偽を止めるは、正の意思
「下がれ」
小声で言う時雨。
俺たちの目の前には成長はしているものの、確かに雹である人物が立っていた。面影は確かにある。
「お前は雹か?」
そう問う時雨に対し、雹は…
「そうである必要は無い。理由も」
「訳の解らんことを…」
次の瞬間、雹はいつの間にか手にしていた長刀を構え、突進してきていた。
出会った時よりも、殺意に満ちた目で。どうしようもない程の速さで。
そんなことを考えられるのは、俺が紗奈の方へ時雨に突き飛ばされてからだった。
時雨は素手で長刀の一撃を受け流し…回避したはずだった。吹き飛ぶ時雨。
紗奈とともに距離をとっている間、時雨は二撃、三撃を回避しつつも完全に捌けていないようで、
「ここから離れろ!」
叫ぶ時雨。
時雨は訳の分からない能力を持っている筈。その時雨を圧倒する相手。
逃げるべきか助けるべきか。俺には何も出来ない。
「紗奈、時雨の援護…を…」
「……」
虚空を見詰める紗奈。その瞳は何も捉えていない。
時雨に目をやると、
「この…」
時雨の、人間であれば心臓がある場所、胸の左寄りの部分へ長刀が突き刺さっていた。人間なら死んでいる。それほど容赦のない刃。
「逃げろと言った…!」
此方を見やることもなく、時雨は唸る。何処と無く苦しそうだが…
雹は長刀を引き抜くと、此方に向かって二歩、三歩…瞬きの終わりには目の前に来ていた。
よくもまあ瞬きなんぞする余裕があったものだ。
雹は長刀を両手で持ち、頭の横に引く。多分、避けられない。
紗奈は横で何することもなく佇むのみ。
俺は死ぬ。そう考える余裕だけは残っていた――
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
おおよそ刃が人間の皮膚に触れた時の音、ではない音が鳴った。
俺を殺す為に突き出された切っ先は、長刀の大きさに見劣る小刀の柄で受け止められていた。
「私の名を語って好き勝手やりやがって。お前の寝場所はもう無いぞ。覚悟しろ!」
俺の知っている雹が長刀を受け止めていた。大きく距離をとる雹(偽)。それを許さないとばかりに距離を詰める雹。繰り出される連撃をものともせず回避し、攻撃を入れる。
が、
「これはまずい…」
雹は二発程の蹴りを入れ、時雨のほうへ跳ぶ。そのまま時雨を背中に抱え、雹(偽)と対峙する。
雹たちと俺たちの距離は十五メートル程。俺は紗奈の手を引き、走った。
「何とか、逃げられた…か…?」
家の前まで来て振り向くが、誰も居なかった。俺は安堵の息を吐く。
「よー。怪我ない?」
突然、時雨を背負って玄関の前に軽やかに降り立つ雹。
「ああ、俺たちは無事だ。それより時雨は…」
雹の腕に抱かれてぐったりしている時雨。大丈夫そうではないが…
「並みの霊なら消滅してるよ。現界してるなら無事。時間経過で元に戻ると思う」
なら良かった。
「あいつは?」
「まあまず中に入ろう。ゆっくり話そうじゃないの」
そう言って時雨を渡してきた。
「私は窓から入るから。開けてきて」
「何で」
「この世界にこの私は居ない。霙は中に居るんでしょ?ややこしくなる」
「時雨のことはどう説明する?」
「急に寝た、とかでいいじゃん」
「そんなことで…」
「この世界の住人は人の話を聞かないよ。適当に言葉を並べればいい。でも視覚には頼っているから視られるとまずい」
そんな訳で時雨を背負って中に入り、適当にはぐらかして二階へ上がる。紗奈はソファに残った。
窓を開け、雹に合図を送る。雹は地を蹴り、一跳びで二階まで上がってきた。もう驚かないけどな。
「どこから話そうかなー。まずは時雨の回復待ちだけど」
今までにないくらいの不機嫌を顔に張り付け、雹はベッドに腰掛けた。




