を抜く。幾らマカ相手とはいえ、人を安心させるのは緊張する。少しでも間違えば、俺が心を崩してしまうかも知れないのだ。
「んー…」
緊張の糸も切れたし、たくさん食べて眠気も襲ってきた。周りに誰も居ないし、多少外聞無く大きく伸びをする。
「もういいか」
「いいと思います」
気を抜いた途端。何処からか知っている声が聴こえてきた。
「何処に居る?いや、何処に居た?」
「下」
下を見る。月が作った光を遮っていた俺の影から、人の形が二つ、飛び出してきた。
「逆に、何が出来ないんだ?」
「想儀に姿を見せない為にはこうするしかなかった。つまりこれ以外の方法だ」
そういうことじゃねぇよ。
「幽霊は影に隠れたりするのは、得意…ですから」
ちょっと考えたろ。たぶん幽霊はそんなことしない。している所を見たことがない。
「二人で歩かせてやろうと思ってな」
そこのところは、気の利く奴らだな、ほんとに。
「ところで、マカの様子が少しおかしかった様だが…」
「ん、ああ、昔にちょっと、な」
隠すことでもないか。
「小学二年のときだったか。マカの両親は出掛けて、家に一人だったらしい。ちょうどその日に祭りがあって、マカは同級生に誘われて、祭りに行った」
保護者として、同級生の姉がついていたそうだ。
祭りの会場は、大勢の人。マカはその中で、同級生たちとはぐれてしまった。
見知らぬ人。近くに知り合いが居ない恐怖。マカは泣きながらも人混みを抜け、会場から離れた。しかし気付いたら誰も居らず、静まりかえって、光も殆どない場所に居た。マカはとてつもない恐怖に襲われた。
「そこに声をかけたのが、俺だったってわけ」
「偶然ですか?」
「帰り道でな」
とりあえず落ち着かせ、だいたいの理由を聞いた。一旦会場に戻り、分かる所まで歩いて、マカの家まで送ってあげた。
同じくらいの背丈だったし、安心したようで、マカは大人しくついてきてくれた。
「まー帰ってからも大変だったんだけど」
夜、暗くなるまでには帰る筈の両親が帰っておらず、マカは錯乱寸前だったのかな。
当時の俺はよく分かってなかったのだろうな。心配だったから一緒に家に入ったんだけども。
同級生とはぐれて、知らない人たちに囲まれて、知らない場所に一人。でも帰ったら親が居る。そう思っていたのに。
俺は泣き叫ぶマカを放っておけず、自分の家に来るか、と提案した。マカはこれを承諾し、玖乃川家から留守電をいれて親の帰りを待った…
「という訳だ」
「長くて聞いてられんかった」
「人見知りなのは、一人で知らない人ばかりの場所に取り残されたから。会えるかどうかの心配は、帰っても親が居なかったから。臆病な性格は、暗くて静かな場所への恐怖心から、といった感じですか?」
「大体な。後は俺以外にあんまり懐かない理由」
翌日に同級生たちにその話をしたところ、同級生たちはマカがはぐれたことを知らなかったようで、解散するときに気付き、勝手に帰ったと思っていた、とのこと。
「人間不信…か?」
「さあね。確実じゃないが」
「私たちは普通の人間ではないからでしょうか」
時雨と紗奈は幽霊。雹と霙は特殊な人間。
「そういうんじゃないんじゃないか?分かんないけど。たまにああやって発作的に恐怖心が出てくるみたいなんだ」
トラウマというやつだろう。
「ふむ。話は全然聞いていなかったが、つまりマカには想儀が必要ということか?」
「愛ですね」
ニヤニヤしながら言うんじゃねぇよ。そして何故か紗奈のテンションが高い。
「……マカが俺のことを必要だって言うなら、俺は応えるだけだ」
夜道を三人で歩く。




