変化、身に刺さる程に
暫くはなんてことない日々が続いた。家の中は前に比べて恐ろしいほどに騒がしくなったが、もう慣れた。
「普通」の日々の一時の終焉。それは七月のとある土曜、不意に訪れた。
「…き……きろ…おきろ…」
ぼやけた意識を叩く声。目覚めていない躰を起こす音。
「起きろーっっ!!」
「おうっ!?」
大きい声もそうだが、何より頬に響いた痛みが、俺の意識と躰を目覚めさせた。
「漸く起きたか。手間のかかる…どうした?頬を抑えて。歯が痛いのか?むし歯治療はしっかりしないと大変なことになるぞ。それともまだ眠るつもりか。後何発の平手が必要だ?」
んなことされたら暫く起きねぇぞ。
「ちょっと……待て…」
「私がどれだけの時間、此処で呼び掛けたか知っているのか?霊とて堪忍袋くらいは持っている」
その言葉を無視して一分程、時雨の文句を聞き流しつつ頬痛みが引くのを待つ。
「次からは優しく起こせ。な?」
というか今日は休日だ。よっぽどでなければ早急に起きる必要は無い、と俺は思う。ということは、だ。
「優しく起こして起きなければレベルを上げるしかあるまい。急いでいるというのに、悠長に寝ているほうが悪い。このような話をしている場合でもないのだ」
「何なんだよ…」
焦っているような時雨。落ち着かせて、話させる。
「皆の様子がおかしい」
具体的にどうおかしいのかは解らないが、時雨がおかしいというなら相当だろう。少なくとも尋常ではない。
「霙の背丈が伸びて、紗奈の口数が少なく、表情が乏しい。そして二人ともその変化を何とも思っていない」
「雹は?」
「いない」
まずは状況確認だ。時雨と供に、1階へ降りる。話を聞くだけで違和感だったが、見てみるとなんとまぁ…
「あ、おはようございます想儀さん」
少女の域を脱し、俺より年上なんじゃないかと思わせるその女性。シルエットは変わっているが、確かにその女性は雛多ヶ宮霙だった。
時雨とは違う方向に大人びており、清楚、という感じがした。黒い髪は小さい頃よりも長く伸びている。
エプロンを着け、掃除機をかけていた。食器乾燥機に食器があるのを見るに、洗い物もしていたと思われる。
「どうされました?」
俺はたぶんアホみたいに口を開けていたのだろう。予想以上に成長していた。
適当に挨拶を返し、平静を装いつつも心は驚愕のまま椅子に座る。向かいに紗奈。
「おはよう、紗奈」
恐る恐る言葉を放つ。もう、雰囲気が別物だったからだ。
「御早う御座います」
いつものように丁寧な言葉遣い。しかしその声はいつもの、ではなく何も含まれていない、ただの言葉。
非常に冷たいものだった。表情も、無表情以上に、何も無いという表現が相応しいだろう。
「どうなってる」
「解っていたら態々起こさん」
だろうな。解っていたなら俺はキレてた。
「解らんことだらけだな。解っているのは…」
まともじゃない。
「まずは情報を集めよう」
俺と時雨は意見を一致させ、現状を打破すべく…アイツを探すことにした。
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
どうやら地縛霊であるのは変わらないらしく、時雨は俺から、紗奈は時雨から離れられないようだ。試しに時雨と二人で外に出てみたが、百メートル程で紗奈が瞬間移動してきた。
「行く宛ては?」
「無い」
何で妹に聞かなかったのか。近いということもあって、ひとまずマカの家を目指す。
「あ、そう君だ。おはよー!珍しいね、こんな朝早く、しかも休日に」
違和感に殺されるところだった。
コイツはマカじゃない。言っちゃ悪いが、こんな活き活きとした少女では無かった筈だ。
「どしたの?用事?」
俺の頭の中は真っ白だ。ということしか認識出来る余裕が無い。
「ああいや、何でも無い。家の近くを通ったから、朝の挨拶でもと。邪魔をしたな」
時雨が困惑しながらも対応してくれた。助かる。
「ううん、挨拶って気持ちいいもんねー」
んなこと言わない。マカはんなこと言わない。思っていても言わない筈だ。
別れを示し、再び歩く。
「とんでもないな…」
全くだ。俺が不思議に馴れた人間でよかったな。いや、だから、か?
「想儀ではなく、可能性があるなら私たちだろう。常識の枠の外の存在」
隣にいる時雨。後ろを何のリアクションもなく歩いている紗奈。家で家事を行っているであろう霙。そして何処にいるか知れない雹。
「そうだな……霙に雹のことを聞こう」
最初がそれなんだよ。俺たちの周りで、この状況をどうにか出来そうなのは最早アイツしかいないんだから。




